Care by Temporex(2017)楽曲解説

Spotifyジャケット画像

1. 歌詞の概要

「Care」は、アメリカ・カリフォルニア出身のベッドルーム・ポップ・アーティスト、Temporex(テンプオレックス)が2017年にリリースしたデビューアルバム『Care』のタイトル・トラックであり、彼の音楽的世界観と精神性を象徴する重要な楽曲である。

この曲では、”care”=「気にする/気にかける」という行為についての多面的な問いが描かれる。言い換えれば、「誰かを気にかけるとはどういうことか」「気にされることにどんな意味があるのか」といった、人間関係の本質に迫る内省的なテーマを、静かでやわらかな語り口で追究している。

全体的な語りは淡々としており、怒りや悲しみといった強い感情を前面に出すのではなく、むしろ“感情が希薄になった現代的な対人関係”に対する空虚感や、無関心の中に潜む寂しさがしみ出てくるような構成になっている。Temporex特有のローファイでアンビエントなサウンドが、その“声にならないつぶやき”のような詩情を一層引き立てている。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Care」は、Temporexのセルフプロデュースによる1stアルバム『Care』(2017)の冒頭を飾る楽曲であり、アルバム全体のトーンを定義する役割を果たしている。彼はこのアルバムを高校時代に制作しており、すべての楽器、ボーカル、ミックスを自宅の部屋でひとりで完結させた。音楽制作ソフトGarageBandやシンプルなシンセ、エレキギター、マイクといった限られた機材を用いながら、ノスタルジックかつ近未来的な世界観を見事に構築している。

Temporexの音楽は、チップチューン、ファンク、シンセポップ、R&B、そしてローファイ・ヒップホップなど多様なジャンルの要素を内包しており、「Care」もその融合的スタイルの代表例である。特にこの楽曲では、ゆったりとしたテンポ、やさしいコード進行、ふわふわと浮かぶようなボーカルが相まって、心のなかの“間”や“沈黙”を音にしたような雰囲気が漂っている。

リリース当初はインターネットを中心に徐々に支持を集め、アルバム『Care』は“インターネット・ジェネレーションのための癒し”として多くの若者の共感を呼んだ。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Care」の中から象徴的な歌詞を抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。

引用元:Genius Lyrics – Care

“Do you care? Do you care?”
君は気にしてる? 本当に気にしてる?

“I’m still here, but you don’t play fair”
僕はまだここにいるのに、君はフェアに接してくれない。

“I still care, I still care”
それでも、僕はまだ気にしてるよ。

“But it seems like you don’t care at all”
でも君は、まったく気にしてないように見えるんだ。

“Why do I try so hard for you?”
どうして僕は、こんなにも君のために頑張ってるんだろう?

“If nothing that I do will matter soon”
どうせ、僕のしたことはすぐに意味を失うっていうのに。

このリリックは、人との関係における“一方通行な思い”を描いている。相手の無関心と、自分の中に残る感情とのあいだで揺れ動く姿が、飾り気のない言葉で静かに語られている。その率直さゆえに、多くのリスナーが“これは自分のことだ”と感じるような親密さがある。

4. 歌詞の考察

「Care」は、感情表現の薄れた時代において、なおも誰かを気にかけてしまうことの切なさと、それが報われない苦しみを描いている。歌詞の中で繰り返される「Do you care?(君は気にしてるの?)」という問いは、答えのないままに反響し続ける。“聞いても返ってこない”、その空白そのものが、現代的な人間関係の本質を象徴している。

この楽曲における「care(気にする/思いやる)」は、感情の動きであると同時に、“つながり”の意識そのものである。誰かに対して思いを向けるとは、自分と相手をつなぐ橋をかける行為であり、その橋が一方通行であるとき、人は強い無力感を抱く。それでも語り手は、「I still care」と繰り返し、思いを断ち切ることができない。これは愛情というより、もはやアイデンティティの問題ですらある。

さらに、この曲の構成やメロディは、そのメッセージと完璧に連動している。浮遊感のあるトラック、途切れそうなフレーズ、そして感情のピークを迎えることなく終わる楽曲構造。すべてが“中途半端で未完の感情”を象徴している。まさに、「Care」は感情の輪郭がぼやけていく現代における、静かなるエモーショナル・ソングである。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Nobody” by Mitski
    “誰にも気にかけられない”ことの孤独を極限までシンプルな言葉で描いた楽曲。

  • “Are You Bored Yet?” by Wallows ft. Clairo
    関係の冷めゆく過程を描きつつ、どこか爽やかでローファイな空気感が共通。

  • “Moon” by Kanye West
    繊細で抽象的な情緒が漂い、「Care」と同じく“気配のある沈黙”が印象的な楽曲。

  • “See You Again” by Tyler, The Creator ft. Kali Uchis
    会えない相手を思う気持ちを、美しく幻想的に描いたデュエットソング。

  • “Pretty Boy” by Joji
    無関心に見える相手との関係に悩む感情を描いた、甘く切ないバラード。

6. “気にする”ことの代償:沈黙のポップソングとしての「Care」

「Care」は、Temporexの美学が凝縮された一曲である。ポップでカラフルなアートワーク、可愛らしくも中性的なボーカル、そしてデジタル処理されたローファイサウンド。その裏には、誰もが一度は感じたことのある“無視される感情”と“報われない思い”が静かに流れている。

この曲が優れているのは、その“静けさ”の中に激しい問いを秘めている点である。「君は気にしてる?」という問いに、明確な答えは返ってこない。だがその無音こそが、最もリアルな感情表現なのかもしれない。

「Care」は、“気にすること”の美しさと、そこに伴う脆さ、そしてそれでもなお他者とつながりたいという人間的な衝動を、現代的な手触りで描き出した孤高のポップソングである。Temporexの音楽に耳を傾けることは、自分自身の心の中にある“静かな声”に気づくことでもある。

コメント

タイトルとURLをコピーしました