発売日: 1989年
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ポストパンク、ダークウェイヴ、ドリームポップ
概要
『Blow』は、Red Lorry Yellow Lorryが1989年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、彼らのディスコグラフィの中でも最も音楽的に柔軟で開かれたサウンド・アプローチを試みた意欲作である。
これまでの硬質なポストパンク/インダストリアル・サウンドを離れ、メロディアスでドリーミーなギター・テクスチャ、そしてより洗練されたポップ性を大胆に取り入れている。
前作『Nothing Wrong』で兆しを見せた音楽的変化は、本作でいよいよ顕在化。
もはやRed Lorry Yellow Lorryは、“無表情な反復”のバンドではない。
代わりにここでは、“感情を秘めたまま開かれる音”が息づいており、浮遊感、明瞭なヴォーカルライン、そして哀愁を帯びたギターが、新たな音世界を築いている。
タイトルの「Blow」は、風や衝撃、または感情の爆発といった多義的な意味を持ち、アルバム全体に漂う“緩やかな破壊”と“再構築”の空気を象徴している。
決して大音量で叫ばないが、静かな余韻とともに心を撃ち抜く――そんな変化の気配に満ちた作品である。
全曲レビュー
1. Happy to See Me
アルバム冒頭から意表を突く、温かみのあるギターフレーズと軽やかなリズム。
これまでのRed Lorry Yellow Lorryを知る者にとっては驚きだが、その変化は決して裏切りではなく“静かな成熟”である。
歌詞は再会の喜びと疑念が交錯する二重構造。
2. Temptation
前作にも同名曲があったが、こちらは完全に別物。
柔らかなサウンドスケープの中で“誘惑”というテーマがより感情的に、そして内省的に語られる。
ヴォーカルの表情が豊かで、バンドの進化を感じさせるトラック。
3. Too Many Colors
タイトル通り、音のパレットが一気に広がる。
ギターはカラフルなコーラス・エフェクトをまとい、リズムはスウィング感を持ち始める。
これはかつての白黒の世界から、色彩のある“違和感”の風景への遷移である。
4. Heaven
きらびやかなギター・アルペジオと、メロウなヴォーカル・ラインが特徴のドリームポップ的楽曲。
“天国”というテーマは決して宗教的ではなく、“感情の一時的な逃避所”として描かれている。
空間性の高いアレンジが耳を包み込む。
5. Gift That Shines
“輝く贈り物”というタイトルに象徴されるように、愛や希望のような抽象的な光を描いたトラック。
だがそこにあるのは明るさではなく、あくまで“弱い光”の肯定であり、慎ましくも力強い。
6. This Is Energy
アルバム中で最もリズムが前面に出た曲。
ベースとドラムの連携がタイトで、かつてのインダストリアル的緊張感をほのかに残している。
ただしギターとヴォーカルはメロディアスで、あくまで開放感を保っているのが印象的。
7. Talking Back
“言い返す”というタイトルにしては、サウンドはむしろ穏やか。
語りかけるようなヴォーカルと、温かくも不安げなコード進行が、不一致なコミュニケーションの感触を描き出す。
Red Lorry Yellow Lorryにとって新境地とも言えるバラッド風の構成。
8. Down On Ice
本作で最も内省的で、そして陰りのあるナンバー。
氷の上を歩くような緊張感と、崩れ落ちそうな不安定さが、音としてもリリックとしても支配する。
初期の不穏な世界観を、メロディで再構築したかのような一曲。
9. In My Mind
シンセサイザーのアトモスフェリックな響きが加わり、よりドリーミーで個人的な領域へと踏み込む。
“心の中”という主題は、サイケデリックな構成の中で多層的に表現される。
この曲の存在が、アルバム全体の“思考の流れ”を完成させている。
10. Sea of Tears
タイトル通りの情感に満ちたクロージング・トラック。
ギターは美しく、リズムは控えめで、ヴォーカルは過去の痛みと和解するように歌われる。
Red Lorry Yellow Lorryがここにきて到達した“感情の受容”が、静かに、そして力強く伝わってくる。
総評
『Blow』は、Red Lorry Yellow Lorryにとっての解放と再出発のアルバムであり、暗闇から少しだけ顔を出して世界を見つめ直したような作品である。
これまでの無機質で硬質なサウンドは大きく後退し、その代わりに得たものは、人間味のある音の温度、感情の震え、曖昧さの肯定である。
彼らのスタイルは変化した。しかし、それは魂を売ったのではなく、むしろ自分たちの“声”を別のかたちで表現するための選択だった。
本作は、“闇に飲み込まれずにそこに留まり続けるための音楽”なのだ。
80年代の終わりに生まれたこの作品は、90年代以降のオルタナティヴ・ロックやドリームポップ、ポストロックの文脈にも先駆的であり、再評価に値する静かな名作である。
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