1. 歌詞の概要
「Badge(バッジ)」は、1969年にリリースされた英国の伝説的ロックバンド、Creamのラストアルバム『Goodbye』に収録された楽曲であり、同年にシングルとしても発表された。エリック・クラプトンとジョージ・ハリスン(ビートルズ)の共作であることでも知られ、短くも印象的な構成、浮遊感のあるサウンド、そして不思議な余韻を残す歌詞によって、多くのリスナーに愛されている。
「Badge」というタイトルは、歌詞の中には登場しない。これは当時、クラプトンがハリスンと一緒に譜面を見ながら曲をまとめていた際、ハリスンが書いた「bridge(ブリッジ)」という言葉をクラプトンが「badge」と読み間違えたことに由来するとされる。偶然の産物であるこのタイトルは、結果的に曲の曖昧さや神秘性と妙に調和しており、まるで夢の断片のような印象を与える。
歌詞は非常に断片的で、登場人物や状況は明示されないまま、別れ、過去の記憶、未練といった感情が詩的に綴られていく。そこには、語り手の中で何かが終わり、それをどこか他人事のように見つめているような静けさが漂っている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Badge」は、Creamが事実上の解散を迎える中で制作された最後のアルバム『Goodbye』の中で、異色の“静けさ”と“美しさ”を放つ楽曲である。ブルースやハードロックの要素を色濃く持つCreamのサウンドとは一線を画し、この曲ではよりメロディックでリリカルな表現が際立っている。
共同作詞を行ったジョージ・ハリスンは、当時クラプトンと深い音楽的友情を築いており、ビートルズの『While My Guitar Gently Weeps』にクラプトンを招いたエピソードなども有名である。その関係性のなかで自然に生まれたこの共作は、二人の“繊細でメランコリックな音楽性”が調和した貴重な作品と言える。
また、この楽曲はCreamの他の代表曲――たとえば「Sunshine of Your Love」や「White Room」といった、よりパワフルでサイケデリックなサウンドに比べると、かなり落ち着いたトーンを持っており、“別れのアルバム”の中でひときわ穏やかな余韻を残している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Thinkin’ ‘bout the times you drove in my car
Thinkin’ that I might have drove you too far
君が僕の車を運転してた頃のことを考えてる
僕が君を遠くへ連れて行きすぎたのかもしれないね
And I told you not to wander ‘round in the dark
I told you ‘bout the swans, that they live in the park
暗闇の中をうろつくなって言っただろ
白鳥のことも教えたじゃないか、公園にいるって
引用元:Genius Lyrics – Cream “Badge”
この断片的な歌詞は、まるで壊れた記憶のピースを並べているような印象を与える。具体的な出来事を語っているようでありながら、それがどんな関係だったのか、何が失われたのかは語られない。ただ、“過去に何かがあった”という感触だけが静かに漂っている。
4. 歌詞の考察
「Badge」の歌詞には、意図的な曖昧さと夢のような飛躍がある。それはまるで、過去の出来事が断片的に脳裏に浮かんでは消えていくような感覚であり、リスナーは明確なストーリーを追うのではなく、“雰囲気”を読み取ることになる。
たとえば“swans in the park(公園の白鳥)”というラインは、一見無意味な描写のようでありながら、そこに何か非常に個人的な、静かな象徴性が込められているようにも思える。白鳥は古来より純粋さ、優雅さ、または永遠の愛の象徴とされてきた存在であり、そのイメージが“別れ”という主題の中に差し挟まれることで、不思議な残像を残す。
また、曲の後半にかけてのリフレインやコード進行は、浮遊感とともに“未解決のまま終わっていく物語”を象徴しているようでもある。何かを伝えきれず、言葉にならず、それでも歌わずにはいられない――その感情が静かに滲む。
エリック・クラプトンのギターワークは、歪みや爆発力ではなく、あくまで流麗で抒情的なトーンに終始しており、この曲が持つ“静かな別れ”の感覚を音楽的にも丁寧に支えている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- While My Guitar Gently Weeps by The Beatles(ジョージ・ハリスン作)
内省的で、感情の深部に触れるようなギターバラード。クラプトンも参加。 - Bell Bottom Blues by Derek and the Dominos(クラプトン)
叶わぬ恋と別離の痛みを滲ませた名バラード。感傷と誠実さが共通する。 - Dreams by Fleetwood Mac
関係の崩壊と余韻を、夢のようなサウンドで描いた70年代ロックの金字塔。 - A Song for You by Leon Russell
切実な告白が込められたラブソング。時間と感情を内包するリリックが共鳴する。
6. “別れのなかの静かな光”
「Badge」は、Creamというバンドが最後に残した、“爆発”ではなく“余韻”のような楽曲である。そこにあるのはドラマでもなければ、自己主張でもない。あるのは、“理解されなくても残ってしまう感情”と、“記憶という名の光の粒”である。
タイトルは意味を持たず、歌詞も明確ではない。
それでもこの曲は、なぜか心の奥に静かに留まっていく。
きっとそれは、“語られなかったこと”の中にこそ、本当の物語があるからだろう。
「Badge」は、別れと記憶の境界線に立って、静かにその余韻を鳴らし続ける。
それは、解散のアルバムにふさわしい、ひとつの“終わりの詩”であり、
ロックが“叫び”だけでなく、“ささやき”も内包することを教えてくれる楽曲なのである。
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