発売日: 2000年10月10日
ジャンル: ハートランド・ロック、ルーツ・ロック、オルタナティヴ・ロック
概要
『(Breach)』は、The Wallflowersが2000年にリリースした通算3作目のスタジオ・アルバムであり、
前作『Bringing Down the Horse』で大成功を収めた後、ジェイコブ・ディラン率いるバンドが挑んだ**“内省と表現の間隙”を描く作品**である。
アルバムタイトルの“Breach”には、「破れ目」や「亀裂」、「突破口」といった意味がある。
これはまさに、前作でスターとなったジェイコブ・ディランが、名声の重圧と自己探求の裂け目の中で書いた楽曲群であり、
音楽的にはより洗練され、歌詞的には一層パーソナルで哲学的な色合いを深めている。
T Bone Burnettに代わり、プロデューサーにはAndrew SlaterとMichael Penn（Aimee Mannの夫）を起用。
音像はよりタイトに、バンドアンサンブルも引き締まり、
“語るロック”から“感じさせるロック”への移行が試みられた重要作である。
全曲レビュー
1. Letters From the Wasteland
乾いたギターの音色とともに幕を開ける、叙情的で構成力のあるオープニングナンバー。
「荒れ地からの手紙」は、孤立と希望のはざまから届くメッセージのようでもあり、
ジェイコブの詩的視点がアルバムのトーンを決定づける。
2. Hand Me Down
「俺は君の“おさがり”かい？」と問いかける切実なバラード。
名声の陰で“二番手”に見られる自分への内省的な視線が込められており、
ジェイコブがボブ・ディランの息子として受けるプレッシャーへの返答としても読める名曲。
3. Sleepwalker
アルバムのリードシングルであり、夜をさまよう夢遊病者＝現代人のメタファーが印象的。
シンプルなコード進行に、覚醒しきれないまま進む人生の不安と美しさが重なる。
4. I’ve Been Delivered
「俺は救われた」という宗教的なタイトルとは裏腹に、
その救いが皮肉であり仮初めであることをにじませるフォーク・ロックナンバー。
荒野と信仰、都会と孤独が交差する。
5. Witness
ミッドテンポのギターロック。
「僕の証人になってくれ」と歌うその声は、自分の存在を他者に認めてもらいたいという願望と不安が交錯している。
6. Some Flowers Bloom Dead
直訳すれば「枯れたまま咲く花」。
成功や表面的な華やかさの裏にある虚しさ、満たされない自己のメタファーとして秀逸。
哀愁を帯びたアレンジも美しい。
7. Mourning Train
“モーニング（朝）”と“モーニング（喪）”のダブルミーニングが巧みに仕込まれた楽曲。
人生の節目における別れと再出発を、列車のイメージで描く叙情詩。
8. Up From Under
内省的な雰囲気をたたえたローテンポのナンバー。
「下から浮かび上がる」という言葉に込められた、再起の手応えと痛みがしみる一曲。
9. Murder 101（feat. Elvis Costello）
異色のデュエット曲。
タイトル通り、“殺人入門”のような不穏な内容だが、
それは比喩的に、恋愛や信頼関係が壊れる過程を描いている。
エルヴィス・コステロの登場により、緊張感が高まる異色の名作。
総評
『(Breach)』は、成功の後に訪れる“語りにくい感情”を、あえて丁寧に綴った傑作である。
前作で“ロックスターの仲間入り”を果たしたジェイコブ・ディランは、
このアルバムでその名声にどう向き合うべきか、どう自己を再構築すべきかという命題に取り組んだ。
そのため、楽曲はどこか疲れている。
だがその疲労感こそが、成熟したロックのリアルとして本作を特別なものにしている。
音楽的にも派手なアレンジは控えめに、
語りかけるような歌声と、淡々とした演奏がじわじわと胸を打つ構成。
まさに“華やかな夜が明けた後の静かな朝”のような、余韻に満ちたアルバムである。
おすすめアルバム
- Joseph Arthur『Come to Where I’m From』
同時代の内省的ロック。痛みと再生をテーマにした感覚が似ている。 - Counting Crows『This Desert Life』
ポップでありながらも、人生の不確かさを描いたバンド作品。 - Elvis Costello『When I Was Cruel』
ジェイコブと共演も果たすエルヴィスの2000年代代表作。語りの深さが共鳴。 - Ryan Adams『Heartbreaker』
ソロ・シンガーとしての苦悩と内省を剥き出しにした、同時期の名盤。 -
Josh Rouse『1972』
レトロな音像と現代的な感情の混在が、『(Breach)』の空気感と響き合う。
ファンや評論家の反応
『(Breach)』は、前作ほどの商業的成功には至らなかったものの、
The Wallflowersの“真価”はむしろここにあると語るファンも多い。
特に「Hand Me Down」や「Sleepwalker」は、彼らの中でも最も誠実な楽曲として愛されており、
ジェイコブ・ディランがただの“有名人の息子”ではなく、
一人のロック詩人として確固たる地位を築いた作品でもある。
静かで、少し寂しくて、でも信じる音がある。
『(Breach)』は、そんな夜に寄り添うアルバムなのだ。
コメント