アルバムレビュー：About U by MUNA

発売日: 2017年2月3日
ジャンル: シンセポップ、インディーポップ、エレクトロニックロック

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概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）
7. 歌詞の深読みと文化的背景
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概要

『About U』は、ロサンゼルスを拠点とする3人組バンド、MUNAが2017年にリリースしたデビュー・アルバムであり、クィアな視点とエモーショナルな歌詞、そして煌びやかなシンセサウンドで注目を集めた作品である。

バンドは、カティ・ギャヴィン（ボーカル）、ジョシー・アレン（ギター／プロデューサー）、ナオミ・マクファーソン（ギター／プロデューサー）という編成で、南カリフォルニア大学での出会いをきっかけに結成された。

アルバムタイトル『About U』は、“あなたについて”という直接的な意味でありながら、同時に“自己を通じた他者の鏡像”という多層的なニュアンスを孕んでいる。
つまりこれは「ラブソング」であり、「セルフ・リビール（自己暴露）」でもあり、「癒えない傷の記録」でもあるのだ。

本作では、80年代のシンセポップと現代的なエレクトロニック・プロダクションが融合し、ダンスフロアとベッドルームの両方で鳴り響くようなサウンドが構築されている。
また、メンバー全員がクィアであることを公言しており、歌詞にはLGBTQ+の視点が繊細かつリアルに反映されている。

『About U』は、“悲しみ”や“孤独”を、音楽として美しく昇華することで、心の内側を肯定するためのアルバムなのである。

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全曲レビュー

1. So Special

繊細で緊張感のあるシンセサウンドで幕を開けるオープナー。
「私が特別だって言ってくれたけど、それはいつまで本気だった？」という問いが、関係の不安定さと自己肯定の希求を同時に描く。

2. Loudspeaker

自己解放のアンセム的楽曲。
「私は自分の痛みをスピーカーのように鳴らす」という強烈なフレーズが、抑圧された声の解放として機能する。
サウンドは80sのギターリフとポップなシンセの融合。

3. I Know a Place

アルバムを象徴する名曲。
安全な空間＝“I Know a Place”という言葉は、LGBTQ+コミュニティの中での希望と連帯を象徴している。
「戦わなくていい場所」への願いが、ポップでありながら切実に響く。

4. Winterbreak

過ぎ去った関係に対する執着と回想。
冬という季節が、冷たさと静けさを象徴し、サウンドにもどこか凍てついた質感がある。
失われたものを美化せず、痛みごと抱きしめるような構成が秀逸。

5. Around U

疾走感のあるリズムに乗せて、過去の恋愛が日常に残した“残響”を描く。
「あなたの周りにしか自分が存在できないような感覚」が、繊細な歌声で描かれる。

6. After

エレクトロ・バラード調の静謐な一曲。
感情が残る“余波”＝Afterがテーマで、すでに終わった関係の影を音と言葉で追体験する。
ボーカルの揺らぎが特に美しい。

7. Promise

ドラマティックな構成で、愛の約束が果たされなかったときの傷を描く。
楽曲が進むにつれて感情が高まり、後半のサビでは悲痛さと決別の力強さが同時に押し寄せる。

8. If U Love Me Now

タイトル通り、“いま私を愛してくれるなら”という仮定法に込められた揺れが核心。
リアルな恋愛の矛盾や不安を静かな熱で描いており、ミニマルなアレンジがそれを際立たせる。

9. Crying on the Bathroom Floor

深夜のバスルームでの泣き声が聞こえてくるような、裸のエモーション。
トラウマ、再発する記憶、自己嫌悪——そうした感情を、包み隠さずに提示する勇気が感じられる。
サウンドはミッドテンポで、沈み込むように展開。

10. End of Desire

「欲望の終焉」という哲学的なテーマを、ポップソングの文脈で描いた異色作。
切望と虚無の両方が交錯し、彼女たちのリリシズムの深さを実感できる楽曲。

11. Everything

終盤にして再び光を感じさせる楽曲。
すべてが壊れても、何かが残る——その“残りかす”を希望とするような、静かな再生の歌。
シンセの響きがやさしく、風のように包み込む。

12. Outro

インストゥルメンタルのエンディング。
余韻を残すようなサウンドスケープで、アルバム全体を静かに締めくくる。

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総評

『About U』は、MUNAというバンドのアイデンティティと感情の濃度が、最もストレートに詰め込まれた作品である。

このアルバムは、シンセポップという形式を通して、「悲しみ」や「傷」、「自己と他者の関係」といった複雑で痛々しい感情を、ポップでダンサブルな“パッケージ”に変換することで、リスナーに寄り添いながらも心を突き動かす。

メンバー全員がクィアであるという背景は、ただの属性ではなく、このアルバムにおける“声の在り方”そのものを規定している。
「誰もが主役になれない社会の中で、自分の物語を語る」という行為が、ここではポップの力を借りて解放されているのだ。

その語り口は決して叫ばず、むしろ囁くように、静かに心の奥へと入り込んでくる。
痛みを美化せず、同時に絶望も煽らない。
そうした“均衡感覚”こそが、MUNAの音楽の最大の魅力である。

『About U』は、2010年代後半のポップスにおいて、最も誠実に“心の声”を鳴らしたアルバムの一つとして、今なお光を放ち続けている。

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7. 歌詞の深読みと文化的背景

『About U』に収められた楽曲の多くは、単なる“恋の歌”ではなく、社会における“語られにくい感情”を可視化することにフォーカスしている。

例えば「I Know a Place」は、同性愛者が自分らしくいられる“安全な空間”の必要性を高らかに歌うが、その背景には、オーランドのPulseナイトクラブ銃乱射事件など、クィアコミュニティが直面する現実的脅威が影を落としている。

また「Crying on the Bathroom Floor」では、パーソナルな傷とセルフケアの難しさが赤裸々に描かれ、精神的な弱さを“恥”ではなく“人間性”として提示している。
これらの歌詞は、単なる感傷ではなく、抑圧された感情の発露であり、同時代的なポリティカルな行為でもある。

MUNAは、このアルバムを通じて、「語ること＝癒し」であり、「ポップであること＝誠実であること」とする、新しいポップの在り方を提示している。