発売日: 1992年9月22日
ジャンル: オルタナティブロック、サザンロック、フォークロック
概要
『Blind Melon』は、1992年にリリースされたアメリカのロックバンドBlind Melonのデビュー・アルバムであり、グランジ旋風のただ中にあって“ノン・グランジ”の叙情とルーツ志向で異彩を放ったオルタナティブロックの名盤である。
本作は、元々L.A.で結成されたバンドがノースカロライナに拠点を移し、Rick Parashar(Pearl Jam『Ten』のプロデューサー)との共同制作により録音された作品。
しかしサウンドの質感はむしろグランジとは一線を画し、アコースティックな質感や60~70年代のサイケデリック/フォークロックの影響を強く感じさせるものであった。
シングル「No Rain」の大ヒットと、“Bee Girl”のミュージックビデオのアイコニックなイメージによってBlind Melonは一躍メインストリームへと登場するが、彼らの魅力はそれだけではない。
シャノン・フーンの繊細で危ういヴォーカルと、バンドの一体感ある演奏が生み出すオーガニックな空気感は、当時のオルタナティブ・シーンの中でも異質で、どこか“時代を間違えたような美しさ”を持っていた。
全曲レビュー
1. Soak the Sin
ブルージーでサイケデリックなギターリフが印象的なオープニング。
宗教的イメージと欲望が交錯するリリックに、シャノンの野性的なヴォーカルが絡む。
“魂の洗礼”とも呼ぶべき生々しい一曲。
2. Tones of Home
本作の代表曲のひとつ。
移動と帰属、内面の分裂をテーマにしながらも、サザンロック的な陽気さも感じさせる。
複雑な感情とリラックスしたグルーヴが同居した佳曲。
3. I Wonder
アコースティック・ギターを基調にしたフォーキーなナンバー。
若さゆえの不安や自己探求の旅が描かれており、どこかボブ・ディラン的なニュアンスすら感じさせる。
アルバム内でも特にリリック主導の1曲。
4. Paper Scratcher
タイトなリズムとコード感がユニークなロックナンバー。
言葉遊び的な歌詞とパーカッシブな展開が、ライヴでの躍動を想起させる。
5. Dear Ol’ Dad
カントリー/ブルース色の強い楽曲。
“父親像”というテーマを扱いつつ、家庭や成長に対するアンビバレントな感情がにじむ。
シャノンのヴォーカルが最も土臭く響く。
6. Change
アコースティック・ギターとストリングスの旋律が美しいバラード。
「Keep on going, don’t look back(進み続けろ、振り返るな)」という言葉が、聴き手の心に静かに届く。
バンド初期から存在した楽曲で、彼らの根本を表している。
7. No Rain
アルバム最大のヒットにして、Blind Melonを象徴する曲。
陽気なメロディとは裏腹に、“孤独と無気力の中での自己肯定”が描かれる。
MVに登場する“ビー・ガール”は、90年代オルタナ文化の象徴となった。
8. Deserted
グランジ的な重さを帯びたアレンジで展開するロックナンバー。
離別や孤立がテーマであり、爆発寸前の感情をギターとリズムで描き切っている。
9. Sleepyhouse
ノースカロライナで録音された家のことを歌った楽曲。
共同生活の記憶がセンチメンタルに描かれており、“家”というモチーフの温かさと哀しさが同居する。
10. Holyman
宗教への皮肉と信仰の渇望が織り交ぜられた一曲。
シャノンの魂の叫びと、エフェクトの少ないドライな演奏が印象的。
11. Seed to a Tree
生命の循環と破壊衝動をテーマにしたサイケデリックな曲。
ジャムセッション的な構成がライブバンドとしてのBlind Melonを表している。
12. Drive
重く沈み込むようなベースラインと、諦念のようなトーンが漂う楽曲。
「運転しているのは誰か?」という問いが、比喩的に人生や運命を象徴している。
13. Time
本作のラストを飾る、内省的なバラード。
「時間」という抽象概念を通して、人生の無常と再生がテーマとなる。
余韻のあるエンディングが、アルバムの全体像を美しくまとめあげる。

総評
『Blind Melon』は、時代の中心にいたにもかかわらず、決してその中心に染まらなかった異質な存在感を放つ作品である。
サウンドはグランジ/オルタナの文脈にありながらも、彼らが目指していたのはむしろ、ウッドストック以降のアメリカン・サイケデリック・ロックやサザンロック、フォークの再解釈だった。
そのため本作は、“90年代にリリースされた70年代的な名盤”として今なお語り継がれている。
シャノン・フーンの早すぎる死(1995年)により、Blind Melonの活動は断続的なものとなるが、本作にはその短命なキャリアを超える普遍性と精神的誠実さが刻まれている。
おすすめアルバム
- The Allman Brothers Band / Eat a Peach
南部的叙情とジャムロックの原点。 - Pearl Jam / Vs.
同時代のグランジシーンにおける内省と社会性の両立。 - Neil Young / Harvest Moon
フォークとロックの繊細なバランスが共通。 - The Black Crowes / The Southern Harmony and Musical Companion
ブルースとサザンロックを90年代に持ち込んだ傑作。 -
Mazzy Star / So Tonight That I Might See
内省的で幽玄なオルタナティブロックという点での親和性。
歌詞の深読みと文化的背景
『Blind Melon』のリリックは、シャノン・フーンというひとりの詩人の心象風景であり、社会からの疎外感、自己との葛藤、自然との一体感、そしてそれを超えた精神的解放が通奏低音として流れている。
「No Rain」のような一見軽やかなポップソングでさえ、その裏には鬱屈とした孤独と“透明になっていく感覚”が刻まれており、まさに90年代という時代の感受性を体現していた。
『Blind Melon』は、どこかぼやけていて、しかし確かに温かくて、生きづらさの中に“もう少し生きてみようか”と思わせるような、小さな火を灯す作品なのだ。
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