発売日: 2014年4月19日(Record Store Day限定)、同年5月27日(一般リリース)
ジャンル: フォーク、ローファイ、アメリカーナ
音の手紙——Neil Young、古い録音機と共に届けた追憶と敬愛のカバー集
『A Letter Home』は、Neil Youngが2014年に発表した31作目のスタジオ・アルバムであり、アコースティック・ギターとモノラル録音によって綴られた、シンプルかつ非常に個人的な“音の手紙”である。
全編はJack WhiteのThird Man Recordsに設置された1947年製の“Voice-O-Graph”ブース(録音用電話ボックス)で録音されており、録音媒体はアナログレコード、音はモノラル、ノイズ混じりでとにかくローファイ。
しかし、その古びたサウンドが逆に楽曲たちに宿る情感や敬意を際立たせ、まるで記憶の奥から引き出された古い日記のように響く。
収録曲は、Bob Dylan、Bruce Springsteen、Gordon Lightfoot、Bert Janschら、ヤングが愛してきたアーティストたちのカバー。
タイトルどおり、これは「過去への手紙」であり、「ルーツへの感謝状」であり、「亡き母への語りかけ」でもある。
全曲レビュー
1. A Letter Home Intro
亡き母エディナに語りかけるモノローグで幕を開ける。親密で私的な“語り”が、このアルバムのトーンを決定づける。
2. Changes(Phil Ochs)
反戦フォークの旗手フィル・オックスの名曲。“変化”の痛みと希望を、淡々と、だが深く歌い上げる。
3. Girl from the North Country(Bob Dylan)
ディランの初期の代表曲を、友情と追憶のまなざしで再解釈。 音の擦れもまた味わい深い。
4. Needle of Death(Bert Jansch)
ハードドラッグで命を落とした友人を悼む英国フォークの金字塔。ヤング自身の歴史とも重なり、魂を込めた歌唱が胸を打つ。
5. Early Morning Rain(Gordon Lightfoot)
カナダの偉大なシンガーソングライターへのオマージュ。旅立ちと孤独の歌を、ゆるやかに風のように歌う。
6. Crazy(Willie Nelson)
カントリー・クラシックを柔らかく包むように歌唱。心の揺らぎをそのままに、ギターの響きも素朴で美しい。
7. Reason to Believe(Tim Hardin)
繊細なラブソング。「まだ信じる理由がある」という言葉が、録音の曇りを超えて光を放つ。
8. On the Road Again(Willie Nelson)
陽気な旅の歌を、少し影を帯びた風合いで再提示。 ヤング流の“ロード・ソング”の解釈が光る。
9. If You Could Read My Mind(Gordon Lightfoot)
哀しみと回想の名曲を、音のかすれとともに紡ぐ深い静けさ。 声の震えがそのまま感情となる。
10. Since I Met You Baby(Ivory Joe Hunter)
オールド・スタイルのR&Bラヴソング。モノラル録音ならではの懐かしさが全面に出た、温かな一曲。
11. My Hometown(Bruce Springsteen)
故郷と時代の記憶を刻むスプリングスティーンの名作。“失われたもの”への思いが、声の隙間に滲む。
12. I Wonder If I Care as Much(The Everly Brothers)
兄弟ハーモニーの象徴的ナンバー。孤独な弾き語りにより、愛と距離の切なさが際立つ締めくくり。
総評
『A Letter Home』は、Neil Youngという旅人が、人生の終盤に差し掛かり、“かつて愛した歌たち”へとそっと振り返ったアルバムである。
最新技術ではなく、あえて70年前の録音ブースで音を刻むことで、“記憶”や“時代の質感”そのものを音に封じ込めたこの作品は、音質の良し悪しを超えた“真摯な手紙”なのだ。
これはリスナーに対するパフォーマンスではなく、亡き母、自身のルーツ、過去のミュージシャンたちへの語りかけ——つまり“私信”としての音楽。
それゆえに、静かで素朴ながらも、どこかしら胸の奥をノックするような、深い感情の振動が残る。
おすすめアルバム
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Silver & Gold / Neil Young
家族や記憶を穏やかに見つめた、アコースティック作品の系譜。 -
Nebraska / Bruce Springsteen
ローファイ録音と孤独な語りで綴る、内なるアメリカの肖像。 -
The Times They Are A-Changin’ / Bob Dylan
フォークの精神と時代の声を刻んだ原点。 -
Blue / Joni Mitchell
個人の感情と記憶を透明な音で綴ったシンガーソングライターの金字塔。 -
The Milk-Eyed Mender / Joanna Newsom
古風な録音と現代的な感性が交差する、“声”へのこだわりが共鳴する作品。
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