
発売日: 1977年5月27日
ジャンル: カントリー・ロック、フォーク・ロック、ガレージ・ロック、オルタナティヴ・ロック
酒、夢、そして混沌——Neil Young、多面性の極北で鳴らした“断片のロック絵巻”
『American Stars ‘n Bars』は、Neil Youngが1977年にリリースした8作目のスタジオ・アルバムであり、1974〜1977年にかけて録音されたセッション群から選ばれた楽曲を集めた、断片的かつ奔放なコンピレーション的作品である。
ひとつのテーマやスタイルに貫かれたアルバムではなく、泥臭くて酩酊したカントリー・ロック、繊細なバラード、ラウドで荒々しいギター・ロックまでをも詰め込んだ“Neil Youngという人間の縮図”のような一枚。
全体としての統一感はないが、それゆえにヤングという表現者の振れ幅の広さと、不安定さそのものが美学に昇華されているという点で、彼のキャリアの中でもとりわけ異質で、しかし重要な作品となっている。
全曲レビュー
1. The Old Country Waltz
フィドルが響く、古き良きアメリカーナに根差したカントリー・ワルツ。失恋の痛みと酒場の光景が淡くにじむ、開幕にふさわしい哀愁の一曲。
2. Saddle Up the Palomino
明るく軽快なカントリー・ロックだが、歌詞にはヤングらしい皮肉と風刺が込められている。ポップに聴かせつつも内実は苦々しい。
3. Hey Babe
ストリングスとピアノが美しく響くバラード。愛する者への不器用な優しさと、どこか拭えない不安がにじみ出る。
4. Hold Back the Tears
女性コーラスとともに展開される、明るさと切なさが入り混じるロック・ナンバー。涙を堪えること、感情を演じること——ヤングの“仮面”の一面が描かれる。
5. Bite the Bullet
本作の中でもっともハードで泥臭い一曲。ギターリフと女性コーラスの掛け合いがクセになる、酔いどれロックンロール。 Crazy Horse的ラフさが炸裂する。
6. Star of Bethlehem
Emmylou Harrisとのデュエットによる美しいカントリー・バラード。宗教的象徴と愛の終焉が交差する、静かな名曲。 録音は『Homegrown』時期のもの。
7. Will to Love
アコースティック・ギターのゆらぎのなかに、焚き火の音と多重録音が重なる9分近くの幻想的独白。
サケの一人称で語られる愛と生の寓話という、シュールで詩的な最高傑作のひとつ。
8. Like a Hurricane
ファンにとってはおなじみの代表曲。轟音ギターとオルガンが嵐のように渦巻くラブソングで、Neil Young & Crazy Horseの真骨頂とも言える演奏が展開される。エモーショナルなギターソロはヤング史上屈指の名演。
9. Homegrown
同名アルバムの表題曲としても知られる。素朴でキャッチーなフォーク・ロック調のナンバーで、作物と人生の育成を重ね合わせた寓話的な歌。
総評
『American Stars ‘n Bars』は、あえて未整理のまま提示された“ニール・ヤングという感情の断片”のアーカイヴであり、時代や文脈にとらわれず、ただ“そのときの真実”を切り取ったようなアルバムである。
バラバラに見える構成のなかで、最終的に浮かび上がるのは、愛と孤独、幻滅と希望、静寂と轟音といった対極の感情を一人の人間が同時に抱えているという現実である。
「Like a Hurricane」や「Will to Love」といった名曲の存在が全体を支えつつ、それ以外の曲もニールの飾らない、ありのままの言葉と演奏が詰まっており、作品全体に“生の温度”が宿っている。
整ってはいない。だが、それがいい。断片こそが人間を語る。
おすすめアルバム
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Homegrown / Neil Young
本作と多くの素材を共有する“幻のアルバム”。より内省的でアコースティックな表現が魅力。 -
Re-ac-tor / Neil Young & Crazy Horse
ラフでエッジの効いた演奏と素朴な構成。荒削りな魅力を楽しむならこちらも必聴。 -
Desire / Bob Dylan
感情の揺れとストーリーテリング、民族音楽的要素の融合。バラバラな美の共通項を感じられる。 -
Harvest / Neil Young
スタジオ的に洗練されたカントリー・ロックの金字塔。『American Stars ‘n Bars』の“影”となる“光”。 -
Workingman’s Dead / Grateful Dead
ルーツ・ロックとカントリーの素朴さを感じたいなら。気負わず聴ける良質なスワンプ・アンサンブル。
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