
1. 歌詞の概要
「Bellyache」は、ビリー・アイリッシュが2017年に発表した楽曲で、彼女がまだ15歳の頃に制作された作品である。タイトルの「Bellyache」は直訳すると「腹痛」や「胃の痛み」を意味するが、この歌では良心の呵責や罪悪感の比喩として用いられている。歌詞の語り手は、恋人や友人を殺してしまったかのような想像を語り、死体を車に積んでドライブする情景や、自らの心の冷酷さを告白していく。極端にダークで不穏なイメージを持ちながらも、歌は軽やかでキャッチーなリズムにのせられており、ポップな外側と残酷な内側が鋭く対比されている。
物語性を帯びた歌詞は、実際の殺人を描写しているわけではなく、むしろ空想的なブラックユーモアの要素が強い。罪悪感が「腹痛」として現れるというメタファーは、思春期の不安や衝動を寓話的に表現しており、単なるショッキングな内容を超えて、心理的な奥行きを感じさせる。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Bellyache」は、兄フィニアス・オコネルとの共同制作によって生まれた。フィニアスはこの曲について「サイコパス的な視点から書いた」と語っており、日常的な感情や出来事を、極端に歪んだ想像の中で膨らませることで楽曲が成立している。実際、ビリー自身もインタビューで「自分たちは映画を観るように物語を作るのが好きで、この曲は空想の産物だ」と述べている。
当時15歳だったビリーは、同世代のポップスターが歌う恋愛中心の楽曲とは一線を画し、残酷で不穏な物語をポップソングに仕立て上げるというユニークな手法を取った。それは彼女の音楽スタイルの特徴でもある「闇とユーモアの融合」「現実とフィクションの境界を曖昧にする」アプローチの始まりを告げていた。
また、この曲は彼女が初のEP『dont smile at me』(2017年)に収録され、ビリーのダークなイメージを世界に強烈に印象づけるきっかけとなった。インターネット世代的なブラックユーモアをポップスに組み込んだことが、多くの若者にとって新鮮であり、瞬く間に彼女の代名詞のひとつとなったのである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(引用元:Genius Lyrics)
Sittin’ all alone, mouth full of gum
ひとり座って 口の中はガムだらけ
In the driveway, my friends aren’t far
車道にいて 友達は遠くにはいない
In the back of my car, lay their bodies
車の後部座席に横たわるのは彼らの死体
Where’s my mind?
私の心はどこへ行った?
Maybe it’s in the gutter
多分それは排水溝の中
Where I left my lover
恋人を置き去りにした場所
What an expensive fate
なんて高くつく運命だろう
My V is for Vendetta
私の「V」は復讐の印
I thought that I’d feel better
もっと気分が晴れると思ったのに
But now I got a bellyache
でも今は腹痛に襲われている
ここでは、主人公が自らの罪を冗談のように語りながら、内面の罪悪感を「腹痛」として比喩的に表現している。実際の残酷な描写と、あまりに軽やかなトーンの対比がこの曲の不気味さを際立たせている。
4. 歌詞の考察
「Bellyache」の最も特徴的な点は、10代の少女が語るにはあまりに暗く残酷な内容を、軽快でキャッチーなサウンドに乗せていることにある。この構造は、聴き手に「これは本気なのか、ジョークなのか」という曖昧さを抱かせ、想像力を刺激する。
歌詞中の「死体」「復讐」「罪悪感」は、文字通りではなく比喩的に捉えるのが自然である。友人や恋人を「殺す」というのは、思春期における人間関係の終わりや裏切りの感覚を極端に表現したものと解釈できる。また、「腹痛」という具体的な身体的感覚が、良心の呵責という心理的な現象と結びつけられている点も興味深い。罪悪感が胃に重くのしかかるように、思春期の心の痛みも肉体感覚と強くリンクしているのだろう。
さらに、この曲はダークユーモアとしての側面も持つ。無邪気な子供が恐ろしい妄想を語るかのような不釣り合いさは、聴き手に不安と同時に笑いをも誘う。その両義性が、この曲を単なるショッキングな楽曲ではなく、ポップスとして成立させている理由である。
このように「Bellyache」は、青春の心の揺れをブラックユーモアで包み込み、軽快なポップソングとして昇華させた作品であり、ビリー・アイリッシュというアーティストの美学を象徴しているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- You Should See Me in a Crown by Billie Eilish
支配的でダークなイメージを前面に出した楽曲。 - Copycat by Billie Eilish
「Bellyache」と同じくEP収録曲で、虚構と現実の狭間にある心理描写が印象的。 - Royals by Lorde
若者の視点から現実を批評的に描いた、同じ世代感覚を持つ楽曲。 - Bad Habit by Steve Lacy
人間関係に潜む後悔や葛藤を、ポップに昇華した楽曲。 - Pumped Up Kicks by Foster the People
明るいメロディに残酷な歌詞を重ねる構造が共通する。
6. ダークユーモアとしての意義
「Bellyache」は、ビリー・アイリッシュが「ただのポップスター」ではなく「物語を創造するアーティスト」であることを示した重要な曲である。シニカルで不穏なテーマを、軽快なサウンドとポップなフックで表現する手法は、彼女を同世代のアーティストから際立たせた。
この曲の存在は、彼女が持つ「ダークな美学」と「ユーモア」の両立を世に知らしめ、後の『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』や『Happier Than Ever』といったアルバムの方向性にも繋がっていく。ビリーの世界観を理解するうえで欠かせない、初期の代表曲のひとつなのだ。
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