発売日: 1992年6月27日
ジャンル: プログレッシブ・ロック、ハードロック、アートロック
闇夜の中で甦る、知と力のトリニティ
『Black Moon』は、1978年の『Love Beach』以来、約14年ぶりに復活したEmerson, Lake & Palmerが1992年に発表した再結成後初のスタジオ・アルバムである。
70年代の頂点を極めた彼らが、90年代という全く異なる音楽的時代の中でどのような音を鳴らすのか、多くのファンが注目していた。
本作では、プログレ特有の大仰な構成よりも、ハードで引き締まったアンサンブルと、社会的・環境的テーマへの接近が際立っている。
時代に即したサウンドプロダクションと、変わらぬ演奏技巧とがせめぎ合う、“今”のELPとしての存在意義を探った一枚なのだ。
全曲レビュー
1. Black Moon
環境破壊や戦争を象徴する「黒い月」をテーマにした、タイトル曲にして力強いロックナンバー。
エマーソンのシンセが空間を切り裂き、レイクの低く迫るヴォーカルが重苦しい世界観を演出する。
2. Paper Blood
疾走感のあるハードロック曲で、金と権力に取り憑かれた現代社会を批評。
カール・パーマーのドラムが強靭な推進力を与える。
3. Affairs of the Heart
アコースティックなイントロが印象的なバラード。
恋愛における複雑な感情を繊細に描写し、グレッグ・レイクの成熟した歌声が染み入る。
4. Romeo and Juliet
プロコフィエフのモチーフをアレンジしたインストゥルメンタル。
クラシカルな旋律をロック的に再解釈し、エマーソンの鍵盤芸が光る。
5. Farewell to Arms
反戦をテーマにしたエモーショナルなバラード。
静かなピアノから始まり、徐々に高揚していく構成が心を打つ。歌詞も含めて、本作の精神的中核を担う楽曲である。
6. Changing States
エマーソン主導のインストゥルメンタル。
目まぐるしい展開と大胆な転調が、プログレッシブな側面を強く打ち出している。
7. Burning Bridges
緊張感のあるミディアムテンポの楽曲。
断絶や破壊をテーマにしつつ、内省的なトーンが漂う。
8. Close to Home
エマーソンによるピアノ独奏。
繊細でリリカルな旋律が、キースのクラシカルな本質を静かに語る。
アルバム中もっとも内面的な美しさを宿す瞬間。
9. Better Days
ポジティブなメッセージを込めた力強いロックチューン。
「より良い日々は来る」というリリックが、再結成したELP自身の願いにも聞こえる。
10. Footprints in the Snow
アルバムのラストを飾る静謐なバラード。
雪に残された足跡が象徴するのは、過去の記憶か、それとも希望の行方か。
静かに、しかし確かにリスナーの心に残る余韻をもたらす。
総評
『Black Moon』は、かつての栄光に安住するのではなく、再構築と再挑戦の姿勢を貫いたELPの“第二章”の幕開けである。
90年代という時代にあって、プログレッシブ・ロックの王者が選んだのは、過去の焼き直しではなく、現代的な主題とシリアスなサウンドによる自己革新だった。
もちろん、往年の壮大な組曲や奇抜な実験性はここにはない。
だがその代わりに、歳を重ねたからこそ語れるメッセージと、ミニマルな構成に宿る密度が存在している。
それはあたかも、激しい嵐を超えてたどり着いた静かな湖のように、深く、澄んだ響きを持つ。
『Black Moon』は、過去ではなく“今”を語るELPの姿なのだ。
おすすめアルバム
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King Crimson – Thrak
90年代に復活したプログレバンドの好例。重厚さと知性の共存。 -
Genesis – We Can’t Dance
成熟した歌詞とポップな構成で90年代に向き合った再出発作。 -
Rick Wakeman – Return to the Centre of the Earth
クラシックとロックを再接続しようとする、壮大な試み。 -
Asia – Aqua
カール・パーマーが参加した90年代アジア。再結成後の洗練と葛藤が聴ける。 -
Yes – Talk
過去の形式に囚われず、テクノロジーと新しいアンサンブルで挑んだ再出発作。
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