発売日: 2024年4月26日
ジャンル: インディーロック、ローファイポップ、ドリームポップ
概要
『billboard for my feelings』は、テキサス州オースティン出身のデュオ、Hovvdyによる5枚目のフルアルバムであり、彼らが築き上げてきた親密で温かなサウンドをさらに洗練させた、キャリアの集大成的な作品である。
チャーリー・マーティンとウィル・テイラーはこれまで、日常のささやかな瞬間や、移ろいやすい感情を静かに、誠実にすくい上げる音楽を作ってきた。
『billboard for my feelings』では、さらに感情の輪郭がくっきりと浮かび上がり、彼らの音楽が持つ優しさと脆さ、そして静かな希望がより力強く、豊かに響いている。
タイトルの「感情のビルボード」というイメージは、内なる感情を大きく外に掲げる――つまり、これまで以上にオープンで率直な自己表現を志向する姿勢を象徴している。
制作面でもセルフプロデュース色が色濃くなり、アコースティックギターやピアノを中心としたシンプルな編成に加え、柔らかく滲むエレクトロニクスや細やかなストリングスアレンジが、楽曲に深みと立体感を与えている。
全曲レビュー
1. Can’t Wait
穏やかに幕を開けるアルバムのイントロダクション。
待つことの焦燥と、その先にある希望を静かに描く。
2. Forever
一瞬一瞬を大切にしたいという願いを込めた、スロウで優しいラブソング。
ドリーミーなギターサウンドと溶け合うようなボーカルが美しい。
3. Meant
すれ違いや不確かな未来に対する、不安と信頼をテーマにしたナンバー。
ミニマルなリズムと広がりのあるコーラスが、淡い光のように差し込む。
4. Portrait
思い出の断片を切り取るような、フォトグラフィックな叙情性を持つ曲。
柔らかなアコースティックギターと、滲むボーカルが心を包む。
5. Bubba
家族への想いを、親密なトーンで描いたパーソナルな一曲。
素朴なメロディと控えめなアレンジが、リリックの温かさを引き立てている。
6. Angel
再び誰かを信じることへの静かな決意を描いた、淡い祈りのような楽曲。
シンプルながら胸に残るメロディが印象的。
7. Boys
過ぎ去った若き日の友情を回想する、切なくも温かなナンバー。
ローファイな質感とノスタルジックなリリックが心に滲む。
8. Jean
ひとりの存在を思い出すたびに蘇る感情の波を、優しく歌い上げる。
さりげないピアノのフレーズが、楽曲に淡い輝きを添えている。
9. Mr.
親しい誰かへの小さな手紙のような曲。
脱力感のあるビートと柔らかなハーモニーが心地よい。
10. Bad News
期待と現実の間で揺れる心情を、ゆったりとしたテンポで描く。
暗さよりも、そこに潜む静かな希望が滲み出ている。
11. Younger
若さゆえの無鉄砲さ、そしてその美しさを回想する叙情的なトラック。
スローテンポのギターサウンドが、優しく心を揺さぶる。
12. Every Exchange
すべてのやりとりが、たとえ些細でも意味を持つ――そんな想いを込めた美しいクロージング。
アルバムを静かに、しかし暖かく締めくくる。
総評
『billboard for my feelings』は、Hovvdyの音楽が持つ親密さと優しさをさらに深化させた、キャリア最高傑作とも言える作品である。
彼らは「小さな感情」を大切にする。
だからこそ、このアルバムでは、派手なドラマはない。
あるのは、誰もが経験する些細な感情――喜び、悲しみ、愛しさ、寂しさ――を、丁寧に、優しく、静かに描き出す音楽だけである。
音楽的にも、これまでのローファイな温もりはそのままに、サウンドスケープはさらに洗練され、曲ごとに繊細な色彩が与えられている。
聴き込むほどに心に沁みるアルバムであり、日々の小さな瞬間にそっと寄り添ってくれるだろう。
『billboard for my feelings』は、誰かに何かを伝えたいけれど、うまく言葉にできない――そんな夜にこそ聴きたい、特別な一枚なのである。
おすすめアルバム(5枚)
- Florist『Florist』
静けさと親密さを極めた、自然体のインディーフォーク。 - Big Thief『U.F.O.F.』
繊細な感情と広がりのあるサウンドスケープを持つ名盤。 - Adrianne Lenker『songs』
極限まで削ぎ落とされた、生の感情に触れる作品。 - Alex G『God Save the Animals』
親密でありながら実験的な感覚を併せ持つインディーポップ。 - Andy Shauf『Norm』
日常の中に潜むドラマと孤独を描くストーリーテリング作品。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『billboard for my feelings』は、Hovvdyの二人が再びセルフプロデュースを中心に進めた作品であり、レコーディングはテキサス州とカリフォルニア州の複数のスタジオで行われた。
チャーリーとウィルは、アルバム制作において「感情をできるだけストレートに届けること」を重視し、初期テイクの自然な空気感を大切に録音を進めたという。
また、サウンドデザインにはエレクトロニクスの要素をさりげなく取り入れつつ、Hovvdy特有の「手触りのある音像」を失わないよう細心の注意が払われた。
この制作スタイルが、『billboard for my feelings』に漂う親密さと瑞々しさを支えているのである。
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