1. 歌詞の概要
「About Last Night」は、Vitamin Cことコリーン・フィッツパトリックのデビュー・アルバム『Vitamin C』(1999年)に収録された楽曲である。この曲では、恋愛における曖昧で、時に後悔を伴う感情の揺れが描かれている。「昨夜のこと(About last night)」というフレーズが繰り返されることによって、主人公が過去の出来事を反芻しながら、自分の中にある思いの整理をつけようとしている姿が浮かび上がる。
物語は、一夜を共に過ごした相手との関係が、想定外の感情を呼び起こしてしまったところから始まる。それは情熱的でもあり、どこか切なさも含んでいる。過去に埋もれていた感情が蘇る瞬間、もしくは、今後どうしていくべきかの葛藤が込められた夜。恋愛の境界線が曖昧になるあの「一晩」の影響を、ポップスの枠組みの中で見事に切り取っている作品である。
2. 歌詞のバックグラウンド
Vitamin Cは、ポップ・アイドルとしての外見と裏腹に、実は90年代初期のオルタナティブ・バンド「Eve’s Plum」のボーカリストとしてキャリアをスタートしている。そうした背景もあって、彼女の楽曲には、ポップスの枠に収まりきらない情感や、より深層的な物語性が宿っているのが特徴である。
『About Last Night』は、表面的には軽やかでメロウなトラックに仕上がっているが、その中に見え隠れするのは、若さゆえの一夜の衝動、そしてそれに続く“現実との向き合い”というテーマである。1999年当時のアメリカにおけるティーンポップブームの中でも、この楽曲のように内省的かつリアリスティックな視点を持った曲は稀であり、その点でVitamin Cのスタンスはユニークであった。
また、彼女の楽曲には一貫して「自分の気持ちを正直に見つめる」というモチーフが多く、この曲もまさにその系譜に連なるものと言える。
3. 歌詞の抜粋と和訳
About last night, I don’t know what to say
昨夜のことだけど、なんて言えばいいのか分からないI guess I should have known better
もっと分かっているべきだったのかもしれないBut the way you looked at me, I couldn’t walk away
でもあの時のあなたの眼差しを見たら、立ち去ることなんてできなかったAnd now I’m wondering if you feel the same
今になって、あなたも同じ気持ちだったのか考えているOr was it just a game?
それとも、ただの遊びだったの?
引用元:Genius Lyrics – Vitamin C / About Last Night
4. 歌詞の考察
「About Last Night」は、恋愛の“予定調和ではない側面”を巧みに描いた作品である。恋は、必ずしも計画的に進むものではない。時には、思いがけない再会や衝動的な一夜が、新たな感情を呼び起こすこともある。それが一時の錯覚だったのか、あるいは本物の愛の兆しだったのか――主人公はその夜の記憶を辿りながら、答えを探している。
注目すべきは、この曲が「自己批判」や「相手への非難」ではなく、「感情そのものへの戸惑い」に寄り添っている点である。後悔とも、期待ともつかない微妙な感情。あの夜のことを思い出すたび、少し胸がざわつく。でもそれが、恋をしている証拠なのかもしれない。
「But the way you looked at me, I couldn’t walk away(あの眼差しを見たら、立ち去れなかった)」という一節には、心が揺れ動くその瞬間のリアルが詰まっている。愛とは、いつも理性のもとに成り立つものではなく、時に視線一つ、言葉一つで運命が動く――そのことを、この曲は静かに語っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Back to December” by Taylor Swift
別れた相手への後悔と、過去を振り返るセンチメントが共鳴する作品。 - “Un-break My Heart” by Toni Braxton
一夜の愛を引きずる切なさと深い情感が共通する、90年代バラードの名曲。 - “Almost Lover” by A Fine Frenzy
叶わなかった関係の余韻に浸る、繊細なピアノ・バラード。 - “Stay” by Lisa Loeb
「去るべきか、留まるべきか」という葛藤が軸にある、曖昧な関係の心理を描いた佳曲。 -
“The One That Got Away” by Katy Perry
過去の恋に今も思いを馳せる現代的なポップ・アンセム。
6. 若さと衝動が交差する「夜」の記憶
この楽曲は、恋愛における衝動性と、それがもたらす心の揺れを象徴する「夜」を描いた歌である。深夜、相手と視線を交わしたときのざわめき。何かが起こる前と後では、すべてが違って見えてしまうという感覚。誰しもが経験したことのある、あの曖昧で忘れられない夜。
「About Last Night」という言葉は、ただの説明ではなく、感情の氷山の一角に過ぎない。その下には、言葉にならない想い、後悔と希望、そして「また会いたい」と願う心が潜んでいる。Vitamin Cは、その繊細な心情をポップの中に埋め込み、聴く者の記憶を静かに呼び起こしてくれる。
恋に正解などない。ただ、その夜が“意味のあるもの”だったかどうかは、自分の心が知っている――そうささやくような、優しくて切ない一曲である。
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