発売日: 2020年7月31日
ジャンル: R&B、オルタナティブR&B、ヒップホップ・ソウル、ネオソウル
概要
『B7』は、ブランディが2020年にリリースした8年ぶり、通算7枚目のスタジオ・アルバムであり、
長い沈黙を破って彼女が放った、最も私的で、最も内省的な作品である。
アルバムタイトル「B7」は、自身のイニシャルと作品順をかけたものであり、
“これが今の私”という宣言を込めたセルフポートレート的作品といえる。
過去の栄光やアイドル的な立ち位置から解き放たれたブランディは、ここで母、うつ、不安、自立、祈り、そして赦しといったテーマを赤裸々に綴っている。
プロデュースにはDJ CamperやLaShawn Daniels、Hit-Boyらが参加し、
サウンドはミニマルでダークトーン、そしてジャズやネオソウルの空気感をたたえた**“アートR&B”寄りの構成**。
ブランディ自らも複数曲でソングライティングに参加しており、声だけでなく筆でも自分を語る姿勢が明確に打ち出されている。
その結果、B7はリスナーにとって簡単に消費できるアルバムではない。
だが、それこそが彼女が選んだ、成熟と再生の音楽的スタンスなのである。
全曲レビュー
1. Saving All My Love
アルバムの導入を飾るミッドテンポの浮遊系R&B。ウィットニーの名曲とは無関係だが、静かに感情を込めるブランディの声に一種の“祈り”すら感じる。
2. Unconditional Oceans
「条件のない深い海のような愛」をテーマにしたメロウな一曲。ハーモニーが水面のようにきらめく。
3. Rather Be
“あなたとなら、何があってもいい”という一途な愛情を描いたバラード。ミニマルなトラックの中でヴォーカルの存在感が際立つ。
4. All My Life(feat. Sy’rai)
娘Sy’raiとのデュエット曲。親子の絆を歌った感動的なバラードで、温かさと尊さに満ちた一曲。母としてのブランディを感じられる。
5. Lucid Dreams
不安定な現実と夢のはざまで彷徨うような心理状態を、柔らかく重層的なコーラスで描く。聴き手の深層に語りかける楽曲。
6. Borderline
アルバムの核心とも言えるトラック。ボーダーライン・パーソナリティ的な情緒の起伏をモチーフにした内容で、痛々しいほど正直な自己描写が胸に迫る。MVも印象的。
7. No Tomorrow
“もし明日が来なかったら…”という思考実験のような楽曲。愛と恐れの境界線を見つめながら進むメロディがスリリング。
8. Say Something
沈黙の中にある願いを歌ったミディアムテンポ曲。トラックの余白が多く、リリックが際立つ構造になっている。
9. Love Again(with Daniel Caesar)
アルバムの先行シングル。ネオソウルの名手ダニエル・シーザーとの美しいデュエットで、現代R&Bの最良形を示す名演。
10. I Am More
自己肯定のテーマを内に秘めた、スピリチュアルなバラード。自己の傷を抱きながらも進む力を讃える。
11. High Heels(feat. Sy’rai)
母娘2曲目の共演。ユーモラスでリズミカルな楽曲だが、ブランディのヴォーカルに深い余裕を感じさせる。
12. Baby Mama(feat. Chance The Rapper)
シングル曲。シングルマザーとしての誇りと喜びをリリックに乗せた、堂々たる“生き様ソング”。Chanceのユーモラスなラップも好相性。
13. All Yours
感情のすべてを委ねる恋を描いたスローバラード。ほのかな不安と希望が織り交ぜられている。
14. Bye BiPolar
“躁うつとの別れ”を告白する、アルバム最終曲にして最も衝撃的な自己開示。
メロディとハーモニーが緻密に構成され、エンディングにふさわしいカタルシスを生み出している。
総評
『B7』は、ブランディにとって単なる“カムバック作”ではなく、
痛みを伴う自己探求と、人生の矛盾に向き合う儀式のようなアルバムである。
派手なシングルヒットを狙うのではなく、
“声”という楽器で自己と世界の深層を描く姿勢に、彼女の信念と成熟を感じさせる。
音楽的にはミニマルで、いわゆる「キャッチーさ」は少ない。
だが、その分、聴くたびに新しい感情の波が見つかるような“深度”と“余白”がある。
ブランディはこの作品で、「私は完璧ではない。けれど、それでいい」と歌っている。
そしてその言葉は、私たち自身の心のどこかにも、静かに届くはずだ。
おすすめアルバム(5枚)
- SZA『Ctrl』
自己の不安とリアルな愛を描いた等身大R&B。『B7』と精神性が近い。 - H.E.R.『Back of My Mind』
繊細でありながら芯の強さを持つネオソウル作品。ボーカルの重なり方にも共通性が。 - Solange『A Seat at the Table』
自己解放とアイデンティティを重視したアートR&Bの金字塔。 - Jazmine Sullivan『Heaux Tales』
現代女性のリアルを描いたコンセプト作。語りと歌の行き来が『B7』と呼応。 -
Frank Ocean『Blonde』
意識の流れと内省を音にした傑作。構造と情緒のバランスにおいてBrandyとの共鳴が強い。
後続作品とのつながり
『B7』はブランディの“今”を刻んだ作品であり、
それ以前のキャリア全体──少女時代の成功、母としての苦悩、音楽業界の変化、精神的な葛藤──すべての要素がここに集約されている。
次なる章がいつ来るのかは分からない。
だが『B7』は、ブランディというアーティストの核がいかに変わらず、しかし深化しているかを証明した、
まさに“成熟の結晶”である。
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