1. 歌詞の概要
「Almost Had to Start a Fight / In and Out of Patience」は、Parquet Courtsが2018年にリリースしたアルバム『Wide Awake!』に収録された、二部構成から成る攻撃的かつメッセージ性の強い楽曲です。前半の「Almost Had to Start a Fight」は怒りの爆発寸前にある自己との対話、後半の「In and Out of Patience」はその怒りが無力感と疲弊へと変化していく過程を描いており、現代社会におけるフラストレーションと精神的消耗のリアルな断面が強烈なビートとシャウトの中で展開されます。
この曲のタイトルが示すように、主人公は「もう少しで喧嘩を始めるところだった」と語りつつ、自分の中の怒りがどこから来ているのか、何に向けられているのかを見失っている。怒りの所在を見失ったまま暴走してしまいそうな自分に怯えるような、自意識との格闘がここにはあります。そして後半では、苛立ちや焦燥すらも疲労と空虚に変わっていく。「怒ることにすら疲れた」という、現代的なメンタル・クライシスがリアルに刻まれているのです。
2. 歌詞のバックグラウンド
本作が収録されたアルバム『Wide Awake!』は、プロデューサーに**Danger Mouse(ブライアン・バートン)**を迎え、Parquet Courtsのサウンドがよりダンサブルでグルーヴィに進化した意欲作です。しかし、サウンドが明るくなった反面、歌詞やメッセージはより政治的・社会的に尖り、シリアスな内容を孕むようになりました。
この曲は、アメリカ社会に蔓延する情報過多・分断・政治的怒り・不安定な精神状態に対するバンドの反応でもあります。とりわけSNS時代の情報の洪水や、人々が怒りに飲み込まれていく様子に対し、「自分も怒っていいのか」「その怒りは正当か?」と自問する態度が前半で描かれます。
そして後半では、すべてに疲れて「もう知らない」と突き放すような態度へと移行します。この移り変わりこそが、Parquet Courtsらしい“冷静な怒り”の表現であり、ポストモダン的な無力感と行動主義の共存がこの楽曲には表れているのです。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius – Parquet Courts / Almost Had to Start a Fight/In and Out of Patience
“Almost had to start a fight / Don’t know what I was thinking”
「もう少しで喧嘩を始めるところだった/自分が何を考えていたのか分からない」
“I’ve been in and out of patience”
「忍耐の境界線を出たり入ったりしている」
“I’m confused and I want to go home”
「混乱してるし、家に帰りたいんだ」
“Why am I in this situation? / Why does it happen every time?”
「なんでいつもこうなるんだ?/この状況にいる理由が分からない」
“I’m in and out of patience”
「もう忍耐も尽きた、でもそれすら曖昧なんだ」
これらのフレーズは、怒りの衝動と、それに続く疲弊感を見事に描写しています。何かに怒りをぶつけたいが、その対象も自信も見失っている状態。これは、現代に生きる多くの人が感じる「不明確な苛立ち」のメタファーとして非常に鋭い表現です。
4. 歌詞の考察
「Almost Had to Start a Fight / In and Out of Patience」は、Parquet Courtsが現代人の**“怒り方”を問い直す曲**でもあります。私たちは日々、ニュース、SNS、政治、社会問題、職場や人間関係に苛立ちながらも、何に怒ればいいのか分からなくなる瞬間を経験します。怒りはある、でも行き場がない。それを感じ続けることにすら疲れてしまう。
前半で描かれるのは、その怒りの爆発寸前の心象。「もう限界だ」という感情が、自分自身の中でも制御できず暴発しそうになる。その後、「誰に怒っているんだ?」「なぜこんな気分になるんだ?」と自問し、感情の迷路に入り込んでしまう。
そして後半の「In and Out of Patience」は、その迷路をぐるぐると回りながら、「もうどうでもいいや」と一種の脱力にたどり着く過程。忍耐力は尽きかけているが、かといって爆発もできず、すべてが徒労に思える“倦怠の境地”。
それはまさに、現代の怒りが抱える構造的矛盾を音楽で表現したようなトラックです。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “You! Me! Dancing!” by Los Campesinos!
怒りと喜び、爆発と諦念の感情が交錯する、踊れる激情ソング。 - “Savage” by IDLES
社会的怒りと弱さを同時に引き受ける、現代パンクの雄。 - “Don’t Swallow the Cap” by The National
疲弊した心の内部を静かに描いたインディーロックの傑作。 - “True Thrush” by Dan Deacon
カオスと秩序のあいだで踊り狂うようなサウンドに社会批評が潜む。 - “Nervous Breakdown” by Black Flag
怒りがコントロールを失う寸前の、パンクの原初的表現。
6. 怒ることすら疲れた時代に——新しい“戦い方”の模索
「Almost Had to Start a Fight / In and Out of Patience」は、ただ怒るだけでは足りない、でも無関心ではいられない時代における精神の葛藤を、鋭くかつ親しみやすく描いた楽曲です。
Parquet Courtsは、怒りを爆発させるでも、冷笑的に距離を取るでもなく、その中間にある“戸惑いと混乱”のリアルを表現しました。
行動したい。でも何をどうしたらいいのか分からない。叫びたい。でもその声がどこに届くのか分からない。その葛藤に正直であること。それこそが、現代の“闘い方”であり、この楽曲が持つ最も大きな力です。
「Almost Had to Start a Fight / In and Out of Patience」は、“怒ることすらしんどい”時代に生きる全ての人のための現代パンク。声を荒げる代わりに、混乱する内面を曝け出すことで、Parquet Courtsは新しい怒りの形を提示する。
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