
発売日: 1984年11月19日
ジャンル: ロック、シンセポップ、アダルトコンテンポラリー
概要
『Building the Perfect Beast』は、ドン・ヘンリーが1984年に発表した2作目のソロアルバムであり、
イーグルス解散後の彼が本格的にアーティストとして開花した決定的な作品である。
デビュー作『I Can’t Stand Still』に続き、社会意識の高い歌詞と都会的なサウンドを探求しつつも、
本作ではプロデューサーにダニー・コーチマー、エレクトロニクス担当にマイク・キャンベル(トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ)らを迎え、
より洗練されたシンセポップとロックの融合を実現している。
ヒットシングル「The Boys of Summer」(全米5位)、「All She Wants to Do Is Dance」などを収録し、
グラミー賞も受賞。
批評的にも商業的にも大成功を収め、
ドン・ヘンリーを80年代アメリカンロックの知性派リーダーへと押し上げた。
全曲レビュー
1. The Boys of Summer
アルバムの代名詞とも言える名曲。
失われた青春と時間の不可逆性を、
シンセサイザーとギターが織りなす哀愁漂うサウンドで描き出す。
ヘンリーの乾いた声が心に深く刺さる。
2. You Can’t Make Love
失敗に終わる恋愛の皮肉と切なさを、
ポップなビートに乗せて軽やかに歌い上げるナンバー。
3. Man with a Mission
アメリカ社会の偽善や矛盾を、
タイトなリズムと攻撃的なギターで鋭く風刺する。
4. You’re Not Drinking Enough
自暴自棄な恋愛後の喪失感を、
カントリーフレイバーを取り入れた柔らかなアレンジで描いた一曲。
5. Not Enough Love in the World
愛と赦しをテーマにしたミディアムバラード。
ヘンリーの温かくもどこか醒めた歌声が、曲に深みを与える。
6. Building the Perfect Beast
タイトル曲。
現代社会が追い求める完璧主義と機械化を、
冷ややかなトーンで批判する実験的なサウンド。
7. All She Wants to Do Is Dance
ダンサブルなリズムとは裏腹に、
冷戦下の中米政策を痛烈に風刺した、
軽快だが毒のあるポップソング。
8. A Month of Sundays
小作農の視点からアメリカ社会の変化を静かに嘆く、叙情的なフォークバラード。
ヘンリーの社会意識が最も色濃く表れた楽曲。
9. Sunset Grill
都市生活の孤独と疲弊を、哀愁たっぷりに歌ったミッドテンポナンバー。
シンセサイザーが描く夜景のようなサウンドスケープが秀逸。
10. Drivin’ with Your Eyes Closed
社会の無軌道さを運転のメタファーで描いた、
エネルギッシュなロックチューン。
11. Land of the Living
生命への賛歌と生きることへの祝福を、
ダイナミックなアレンジで締めくくるポジティブなナンバー。
総評
『Building the Perfect Beast』は、ドン・ヘンリーが
ポップスターではなく、”語るべきテーマを持ったアーティスト”として確立した作品である。
都会的なサウンド、洗練されたプロダクション、
鋭い社会批評と個人的感情の交錯――
すべてが高次元で融合しており、
単なる80年代ロックの枠に収まらない深みと完成度を持っている。
『The Boys of Summer』が象徴するように、
時間の流れと失われたものへの哀愁はアルバム全体を貫くテーマだが、
それは単なるノスタルジーではない。
むしろ、
**”失ったものを見つめながら、どう生きるか”**を静かに問いかけている。
『Building the Perfect Beast』は、
1980年代アメリカの光と影を、静かに、しかし鋭く切り取った名盤なのである。
おすすめアルバム
- Bruce Springsteen / Tunnel of Love
愛と孤独を深く掘り下げた、成熟したスプリングスティーンの傑作。 - Tom Petty / Full Moon Fever
80年代アメリカンロックの洗練された自由なスピリットを体現したアルバム。 - Stevie Nicks / Bella Donna
ポップとロック、幻想と現実を行き来する、80年代を代表する女性ロックアルバム。 - Peter Gabriel / So
シンセポップとワールドミュージックを融合させた、芸術的野心作。 -
Eagles / The Long Run
ドン・ヘンリーが在籍していたイーグルス晩年の内省的なアルバム。
歌詞の深読みと文化的背景
1984年――
レーガン政権下、冷戦と消費文化の拡大に揺れるアメリカ。
経済成長の裏で、都市化、格差、精神的空洞化が進行していた。
ドン・ヘンリーは、
こうした社会の”明るい表層”ではなく、
その裏に潜む孤独、欺瞞、喪失感を、
冷静に、そして詩的に描き出した。
「The Boys of Summer」では、
過ぎ去った日々への喪失感と諦念を、
「All She Wants to Do Is Dance」では、
政治への無関心と刹那的な快楽主義を、
「Sunset Grill」では、
都市の夜の片隅に生きる人々の孤独を、
それぞれ鮮やかに描いている。
『Building the Perfect Beast』は、
80年代という光と影に満ちた時代を、
ひとりの成熟したアーティストの目線で切り取った、静かなる叙事詩なのである。
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