1. 歌詞の概要
「Blackstar」は2016年に発表されたアルバム『Blackstar』の表題曲であり、デヴィッド・ボウイが死の直前に残した壮大な遺言のような楽曲である。約10分に及ぶ大作は、ジャズやエレクトロニカ、アヴァンギャルドな実験性が交錯し、ボウイの最後の芸術的探求の集大成といえる仕上がりになっている。歌詞は抽象的で象徴的な言葉に満ちており、「黒い星」という不吉でありながら神秘的なイメージを軸に、死、超越、そして新たな存在への移行を描いている。
物語的には、犠牲者の死とその後の神格化が描かれているようにも読める。歌詞中には「ソリテリー・キャンドル（孤独なろうそく）」や「村人が死者を崇める」場面が登場し、宗教儀式や神話的な光景を思わせる。また「I’m a Blackstar」という宣言は、ボウイ自身が単なるポップスターを超え、死をもって新しい象徴となることを表しているように響く。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Blackstar」が録音されたのは2014年から2015年にかけてであり、この時すでにボウイは肝癌を患っていた。彼の病状は公にはされていなかったが、制作陣には共有されており、アルバム全体が死と向き合うテーマを中心に作られていた。特に表題曲「Blackstar」は、死の不安や恐怖をそのまま吐露するのではなく、象徴的で神話的なビジョンへと昇華している点に、ボウイの芸術家としての強靭さが現れている。
音楽的には、NYのジャズ・アンサンブルを起用し、ダニー・マッキャスリンのサックスを中心にした即興性の高いサウンドが取り入れられた。曲は三部構成のように展開し、冒頭は不穏なビートと宗教的なコーラス、やがてメロディアスな部分へと変化し、再び異世界的な雰囲気へと戻る。この大胆な構成は、ボウイの最後の冒険心を強く感じさせる。
公開当初は「ISISの黒旗を示唆しているのではないか」という憶測や、「Major Tomの死を描いた続編的作品ではないか」といった解釈も飛び交った。しかし、総じて「Blackstar」は特定の事件や物語を超えた、普遍的な「死と再生」の寓話であると理解されている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
（引用元：Genius Lyrics）
In the villa of Ormen
オルメンの館にて
In the villa of Ormen
オルメンの館にて
Stands a solitary candle
孤独なろうそくが立っている
Ah-ah, ah-ah
ああ、ああ
At the centre of it all
すべての中心に
Your eyes
君の目がある
…
Something happened on the day he died
彼が死んだその日に何かが起きた
Spirit rose a metre and stepped aside
魂は1メートル上昇し、横へ退いた
Somebody else took his place, and bravely cried
別の誰かがその場を引き継ぎ、勇敢に叫んだ
I’m a Blackstar, I’m a Blackstar
私はブラックスター、私はブラックスター
この一節は、死者が神話的な存在へと変貌する様を描いているように読める。ボウイ自身が「スター」を超えて「ブラックスター」になることを宣言している点に、この曲の核心がある。
4. 歌詞の考察
「Blackstar」は極めて難解であり、様々な解釈を許す。冒頭の「オルメンの館」という謎めいた地名は、北欧神話や聖書的な寓話を想起させるが、具体的な意味は定かでない。むしろ重要なのは、そこに「孤独なろうそく」があり、「中心には目がある」という象徴的な描写である。これは死の予感と、その先にある永遠の存在感を暗示しているように思える。
中盤の「彼が死んだその日」という一節は、単に個人の死を超えて、文化的アイコンの死が人々にとってどのような意味を持つかを描いている。死によって新しい伝説が生まれ、残された者がその意志を引き継ぐ――ボウイ自身の死を予見するかのような内容である。
さらに「I’m not a pop star, I’m not a pornstar, I’m not a film star, I’m a Blackstar」というフレーズでは、既存のカテゴリーに収まらない新しい存在＝「ブラックスター」としての自己定義が示される。ここには、芸術家としてのボウイのアイデンティティが凝縮されているのだ。
この曲を通して、ボウイは「死」を終わりとしてではなく、次なる変容の始まりとして提示している。まるで自らの存在を神話的なレベルへと昇華し、永遠のアーティストとして残ろうとするかのようだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Lazarus by David Bowie
同じアルバム収録曲で、死を目前にしたボウイの遺言のような作品。 - Warszawa by David Bowie
『Low』収録のアンビエント曲で、神秘的で実験的な世界観を共有する。 - The End by The Doors
死と超越をテーマにした壮大な楽曲。 - Pyramid Song by Radiohead
ジャズ的要素と死後の世界を思わせる詩世界が「Blackstar」と共鳴する。 - Hallelujah by Leonard Cohen
死と救済をテーマにした象徴的な歌。
6. 遺作としての「Blackstar」の意味
「Blackstar」は、ボウイが自らの死を芸術へと昇華させた最も強烈な証明である。アルバムはリリースからわずか二日後にボウイがこの世を去ったことで、その象徴性が決定的なものとなった。もともと抽象的で象徴的な歌詞は、彼の死と重なった瞬間、リスナーに「最後のメッセージ」として受け取られるようになったのだ。
「Blackstar」は単なる楽曲以上の存在であり、ボウイという人物そのものが神話化する瞬間を記録した作品である。死の淵から発せられた声が、時を超えて永遠に響き続ける。まさに「ブラックスター」となったボウイの芸術的遺言なのだ。
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