
発売日:2006年10月3日
ジャンル:インディーフォーク、インディーロック、プログレッシブ・フォーク、バロックポップ、フォークロック、チャンバーポップ
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. The Crane Wife 3
- 2. The Island: Come and See / The Landlord’s Daughter / You’ll Not Feel the Drowning
- 3. Yankee Bayonet (I Will Be Home Then)
- 4. O Valencia!
- 5. The Perfect Crime #2
- 6. When the War Came
- 7. Shankill Butchers
- 8. Summersong
- 9. The Crane Wife 1 & 2
- 10. Sons & Daughters
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. The Decemberists – Picaresque(2005)
- 2. The Decemberists – Castaways and Cutouts(2002)
- 3. The Decemberists – The Hazards of Love(2009)
- 4. Sufjan Stevens – Illinois(2005)
- 5. Fairport Convention – Liege & Lief(1969)
概要
The Decemberistsの『The Crane Wife』は、2006年に発表された通算4作目のスタジオ・アルバムであり、バンドの文学的な作風、物語性、音楽的野心が大きなスケールで結実した代表作である。2002年のデビュー作『Castaways and Cutouts』、2003年の『Her Majesty The Decemberists』、2005年の『Picaresque』を通じて、The Decemberistsは、古風な語彙、海洋譚、戦争、売春宿、孤児、兵士、漂流者、悪漢小説的な登場人物を、アコーディオンやオルガンを交えたインディーフォークに乗せて歌う独自のバンドとして評価を高めていた。『The Crane Wife』は、その初期の美学を引き継ぎながら、より長編的で、よりプログレッシブで、よりアルバム全体の構成を意識した作品になっている。
本作の中心にあるのは、日本の民話「鶴の恩返し」を基にした楽曲群である。貧しい男に助けられた鶴が女性の姿となって彼のもとに現れ、機を織ることで富をもたらすが、男が「見てはいけない」という約束を破ってしまい、鶴の正体を知ったことで彼女は去っていく。この物語は、恩、愛、犠牲、欲望、約束の破綻、見ることの暴力、贈与と搾取の関係を含む非常に豊かな寓話である。The Decemberistsはこの民話を、単なる異国趣味としてではなく、愛と所有、創作と消耗、貧しさと欲望の物語として再解釈している。
アルバムは、「The Crane Wife 3」で始まり、「The Crane Wife 1 & 2」で中盤に長く展開されるという、物語の順序を意図的にずらした構成を取っている。これは重要である。聴き手は最初に物語の終わり、すなわち喪失と後悔の場面へ投げ込まれ、その後で前半の出来事や関係の始まりへ戻る。The Decemberistsは、民話を直線的に語り直すのではなく、記憶と後悔の構造として配置している。失われたものを最初に示し、その後で、なぜそれが失われたのかを聴き手にたどらせるのである。
音楽的には、『The Crane Wife』はThe Decemberistsの中でも最も幅広い作品の一つである。アコースティック・フォークやバロックポップだけでなく、プログレッシブ・ロック、クラウトロック的な反復、ハードなギター、長尺の組曲的展開、チャンバーポップ的なストリングス、シンセサイザー、マーチ風のリズムが混在する。特に「The Island: Come and See / The Landlord’s Daughter / You’ll Not Feel the Drowning」や「The Crane Wife 1 & 2」のような長編曲では、バンドが従来の短編物語歌から、より叙事詩的な構成へ進んだことが明確に分かる。
