Caribou by Pixies(1987)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Caribou(カリブー)」は、Pixiesが1987年に自主制作したデモテープ『The Purple Tape』に収録され、翌1987年のミニアルバム『Come On Pilgrim』にて正式発表された初期楽曲である。のちにファンの間でPixiesの代名詞的な一曲として愛され続けている。

この曲の歌詞は極めて象徴的かつ抽象的であり、その中心には“カリブーに生まれ変わりたい”という印象的なリフレインが置かれている。カリブー(トナカイ)は北方の動物であり、広大な自然と孤独、そして逃避の象徴のようにも読める存在だ。

語り手は“過去の自分”に対する後悔と嫌悪を滲ませながら、来世では自分以外の、より純粋で無垢な存在——カリブーのような存在になりたいと願う。その切実な願望は、Pixies特有のノイジーで狂気的なサウンドの中で、奇妙な美しさと痛みを伴って響き渡る。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Caribou」は、Pixiesが結成間もない頃に制作された楽曲であり、その初期衝動と精神性を色濃く反映している。バンドのボーカル兼ソングライターであるBlack Francis(フランク・ブラック/チャールズ・トンプソン)は、大学で宗教学や人類学を学んでおり、彼の歌詞にはその影響が色濃く表れている。

この曲においても、輪廻転生、自己否定、自然との合一といった要素が混ざり合い、宗教的かつ動物的な世界観が描かれている。Pixiesが後に築いていく“神話と欲望”“暴力と救済”といったテーマの萌芽がすでにこの時点で見えており、まさにこの曲はPixiesというバンドの“原点”と言ってよい。

なお、Kim Dealの透き通るようなコーラス、そしてジョーイ・サンティアゴによる不安定で鋭角的なギターリフも、この曲に独特の神秘性と危うさを与えている。静かに始まり、やがて怒りや叫びに飲み込まれていく展開は、後のPixies作品に受け継がれる“ラウド・クワイエット・ラウド”構造の原型ともなっている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Genius Lyrics – Pixies “Caribou”

I live cement / I hate this street
セメントの上で生きてる この通りが嫌いだ

Give dirt to me / I bite lament
泥をくれ 嘆きながら噛みしめる

This human form / Where I was born
この人間の身体 そこに僕は生まれた

I now repent / Caribou
でも今は悔いてる カリブーになりたい

Caribou / Caribou / Caribou
カリブーに カリブーに なりたいんだ

4. 歌詞の考察

「Caribou」は、そのタイトルが示すとおり、人間という存在からの“逃避願望”をテーマにしている楽曲である。歌詞冒頭の「I live cement(セメントの上に生きている)」というフレーズは、都市生活の無機質さ、抑圧された存在としての“人間”を象徴している。

続く「Give dirt to me(泥をくれ)」には、自然への回帰、あるいは“汚れることへの欲望”が感じられる。人間の知性や秩序、社会性に疲れた語り手は、もっと野生的で、純粋で、余計な意識を持たない存在——つまり「カリブー」に変わることで救済を得ようとしているようにも読める。

また、“I now repent(僕は悔いている)”という言葉には、過去の行動、選択、あるいは人間であることそのものへの深い後悔が込められている。キリスト教的な悔い改めのニュアンスも含まれており、Pixiesの歌詞によく登場する宗教的イメージとも繋がっている。

この曲の真髄は、「叫びたくても叫べない」状態と、「ついにそれを爆発させてしまう」瞬間の対比にある。ヴァースの抑制された歌声が、サビで突然破裂するようなシャウトへと変化する様は、感情の抑圧と解放、理性と本能のせめぎ合いをそのまま音に変換したような美しさと恐ろしさを併せ持っている。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Where Is My Mind? by Pixies
    精神の錯乱と浮遊感を描いたPixiesの代表曲。Caribouと同様に、自己喪失の美学が貫かれている。

  • Teen Age Riot by Sonic Youth
    都市生活への違和感と希望的な逃避を表現したオルタナティヴ・ロックの金字塔。

  • Disorder by Joy Division
    冷えた都市と精神の断絶を描くポストパンクの名作。Caribouの静けさと不穏さに通じる世界観。

  • Wolf Like Me by TV on the Radio
    動物的本能と人間の葛藤をテーマにした現代のオルタナ・クラシック。Pixiesの影響が色濃く見える。

6. “カリブーになりたい”という祈りのかたち

「Caribou」は、Pixiesというバンドの持つ“根源的な苦悩”と“世界からの逃避”が、もっとも原初的な形で結晶化された楽曲である。

それは単なる動物への憧れでも、単なる自己否定でもない。そこには、文明と理性に疲弊しきった魂が、自然の中へと溶け込むことで、何か新しい自己へと生まれ変わりたいという祈りが込められている。

この曲を通じて私たちは、都市の硬質な空気の中で孤独に喘ぐ存在が、もう一度“野生”と繋がろうとするその衝動と苦しみに耳を澄ませることになる。

「Caribou」は、叫びのようであり、呪文のようであり、そして救済の詩でもある。

Pixiesはこの曲で、決して饒舌にならず、わずか数行の言葉と、激しい爆発のようなサウンドで、私たちの内側にある“人間であることの痛み”を静かに、しかし鋭くえぐり出してみせたのだ。

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