イントロダクション
1980年代初頭、音楽シーンがポストパンクとニューウェーブで沸き立つ中、突如として現れた異彩――それがBow Wow Wowである。
民族音楽的なリズム、セクシャルで挑発的なヴィジュアル、そして奔放なエネルギー。
彼らの音楽は、アートでもあり、商業でもあり、時にスキャンダルでもあった。
だが何よりもまず、それは踊れる反抗の形だったのだ。
バンドの背景と歴史
Bow Wow Wowは、元Sex Pistolsのマネージャー、マルコム・マクラーレンの発案によって1980年に誕生したプロジェクトバンドである。
アダム＆ジ・アンツのメンバーを引き抜き、そこに当時まだ13歳だったビルマ系イギリス人少女、アナベラ・ルーウィンをボーカルとして加入させたことが話題を呼んだ。
マクラーレンの意図は、音楽とファッションとスキャンダルを融合させ、商業ポップの枠を押し広げることだった。
そのためBow Wow Wowは、デビュー当初から常に論争と話題の的であり続けた。
特に1981年のEP『Your Cassette Pet』は、当時まだ新しかったカセット専売というフォーマットを採用し、音楽業界に一石を投じた。
翌1982年にはフルアルバム『See Jungle! See Jungle! Go Join Your Gang Yeah, City All Over! Go Ape Crazy!』を発表。
その原始的なリズムと鋭角なギター、そしてアナベラの奔放なボーカルは、他のニューウェーブ勢とは明らかに異なるエネルギーを放っていた。
音楽スタイルと影響
Bow Wow Wowのサウンドを一言で表すなら“トライバル・ニューウェーブ”。
彼らは西洋のパンクやポップの文脈に、アフリカや中南米、東南アジアのリズムを持ち込み、パーカッシブかつ跳ねるようなビートを構築した。
これは、アダム＆ジ・アンツのリーダー、アダム・アントが影響を受けていた「バロッコ・ビート（Burundi beat）」――アフリカ・ブルンジの伝統打楽――をさらに前面に押し出したスタイルである。
マシュー・アッシュマンのギターは、鋭く跳ね、時にカリビアンな色彩を帯び、トム・トム・クラブやトーキング・ヘッズといった同時代バンドとも共鳴する。
そしてアナベラの歌声は、挑発的でありながら、どこか素朴で無垢でもあり、楽曲に独特の緊張感と無邪気さを与えていた。
代表曲の解説
I Want Candy
彼らの最大のヒット曲。
もともとはStrangeloves（1965年）のガレージロックを原曲とするカバーだが、Bow Wow Wowによってトライバルなドラムと跳ねるギターで再構築され、全く新しいポップに生まれ変わった。
アナベラの舌足らずなボーカルが、歌詞に潜む性的ニュアンスを軽やかに中和し、エロティシズムと無邪気さが共存する珍しいポップスとなっている。
C30 C60 C90 Go!
音楽業界への皮肉と反抗を込めた、カセット・カルチャーの讃歌。
“Home taping is killing music（ホーム録音が音楽を殺す）”というレコード業界の警告に対するアンチテーゼとして、「ならば私たちはそれを楽しんでやる」と歌い上げた。
曲自体も、跳ねるリズムとポップなフックが満載で、商業ポップとアングラ精神の境界を飛び越えていく。
Go Wild in the Country
ややバラード寄りの一曲。
都会の退屈さや監視社会からの逃避を歌っており、アナベラのボーカルが開放感と憂いを同時に湛えている。
イギリスの田園風景とポストパンクの無機質さが奇妙に同居した、不思議な魅力を持った楽曲。
アルバムごとの進化
『Your Cassette Pet』（1981）
カセット専売で話題を集めたデビューEP。
ラフで勢いのある楽曲が並び、DIY的な精神とマクラーレン的なアイデアが詰まっている。
『See Jungle! See Jungle! Go Join Your Gang Yeah, City All Over! Go Ape Crazy!』（1981）
ファースト・フルアルバムにして代表作。
アフリカン・ビートとポップの融合がピークを迎えた作品で、アートと商業のギリギリを歩く攻めた内容。
『When the Going Gets Tough, the Tough Get Going』（1983）
アナベラの脱退前最後のアルバム。
よりポップかつ洗練されたサウンドに接近し、ヒット曲「Do You Wanna Hold Me?」なども収録。
影響を受けたアーティストと音楽
アダム＆ジ・アンツやSex Pistolsからの流れは明白だが、Bow Wow Wowはそれ以上に、ブルンジの伝統打楽や、カリブ・アフリカ圏のリズムを西洋ポップに落とし込んだ先進性が際立つ。
また、パフォーマンスやアートワークには、ダダイズムやポップアートの精神が見え隠れする。
影響を与えたアーティストと音楽
Cibo Matto、M.I.A.、Santigold、そしてThe Go! Teamなど、ジャンル横断的でリズム主体のポップを展開するアーティストたちに、その遺伝子は確かに息づいている。
また、Y2K以降のインディー・ポップやガールズ・エレクトロ・シーンにおいても、アナベラの奔放さとエスニックなスタイルは再評価されている。
オリジナル要素
Bow Wow Wowの最大の個性は、「ポストパンク × プリミティブ × セクシャリティ」という三重の要素をポップに消化したことにある。
アナベラの年齢やルーツ、マクラーレンのメディア操作を巡っては多くの論争もあったが、それすらも彼らのアートの一部として機能していたとも言える。
また、パンクの“破壊”の美学を、音よりも“リズム”と“ファッション”の中に注ぎ込んだスタンスは、ジャンルの更新を体現したものであった。
まとめ
Bow Wow Wowは、80年代のポップミュージックにおいてもっとも“自由”だったバンドのひとつである。
リズムは野性を纏い、ビジュアルはポップを挑発し、言葉は社会を笑い飛ばす。
そのすべてが、世界のどこにもなかった「BOW WOW WOW的なるもの」を作り上げた。
商業性とアート性のせめぎあい、その緊張感を今に伝える、まさに唯一無二の存在なのだ。
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