1. 歌詞の概要
“Born, Never Asked“は、アメリカの前衛アーティスト**Laurie Anderson(ローリー・アンダーソン)が1982年に発表したデビュー・アルバム『Big Science』の収録曲であり、同年のシングル「O Superman」のB面としてもリリースされた楽曲です。タイトルの通り、この曲は「自分の存在は望まれたのか?」「私たちは選んで生まれたのか?」**という根源的な問いを提示しながら、存在論的な孤独と人間の“生”に対する不確かさを詩的に表現しています。
曲は静かでミニマルな音構成を持ち、語りと繰り返しのフレーズを基調に、親密さと疎外感、優しさと不安が同居するような空気感を醸し出しています。内容は抽象的ですが、非常に個人的かつ普遍的な感情を呼び起こす力があり、ローリー・アンダーソンの詩的感性と哲学的深さが最もよく表れた楽曲のひとつとされています。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲は、もともと彼女の大規模パフォーマンス作品『United States Live』の一部として発表されたもので、そこではアメリカにおける個人のアイデンティティ、国家、テクノロジー、愛、記憶などをテーマにした一連の語りと音楽の中に位置づけられていました。
“Born, Never Asked”というタイトルは、人間がどのようにしてこの世界に投げ込まれるかという存在論的問題を、驚くほどシンプルな言葉で言い表したものです。アンダーソンはそれを叙情的かつ鋭い観察のまなざしで、ミニマルな電子音とともに語りかけるのです。
また、この曲は後年の多くのダンサー、映像作家、現代詩人たちに引用・影響を与えており、アート/ポエトリー/音楽の境界を超えた作品として長く評価されています。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Lyrics:
It was a large room. Full of people.
和訳:
「そこは大きな部屋だった。人であふれていた。」
Lyrics:
All kinds. And they had all arrived at the same building at more or less the same time.
和訳:
「いろんな人がいた。そして彼らは、ほぼ同じ時間にその建物にたどり着いた。」
Lyrics:
And they were all free. And they were all asking themselves the same question.
和訳:
「彼らは皆、自由だった。そして、同じ問いを自分に投げかけていた。」
Lyrics:
What is behind that curtain?
和訳:
「あのカーテンの向こうにあるものは何?」
Lyrics:
And it was a large room. Full of people.
All kinds. And they had all been born.
And they were all saying, “Hi. I’m born.”
Hi. I’m born. Hi. I’m born.
和訳:
「そこは大きな部屋だった。人でいっぱいだった。
いろんな人たち。彼らは皆、生まれていた。
そして皆、こう言っていた。“こんにちは。私は生まれました。”
こんにちは。私は生まれました。」
(※歌詞引用元:Genius Lyrics)
この反復的で奇妙に親しみのあるフレーズ群は、生まれること、存在すること、それ自体への驚きと諦念、そして問いを孕んでいるように感じられます。
4. 歌詞の考察
“Born, Never Asked”の核心にあるのは、**「私たちは何のために生まれたのか」「それを誰かに頼んだのか」**という存在の根本的な疑問です。
✔️ 「生まれた」という事実の不条理
誰もが生きている──でも誰も、自分の意志で生まれてきたわけではない。このパラドックスは、近代哲学や実存主義の中心的問題でもありますが、アンダーソンはこれを淡々とした語りのスタイルで詩的に表現します。皮肉も説教もないそのトーンは、かえって聴き手の心を静かに揺さぶります。
✔️ 繰り返しの中にあるアイロニーとユーモア
「Hi. I’m born.」というフレーズの繰り返しは、自己紹介のような軽さを装いながら、実はとてつもなく重い問いを含んでいます。まるで会議の冒頭で名前を言うような調子で、「生まれたこと」を報告する──そこに個の無力さと、集団の中で埋没するアイデンティティの問題が重なってきます。
✔️ 存在への集団的問いと孤独
歌詞の中では「彼らは自由だった」「彼らは皆問いかけていた」というように、人々は集団で登場しますが、問いの内容はきわめて個人的なものです。このコントラストは、現代社会における孤独な個人とマス(大衆)との緊張関係を象徴しています。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “From the Air” by Laurie Anderson
→ 危機的状況と個人の感情を無感情な語りで描いた哲学的ポップ。 - “Fitter Happier” by Radiohead
→ 近代生活の自己管理システムを皮肉的に可視化するヴォイス・トラック。 - “Late Night Final” by Richard Hawley
→ 存在と時間の感覚に寄り添う叙情的インストゥルメンタル。 - “Jesus’ Blood Never Failed Me Yet” by Gavin Bryars
→ 孤独と希望が反復される声と音楽による感情の昇華。 - “Lullaby for Myself” by Laurie Anderson
→ 自分自身に語りかけるような、静かな音と言葉の瞑想。
6. 『Born, Never Asked』の特筆すべき点:生の不可逆性と問いの詩学
この楽曲は、音楽でありながらも詩であり、詩でありながらも哲学です。
- 🌀 存在することの奇妙さを言葉で包むミニマリズム
- 🎛 反復と静寂によって、“問いの渦”に聴き手を巻き込む構造
- 🧠 実存哲学とポストモダン文学を横断する音楽的コンセプト
- 🎙 情緒に流されない語りによって、かえって深い情動を呼び起こす演出
結論
“Born, Never Asked“は、自分がなぜ生まれたのか、何のためにここにいるのか、誰が決めたのかという、誰もが一度は抱える疑問を、言葉のリズムと音の余白を通じて静かに語りかける詩的名作です。
ローリー・アンダーソンはこの曲で、私たちの存在がどれだけ不確かで、問いに満ちているかを示しながらも、それを重くもなく軽くもなく、ただ“ある”ものとして提示する力を持っています。
「私は生まれた。でも、それを頼んだ覚えはない。」
この一文の中に、人間という存在の喜びと苦しみ、そしてユーモアのすべてが詰まっているのです。
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