アルバムレビュー：Bury the Hatchet by The Cranberries

アルバムレビュー

2025.05.10

発売日: 1999年4月19日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ポップ・ロック、ケルト・ロック

『Bury the Hatchet』は、The Cranberriesが1999年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、
激動の内外から距離を置き、より内省的で穏やかな音世界へと向かった“再生と和解”の作品である。
前作『To the Faithful Departed』では社会性と怒りを全面に打ち出した彼らだったが、本作ではドロレス・オリオーダンの私生活——とりわけ母親になった経験——を反映し、
より個人的で、情緒的なトーンが支配的となっている。

タイトル「Bury the Hatchet（斧を埋める）」とは、和解や争いの終結を意味する慣用句。
この言葉の通り、アルバム全体には争いの後の沈静化、過去との折り合い、そして新たな希望と苦悩が描かれている。
音楽的には初期の繊細なフォーク的アプローチと、90年代的ポップ・ロックのメロディラインが融合し、
過剰な怒りを脱した分、より普遍的で親密な作品に仕上がっている。

全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
- 関連記事:

全曲レビュー

1. Animal Instinct
母性と本能をテーマにした穏やかで感情豊かなオープニング・ナンバー。
“突然守るものができた”という気づきがメロディとともに優しく広がる。
ドロレスの声が、とても人間的な暖かさをたたえている。

2. Loud and Clear
ギターリフが躍動する、ややパンキッシュなエネルギーを持つ楽曲。
メッセージの明瞭さ、自己表現の強さを主題にしており、序盤のアクセントになっている。

3. Promises
本作随一のロック・ナンバーで、アルバムからのリードシングル。
離婚や裏切りをテーマにした歌詞と、グランジ風ギターが交差する強烈な楽曲。
ドロレスのシャウトが怒りと自立の表現として機能している。

4. You and Me
愛と日常を繊細に描いたミドルテンポのバラード。
アコースティック・ギターとストリングスが主導する、穏やかで親密なトーンが印象的。

5. Just My Imagination
ビートルズ的なポップ感を漂わせる軽やかなナンバー。
“夢見がちな私”というテーマが、ドロレスの天真爛漫な歌声にぴったりと合っている。

6. Shattered
歪んだギターと緊張感あるリズムが際立つ中盤のロック曲。
壊れた関係や心の断片を描くリリックが、パーソナルな痛みを呼び起こす。

7. Desperate Andy
架空の人物“アンディ”を主人公にした風刺的楽曲。
社会的な不条理や、感情の出口を探す青年像が描かれる。
コード進行とメロディのドラマ性が光る佳曲。

8. Saving Grace
自分を救ってくれるもの、自分の内なる光を信じるという内容。
シンプルながら希望に満ちたメッセージが優しく響く、静かな祈りのような曲。

9. Copycat
メディア批判をテーマにしたアップテンポのロック曲。
鋭くユーモアを交えながら、業界や模倣者たちへの皮肉を込めている。

10. What’s on My Mind
恋愛関係のもどかしさと不透明さを描いたバラード。
音数を抑えたアレンジが、語りかけるような歌詞を際立たせている。

11. Delilah
愛と裏切り、支配と従属といった関係性の綱引きを描くダークなトラック。
ドロレスの低めのトーンとエフェクトが、物語性を強調する。

12. Fee Fi Fo
童話的なタイトルとは裏腹に、怒りと苛立ちを詰め込んだハードな一曲。
短いながらも異色のテンションで、後半のアクセントとなる。

13. Dying in the Sun
アルバム中でもっとも美しく儚いバラード。
「陽の中で死ぬ」という比喩に、静かな諦念と再生の兆しが込められている。
ピアノとストリングスだけで構成された、まさに“音の祈り”。

14. Sorry Son
（2002年の再発盤ボーナストラック）
後悔と告白のようなバラードで、過去に対する清算のような要素が込められている。
ドロレスの表現力がより成熟した形で感じられる楽曲。

総評

『Bury the Hatchet』は、The Cranberriesが喪失と怒りの時代を経て、
自らの内面と向き合い、そこから“許し”や“再出発”を模索した作品である。
このアルバムでは、社会批評的なトーンは後退し、代わりにより私的な物語が前景化される。
母性、愛、孤独、希望——そうした普遍的な主題が、時に優しく、時に鋭く語られる。

音楽的には、初期のフォーキーな感触にポップ・ロックの厚みを加え、全体的に親しみやすい。
だがその一方で、単なる“耳ざわりの良さ”に留まらず、リリックや声の表情には、
確かな傷跡とそこから生まれる強さが滲んでいる。

The Cranberriesにとって、本作は“過去との和解”を描いた一つの到達点であり、
リスナーにとっても、“自分の傷とともに生きていく音楽”として、
長く寄り添い続けてくれる作品である。