本作は、The Decemberistsがメジャー・レーベルであるCapitol Recordsから発表した最初のアルバムでもある。インディー的な文学性や奇妙さを保ったまま、より大きな音像と構成力を獲得した点で、キャリア上の転換点といえる。多くのバンドがメジャー移籍によって音を平滑化させる中、The Decemberistsはむしろ物語性と実験性を拡大した。これは本作の大きな特徴である。
歌詞の面では、民話的な愛の悲劇だけでなく、戦争、植民地的な暴力、階級、欲望、死、創作の代償が扱われる。「Yankee Bayonet (I Will Be Home Then)」では戦死した兵士と残された恋人の声が交差し、「O Valencia!」では禁じられた恋と血族間の争いが描かれ、「The Perfect Crime #2」では犯罪映画のようなファンク調の語りが展開され、「Sons & Daughters」では共同体的な希望が合唱として示される。つまり本作は、鶴の物語だけに閉じず、The Decemberistsがこれまで扱ってきたさまざまな人物と時代を、より大きなアルバムの中に統合している。
『The Crane Wife』が特に優れているのは、物語の過剰さと感情の普遍性が結びついている点である。日本の民話、南北戦争的な兵士の歌、海辺の長編物語、ギャング的な犯罪劇、古い恋人たちの悲劇といった題材は、一見すると現代の日常から遠い。しかし、その奥にあるのは、愛する相手を所有したい欲望、約束を破ってしまう弱さ、誰かの犠牲によって成り立つ幸福、戦争によって引き裂かれる関係、共同体を求める孤独である。The Decemberistsは、遠い物語を通じて、非常に現代的で人間的な感情を描いている。
2000年代インディーロックの文脈でも、本作は重要である。Sufjan Stevensが『Illinois』で歴史、地理、信仰、オーケストラルなアレンジを結びつけ、Arcade Fireが共同体的な高揚をロックへ持ち込み、Neutral Milk Hotelの影響が文学的で神話的なインディーフォークとして広がっていた時代に、The Decemberistsは『The Crane Wife』で、民話とプログレッシブな構成を融合させた独自の到達点を示した。これは、インディーロックが短いギター・ポップだけでなく、アルバム全体を使った物語的表現を担えることを証明した作品である。
全曲レビュー
1. The Crane Wife 3
アルバム冒頭の「The Crane Wife 3」は、本作の物語構造を象徴する重要なオープニングである。タイトルが「3」であるにもかかわらず最初に置かれていることから、聴き手は物語の結末、あるいは結末後の後悔からアルバムへ入ることになる。これはThe Decemberistsらしい構成の妙であり、民話を単に最初から語るのではなく、失われたものの記憶として提示する方法である。
音楽的には、穏やかで哀切なフォーク・バラードである。アコースティック・ギターと柔らかい伴奏が中心で、Colin Meloyの声は抑制されている。曲調には静かな悲しみがあり、大きな劇的展開ではなく、すでに何かが終わってしまった後の余韻が支配している。アルバム冒頭としては意外なほど静かだが、その静けさが物語の悲劇性を深める。
歌詞では、鶴の妻を失った語り手の後悔が描かれる。彼女は自分の羽を抜き、身を削るようにして布を織り、男に富をもたらす。しかし、男はその犠牲を理解しきれず、あるいは欲望に取り込まれ、約束を破ってしまう。ここには、愛する相手の献身を当然のものとして受け取ってしまう人間の残酷さがある。
「The Crane Wife 3」の重要な点は、犠牲の美しさだけでなく、その犠牲を消費する側の罪を示していることである。鶴の妻は美しい存在として描かれるが、彼女の美しさは苦痛と結びついている。彼女が織る布は、彼女自身の身体の一部を失うことで生まれる。これは、創作や労働の比喩としても読むことができる。誰かの美しい成果の背後には、見えない消耗がある。
