発売日: 1992年10月5日
ジャンル: パワーポップ、オルタナティヴ・ロック、ノイズポップ、インディーロック
概要
『Aquanautic』は、スウェーデン出身のオルタナティヴ・ロックバンド The Wannadies が1992年にリリースしたセカンド・アルバムであり、
デビュー作のローファイなパンク・ポップ路線から大きく飛躍し、**洗練されたプロダクションとノイジーなギターサウンドを融合させた“ノイズ・ポップ期の金字塔”**ともいえる作品である。
プロデュースはNille Perned(FiresideやAtomic Swingにも関わったスウェーデンの名プロデューサー)。
このアルバムでは、バンドの最大の武器である甘く切ないメロディセンスとノイジーなギターウォールが爆発的に融合し、
スウェーデン国内で一躍オルタナ・ポップの代表格へと躍り出ることとなった。
バンド名を一気に国内外へと広げるブレイク前夜の作品であり、
この作品がなければ名曲「You and Me Song」も生まれなかっただろうと評されるほど、後のスタイルが明確に確立された一枚である。
全曲レビュー
1. Aquanautic
波打つギターと躍動するリズムが印象的なタイトルトラック。
“水中飛行士”という象徴的なタイトルが示すように、閉塞と浮遊、現実と幻想の境界線を行き来するような浮遊感に満ちている。
2. Thing
本作中でもっともポップでエッジの効いた楽曲。
サビのメロディが強烈に耳に残る一方、ギターのノイズ処理がシューゲイズ的な厚みを加えている。
ライブでは定番となる人気曲。
3. Cherry Man
やや退廃的な香りを漂わせる中速ロック。
タイトルの“チェリーマン”は象徴的な語で、恋愛の愚かさと甘さを同時に含む比喩として機能している。
4. Might Be Stars
後の『Be a Girl』に通じるきらめき感を持つ青春ポップソング。
「僕らは星かもしれない」というセリフが、若さと希望の儚さを端的に表現している。
静かな名曲。
5. How Does It Feel?
90年代的グランジ〜ポストパンクの影響を感じさせる重たいギターサウンドと、
浮遊感のあるボーカルが拮抗するコントラストの強いトラック。
内面の不安と自問がテーマ。
6. Bubblegun
ハーモニーとノイズのバランスが絶妙な一曲。
タイトルに含まれる“バブルガム”と“ガン”という対照的な語の組み合わせは、無邪気さと破壊衝動の同居を暗示している。
7. So Happy Now(再録)
1stアルバムからの再演。
アレンジと演奏がアップグレードされており、本作全体のサウンドに統一感を持たせる役割を果たしている。
8. Drown
サーフロックとシューゲイズを融合させたようなトラック。
「溺れる」というモチーフが全体を支配しており、逃避と陶酔のあいだを揺れ動くような美しさをたたえている。
9. December Days
アルバム終盤のハイライト。
冬の憂鬱を描きつつも、感情が剥き出しにならずに静かに滲み出てくるバランスが秀逸。
瑞々しさと深みが両立した傑作。
10. The Future
ラストトラックは、皮肉と希望が入り混じる近未来的ビジョン。
ノイジーなギターが静かに消えていくエンディングが、“これから”への余白を残して幕を閉じる。
総評
『Aquanautic』は、The Wannadiesが粗削りなパンク・ポップから一段階成長し、“ノイズとメロディのせめぎ合い”という独自の表現領域に到達した決定的なアルバムである。
スウェーデンのオルタナ・ポップの中では、FiresideやBrainpoolらと並んでシーンを象徴する存在へと押し上げた本作は、
単なる“ポップソング集”ではなく、若さ、幻想、逃避、そして感情の輪郭をノイズとメロディで描き出す詩的な記録でもある。
本作の成功があったからこそ、次作『Be a Girl』での世界的ブレイクに至ったと言える。
「You and Me Song」以前のThe Wannadiesを知る上で、最も重要かつ完成度の高い一枚であることは間違いない。
おすすめアルバム
- The Boo Radleys『Giant Steps』
ノイズとメロディの融合、音楽的野心という点で共通。 - Pale Saints『In Ribbons』
90年代前半のシューゲイザー×ポップという文脈で非常に近い。 - Teenage Fanclub『Bandwagonesque』
パワーポップの洗練とノイズ処理の巧さが共通する名盤。 - Fireside『Do Not Tailgate』
同時代・同国のバンド。ハードさとキャッチーさのバランスに共鳴。 -
Sugar『Copper Blue』
オルタナティヴ・ロックにおけるメロディとギターの最良のバランス作品。
ファンや評論家の反応
『Aquanautic』は、スウェーデン国内で大きな注目を集め、The Wannadiesを“北欧ポップの新旗手”として確立するきっかけとなったアルバムである。
海外ではまだ知名度は限られていたが、ノイズ・ポップや初期ブリットポップファンの間でカルト的な人気を誇っていた。
今日においては、“90年代北欧オルタナティヴの隠れた名盤”として多くの再評価を受けており、
ポップスとノイズのあいだで揺れながら生きる感情のリアルを鳴らした記録として、静かに語り継がれている。
『Be a Girl』の前に、必ず聴いておくべき作品。それが『Aquanautic』なのである。
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