発売日: 1996年6月24日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ゴシック・ロック、メロディック・ロック、アダルト・コンテンポラリー
概要
『Blue』は、The Missionが1996年にリリースした6作目のスタジオ・アルバムであり、
終焉の気配とともに語られた、静かなる“自己の解体と祈り”のアルバムである。
前作『Neverland』で一定の回復を見せたバンドだが、メンバー間の不和や活動疲弊は拭えず、
『Blue』は**事実上の“解散前最後のアルバム”**として制作された。
そのため、タイトルの“青”が意味するのは、希望でも青春でもなく、憂鬱、喪失、孤独、そして諦念である。
内容は従来のドラマティックなアリーナ・ロックや儀式的ゴシック・ロックとは異なり、
より内省的で、音数も抑えめ、温度感の低いアダルトなオルタナティブ・ロックが中心。
Husseyのヴォーカルも、以前のような激情的な咆哮ではなく、
囁きや独白のようなスタイルにシフトしており、
全体として“終わりの予感”を滲ませる静かなトーンに包まれている。
一見地味だが、これは**「過剰な演出を脱ぎ捨てた後に残る、Missionの素顔」**を記録した作品なのである。
全曲レビュー
1. Coming Home
アルバムの幕開けにふさわしい、しっとりとしたギター・アルペジオとメロウな歌声で始まるバラード。
“帰る場所”をテーマにしながらも、そこにあるのは温もりではなく、すでに変わってしまった風景と自己のズレ。
旅の終わりと再出発、その両方が重なり合った複雑な感情のスタート。
2. Get Back to You
前曲のトーンを引き継ぐミディアム・テンポのナンバーで、
失った誰かへの思慕と、「取り戻したいが戻れない」葛藤の内面劇が描かれる。
80年代ゴシックの装飾を排した、素のメロディが沁みる一曲。
3. Drown in Blue
本作のハイライトともいえるタイトル曲的存在。
“青に溺れる”という表現は、感情をコントロールできずに呑み込まれる様を繊細に描写しており、
音像はややサイケ寄りで、浮遊感のあるギターと沈んだベースが静かにうねる。
The Missionの“諦念の美学”が最も純化された名曲。
4. Damaged
その名の通り、心の損壊をテーマにした極めてパーソナルなトラック。
アコースティック調の音作りとHusseyの脆い歌唱が、
「何も感じないことこそが痛みなのだ」という逆説的な空虚を浮かび上がらせる。
リリース当時は地味に思われたが、再評価が進む“静かなる名品”。
5. More Than This
Roxy Musicの名曲と同名ながらオリジナル曲。
「これ以上に何を望めばいい?」という投げやりで、どこか優しい問いかけが繰り返される。
過剰な期待を手放した後の平穏と、なお残る未練を、
スムーズなバンドサウンドとともに描いている。
6. That Tears Shall Drown the Wind
詩的で悲痛なバラード。
涙によって風すらも沈黙する――というタイトルが象徴するように、
愛や希望が崩れていく瞬間の美しさと静けさが表現された曲。
シンプルな構成ながら、Husseyのリリカルな表現が強く響く。
7. Black & Blue
本作の中では比較的アップテンポでロック寄りの一曲。
とはいえ、サウンドはクリアでタイト、“戦ったあとのアザと痛み”を静かに歌うセルフ・リフレクションである。
タイトルが示すように、“青(Blue)”は悲しみであり、闘争の証でもある。
8. Bang Bang
皮肉とシニカルなユーモアが交差する、Hussey的語り口が冴えるトラック。
サウンドはストレートなロックンロールで、アルバムの中では異色だが、
冷笑と怒りを交えた“感情のガス抜き”のような役割を担う。
9. Alpha Man
ゆったりとしたテンポと淡々とした語り口で、男らしさ・支配欲・虚勢といったテーマに切り込んだ楽曲。
強さと弱さの相反を音と詩で描く、現代的なアイデンティティ批評曲でもある。
後期Missionの社会性が垣間見える点でも興味深い。
10. Evermore & Again
“何度でも、もう一度”という、諦めにも似た優しさと執着を綴った曲。
メロディはシンプルだが、反復の中に宿る感情の揺れが印象的で、円環的な人生観を暗示するような構成。
静かに終わっていくその姿は、アルバムの幕引きとして非常に美しい。
総評
『Blue』は、The Missionというバンドが一度“装飾を脱ぎ捨て、自らの核に向き合った”アルバムであり、
ゴシック・ロックやアリーナ・アンセムではない、もっと小さな声、もっと私的な感情を音にした作品である。
そこには叫びも啓示もない。ただ、傷、祈り、沈黙、そして“青”がある。
このアルバムが評価されづらかったのは、あまりにも静かで、派手さがなかったからかもしれない。
しかし今だからこそ、この作品はこう言える――
“ブルー”であること、それは敗北ではなく、受け入れること。
それこそが、The Missionの最後の詩学だったのだと。
おすすめアルバム(5枚)
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The Cure – Bloodflowers (2000)
後期ゴシックの沈静化と成熟を描いた作品。『Blue』と同じ“諦念の美学”。 -
Leonard Cohen – Ten New Songs (2001)
ささやきと静謐による叙情。Wayne Husseyの静かな語りとも共鳴。 -
David Sylvian – Blemish (2003)
内省と最小音響で構成された、破れた美の音楽。 -
Nick Cave – The Boatman’s Call (1997)
愛と喪失の極限をピアノと声で描いたバラード集。『Blue』の精神的兄弟。 -
Peter Murphy – Dust (2002)
瞑想的、詩的、内的宇宙を描く後期ゴスの決定盤。静けさの力に通じる作品。
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