発売日: 2018年2月9日
ジャンル: インディーロック、ベッドルームポップ、ローファイポップ
概要
『Cranberry』は、テキサス州オースティン出身のデュオ、Hovvdy(チャーリー・マーティンとウィル・テイラー)が2018年にリリースしたセカンド・アルバムである。
デビュー作『Taster』で示されたローファイで温かなサウンドをさらに洗練させた本作では、繊細な感情表現と、身近な日常を淡々と切り取るソングライティングが際立っている。
Hovvdyの音楽は、大きなドラマを必要としない。
『Cranberry』では、小さな感情、小さな出来事――たとえば家族との記憶、友人との何気ない会話、季節の移り変わり――を、静かに、しかし深い愛情をもって描き出している。
サウンドは、スローテンポなリズムとミュート気味のギター、やや霞がかったボーカルを特徴とし、全体に淡く柔らかなトーンで統一されている。
まるで思い出のアルバムをそっと開くような、ノスタルジックな手触りが『Cranberry』全体を包んでいるのである。
全曲レビュー
1. Brave
アルバムの扉を開く、静かなオープニング。
穏やかなギターと低く抑えたボーカルが、柔らかくもどこか切ない空気を作り出す。
2. Cranberry
タイトル曲。
甘酸っぱい記憶と、言葉にできない感情をミニマルなアレンジでそっと描く。
ぼんやりと滲むサウンドが、懐かしさを引き立てている。
3. Late
時間の流れと、変わってしまった人間関係への想いを歌う。
リズムの緩やかな揺れが、曲のもつやるせない気分を自然に表現している。
4. Thru
窓越しに見た世界のような、ぼんやりとした感覚を持つインストゥルメンタル風ナンバー。
サウンドの隙間が、リスナーの想像力を静かに刺激する。
5. Petal
家族や幼い頃の記憶に寄り添うような楽曲。
たおやかなメロディと、優しいボーカルの重なりが心地よい。
6. Float
浮遊感のあるアレンジが特徴のミディアムテンポ曲。
現実と夢の狭間をたゆたうような、朧げな世界観が印象的。
7. In the Sun
少し明るめのトーンが加わる、アルバム中盤のアクセント。
それでも、どこか切なさを拭いきれないのがHovvdyらしい。
8. Swing
簡素なギターとリズムが支える、親密なラブソング。
揺れるブランコに乗ったまま、ゆっくりと時間が過ぎていくようなイメージが広がる。
9. Truck
移動と変化をテーマにしたナンバー。
ロードムービーのワンシーンのような、淡い憧れと寂しさを湛えている。
10. Colorful
タイトル通り、少しだけ色彩が差し込む楽曲。
それでも彩度は控えめで、あくまでも柔らかな印象にとどめられている。
11. Quitter
諦めと受容をテーマにした、静かなバラード。
ほとんど囁くようなボーカルが、曲の持つ哀しみを深く染み渡らせる。
12. Golden Hour
一日の終わり、あるいは人生のある瞬間の輝きを捉えた、美しいクロージングトラック。
わずかな光が、全体に淡く温かな余韻をもたらしてアルバムを締めくくる。
総評
『Cranberry』は、Hovvdyの持つ「小さな感情を大切にすくい上げる力」が極まった作品である。
派手な展開や劇的な盛り上がりはない。
しかし、だからこそ、リスナーはアルバム全体を通して、じっくりと自分自身の記憶や感情と向き合うことができる。
スローテンポな楽曲群、ローファイで親密なサウンド、霞がかったようなボーカル――それらは、Hovvdyというデュオの「静かな世界観」を見事に体現している。
そして何より、『Cranberry』には、「過ぎ去ったものすべてに対する優しい眼差し」が満ちている。
このアルバムは、過去を振り返りながらも、それに引きずられるのではなく、そっと受け入れるための、心の小さな儀式のような作品なのである。
おすすめアルバム(5枚)
- Alex G『Trick』
ローファイな音像と、不思議な親密さを持つインディーロック。 - Soccer Mommy『Color Theory』
記憶と喪失をテーマにした、内省的でドリーミーな作品。 - Pinegrove『Skylight』
穏やかなフォークロックと、誠実なリリックの融合。 - Florist『If Blue Could Be Happiness』
日常の静けさと小さな感情を丁寧に描き出すインディーフォーク。 - Horse Jumper of Love『So Divine』
スローコア的な重たさと、繊細な叙情性を兼ね備えたアルバム。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『Cranberry』は、主にオースティンにあるローカルスタジオでレコーディングされた。
制作にあたってHovvdyの二人は、「できるだけ自然な音」を大切にし、過剰なエフェクトやプロダクションを避けたという。
ギターとボーカルはほとんどが一発録りに近い形で録音され、ミックスでも「あえて完璧には整えない」方向が選ばれた。
そのため、わずかなノイズや演奏の揺らぎが、そのままアルバムの味わいとなっている。
『Cranberry』は、作り込みすぎることなく、むしろ未完成な瞬間を大切にすることで、リスナーに深い親密さと、静かな感動をもたらす作品となったのである。
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