アルバムは、この曲によって最初から深い喪失感を帯びる。聴き手は物語の全貌をまだ知らないが、すでに取り返しのつかないことが起こったことを感じる。この始まり方が、『The Crane Wife』を単なる物語アルバムではなく、後悔と記憶のアルバムにしている。
2. The Island: Come and See / The Landlord’s Daughter / You’ll Not Feel the Drowning
「The Island」は、三つのパートから成る長編楽曲であり、本作のプログレッシブな側面を強く示す一曲である。「Come and See」「The Landlord’s Daughter」「You’ll Not Feel the Drowning」という副題が示す通り、曲は複数の場面を持ち、音楽的にも物語的にも大きく展開する。The Decemberistsが短いバラッドの形式を超え、組曲的な構成へ進んだことを明確に示している。
音楽的には、冒頭から緊張感のあるリフと反復が印象的で、従来のアコースティックなThe Decemberistsとは異なる重さを持つ。クラウトロックやプログレッシブ・ロックを思わせる持続的なリズム、暗いギター、ドラマティックな展開が、孤島や水辺の不穏な風景を作り出す。曲が進むにつれて雰囲気は変化し、フォーク的な語り、ロック的な爆発、沈み込むような終盤が連続する。
歌詞では、島、地主の娘、誘惑、暴力、水死のイメージが絡み合う。具体的な物語は断片的だが、閉じられた土地での欲望と破滅が描かれている。The Decemberistsにとって水辺は、生と死、欲望と罰、逃亡と沈没の境界である。この曲でも水は重要な役割を持ち、最後には「溺れる感覚すらない」という不気味な境地へ向かう。
この曲の魅力は、物語を完全に説明しない点にもある。聴き手は、何が起こったのかを断片から想像することになる。The Decemberistsの歌詞はしばしば短編小説的だが、「The Island」ではさらに映画的で、場面が切り替わるように音楽が進む。明確な筋よりも、雰囲気、象徴、音の変化によって物語が立ち上がる。
「The Island」は、『The Crane Wife』における音楽的野心を象徴する曲である。インディーフォークの枠を超え、長尺の構成、重いバンド・サウンド、寓話的な歌詞を組み合わせることで、The Decemberistsはより大きな表現領域へ踏み出している。
3. Yankee Bayonet (I Will Be Home Then)
「Yankee Bayonet (I Will Be Home Then)」は、戦争によって引き裂かれた恋人たちの対話として構成された楽曲である。タイトルの「Yankee Bayonet」は、北軍兵士や南北戦争的なイメージを呼び起こし、副題の「I Will Be Home Then」は「その時には家に帰る」という約束を示す。しかし、この曲での帰還は、生きた兵士の帰還ではなく、死者の声として響く可能性を持つ。
音楽的には、軽やかなフォークロックであり、メロディは明るく親しみやすい。Laura Veirsのゲスト・ヴォーカルが、Colin Meloyとの対話を作り、曲に男女の声の交差を与えている。曲調は穏やかだが、歌詞には死と戦争の重さがある。この明るさと悲劇の対比が、The Decemberistsらしい効果を生む。
歌詞では、戦場にいる、あるいは戦死した兵士と、彼を待つ恋人の声が交互に現れる。兵士は帰ることを約束するが、その約束はもはや現実のものではないかもしれない。死者が恋人に語りかけるような構造は、古いバラッドの伝統に深く根ざしている。The Decemberistsは、戦争の悲劇を英雄的な物語としてではなく、恋人同士の届かない会話として描く。
この曲の重要な点は、戦争を個人の愛と喪失のレベルで捉えていることである。大きな歴史や国家の物語の背後には、帰ってこない人を待つ者がいる。The Decemberistsは、その小さな声を歌の中心に置く。これは『Picaresque』の「16 Military Wives」や「The Soldiering Life」にも通じる、戦争への批評的な視点である。
「Yankee Bayonet」は、本作の中で最も親しみやすいメロディを持ちながら、非常に深い哀しみを含んだ楽曲である。戦争の歌であり、幽霊の歌であり、帰還できない者の愛の歌でもある。
