1. 歌詞の概要
「Ball of Confusion(ボール・オブ・コンフュージョン)」は、Love and Rocketsが1985年に発表したカバー曲であり、彼らのデビュー・アルバム『Seventh Dream of Teenage Heaven』に先駆けてリリースされた記念すべきシングルである。
この楽曲は、もともとThe Temptationsが1970年にモータウンからリリースした、社会的・政治的混乱に対する強烈なメッセージソングであり、作詞作曲はNorman WhitfieldとBarrett Strong。オリジナルはファンクとソウルを軸に、当時のアメリカの激動を叫ぶように歌い上げた作品である。
Love and Rockets版は、原曲の熱量とメッセージをそのまま保ちながら、1980年代のポストパンク/ゴス/サイケ的アレンジで再構築された衝撃的なカバーとなっている。歌詞の内容は政治、戦争、貧困、差別、社会の二極化、環境破壊など、70年代と80年代を通して今も変わらぬ“混乱の玉”=Ball of Confusionという世界の縮図を、連打するようなリリックとともに描く。
しかも、Love and Rocketsのバージョンではダニエル・アッシュの語りに近いボーカルと重く歪んだエレクトロ・ファンクのようなグルーヴが交錯し、聴き手にスモーキーで退廃的、かつエネルギッシュな印象を残す。
2. 歌詞のバックグラウンド
Love and Rocketsは、ゴスの始祖BauhausのメンバーであるDaniel Ash、David J、Kevin Haskinsによって結成され、Bauhausの暗黒性を引き継ぎながらも、より多様な音楽的要素(サイケデリック、グラム、ファンク、エレクトロなど)を取り込んだ自由なサウンドを展開した。
「Ball of Confusion」はその初期スタンスを象徴する作品であり、黒人音楽の持つ社会性と白人ポストパンクの退廃性を融合させた極めて野心的な試みであった。当時のUKにおいてこのようなアプローチは斬新であり、リリース当初こそUKチャートで低調(#45)だったが、のちにバンドの美学を象徴する1曲として再評価された。
原曲に対するリスペクトを感じさせつつも、Love and Rockets版はより冷たく、よりインダストリアルに、そして怒りを静かに内包するような形式で構築されている。これは、1980年代という時代の「希望なき怒り」や「抑圧された絶望感」を反映していると言える。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(引用元:Genius Lyrics – The Temptations
※Love and Rockets版も構成は概ね同様)
Ball of confusion / That’s what the world is today
混乱の玉——それが今の世界の姿
People movin’ out, people movin’ in / Why? Because of the color of their skin
人が出ていき、人が入ってくる——なぜ? 肌の色のせいで
Run, run, run but you sure can’t hide
逃げろ、逃げろ、でもどこにも逃げ場なんてない
An eye for an eye, a tooth for a tooth / Vote for me and I’ll set you free
目には目を、歯には歯を——「私に投票すれば自由にしてやる」?
このように、歌詞は列挙形式で進行しながら、社会に蔓延する暴力、偽善、格差、嘘、無知を炙り出す。しかもLove and Rockets版では、この“叫び”が叫ばれるのではなく、クールな声と歪んだ音像に溶け込むように、毒として静かに流れ込む。
4. 歌詞の考察
Love and Rocketsによる「Ball of Confusion」は、“怒りの冷却装置”としてのカバーである。
The Temptationsの原曲が“叫び”だったのに対し、こちらは“呟き”である。だが、その分だけ逆説的に恐ろしい。なぜなら語り手は、もはや怒りにすら突き動かされず、ただこの世界を“そういうものだ”と受け入れながら、その腐敗を見つめているからだ。
それはあたかも、混沌が日常化してしまった80年代の精神のようである。政治不信、情報の氾濫、社会的格差、メディアによる操作、冷戦の影。これらが複雑に絡み合い、「混乱の玉」はますます肥大化していく。
このカバーは、その現実に対して「答え」を提示しない。むしろ、「答えのなさ」こそが今の時代の真実であることを、静かに、しかし強烈に刻み込んでいくのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- World Destruction by Time Zone (Afrika Bambaataa & John Lydon)
東西冷戦の不条理をエレクトロで暴き出した衝撃的コラボ。 - Ghost Town by The Specials
失業と暴動が吹き荒れるUKの街を嘆くレゲエ・パンクの名曲。 - Big Brother by David Bowie
監視社会とファシズムの未来を描いた鋭い予言ソング。 - Life During Wartime by Talking Heads
日常のなかに潜む戦争の気配を、跳ねるリズムとともに描いた傑作。 -
Warm Leatherette by The Normal
人間性の崩壊とテクノロジーへの耽溺を描いたインダストリアルの原点。
6. “叫ばない怒り”が突き刺さる、1980年代的プロテスト
「Ball of Confusion」は、Love and Rocketsがポストパンク〜ニューウェイヴの文脈において、社会への視線と音楽的野心を両立させた稀有なカバーである。
怒りを爆発させるのではなく、怒りをクールに蒸留し、冷ややかな声と退廃的なリズムに変換する。それはBauhausの遺伝子でもあり、Love and Rocketsの美学でもある。
この楽曲が今日もなお響く理由は、世界が今も“混乱の玉”のままだからだ。むしろその混乱は複雑化し、巧妙になり、かつてよりも見えづらくなっている。
だからこそ、この曲の無機質なグルーヴと冷ややかな声は、2020年代のリスナーにとっても鋭く突き刺さる。
“No solution, no direction. Just confusion.”
それでも歌い続けること——それがLove and Rocketsの選んだ方法だった。
そしてこの歌は、いまもなお、その混沌の中心で鳴り響いている。
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