4. O Valencia!
「O Valencia!」は、本作の中でも最もポップで疾走感のある楽曲の一つであり、The Decemberistsの代表的なシングル曲でもある。タイトルのValenciaは女性名として響き、曲は彼女への呼びかけとして進む。明るくキャッチーなメロディを持ちながら、歌詞は禁じられた恋、家族間の対立、暴力、死を含む悲劇的な物語である。
音楽的には、ギターの切れ味が良く、テンポも速いインディーロックである。The Decemberistsの中では比較的ストレートなロック曲で、コーラスも非常に印象的である。アルバムの中盤に強い推進力を与え、長編的な曲やバラードが多い本作の中で、ポップな焦点となっている。
歌詞では、語り手とValenciaの恋が、家族や社会的な対立によって引き裂かれる。内容は、ロミオとジュリエット的な禁じられた恋の構造を持つ。恋人たちは互いを求めるが、周囲の暴力によって破滅へ向かう。The Decemberistsはこの古典的な悲劇の型を、軽快なロックソングとして提示している。
この曲が印象的なのは、メロディの明るさが悲劇を隠すのではなく、むしろ強調している点である。聴き手は思わず口ずさめる曲として受け取るが、歌詞を追うと、そこには血と喪失がある。The Decemberistsの多くの曲と同様に、ポップな快感と物語の残酷さが同時に存在している。
「O Valencia!」は、『The Crane Wife』におけるポップ・ソングとしての完成度を示す楽曲である。民話や長編構成だけでなく、The Decemberistsが短く鋭いインディーロック曲を書けるバンドであることを証明している。
5. The Perfect Crime #2
「The Perfect Crime #2」は、本作の中でも異色のファンク/ディスコ的なグルーヴを持つ楽曲である。The Decemberistsはフォークやバロックポップのイメージが強いが、この曲ではリズムが前面に出ており、犯罪映画やスパイ映画のような軽妙さがある。タイトルの「完璧な犯罪」という言葉も、演劇的でシネマティックな雰囲気を強めている。
音楽的には、ベースラインとドラムのグルーヴが中心で、シンセサイザーやエレクトリックな質感が加わる。アルバム全体の中でも、かなり現代的で都会的な音を持つ。『The Crane Wife』の多様性を示す一曲であり、The Decemberistsが民話やバラッドだけに閉じたバンドではないことを示している。
歌詞では、犯罪、策略、逃走、計画のイメージが展開される。具体的な物語は断片的だが、語り手は何らかの犯罪的行為をめぐって動いているように感じられる。ここには、『Picaresque』の「The Bagman’s Gambit」にも通じる悪漢小説的な要素がある。ただし、音楽がファンク調であるため、重い犯罪劇というより、スタイリッシュな皮肉として響く。
この曲の重要な点は、The Decemberistsの物語性が必ずしも古い時代や民話に限定されないことを示している点である。犯罪映画的な現代性、軽いダンス感、都市的な緊張も、彼らの物語世界に取り込まれている。アルバムの中で、鶴の民話や戦争の歌と並ぶことで、作品全体に意外なリズムの幅を与えている。
「The Perfect Crime #2」は、本作の中では軽妙な変化球でありながら、The Decemberistsの演劇的なセンスを別の形で示す楽曲である。物語を語るだけでなく、ジャンルそのものを衣装のように着替えるバンドの柔軟性が表れている。
6. When the War Came
「When the War Came」は、戦争、包囲、飢餓、知識人の抵抗を扱った重厚な楽曲である。歌詞は第二次世界大戦中のレニングラード包囲戦や、戦時下で種子や農業研究を守ろうとした科学者たちを連想させる内容を持つ。The Decemberistsはここで、戦争を兵士の視点だけでなく、知識、食料、生存、未来の保存という観点から描いている。
音楽的には、激しいギターと重いリズムが特徴で、アルバムの中でも特にロック色が強い。曲には切迫感があり、戦争が日常を破壊していく圧力が音として表現されている。Colin Meloyの声も、ここでは鋭く、緊張感を帯びている。
歌詞では、戦争が来たとき、人々が何を守ろうとするのかが描かれる。食料、種子、知識、未来への希望。戦争は人命だけでなく、文化や科学、次の世代の可能性まで破壊する。飢餓の中で種子を食べずに守るというイメージは、現在の生存と未来のための犠牲との対立を象徴している。
この曲は、『The Crane Wife』の中心テーマである犠牲とも深く結びつく。鶴の妻が自分の羽を抜いて布を織るように、ここでは人々が自分の飢えを耐え、未来の命のために種子を守る。The Decemberistsは、異なる物語を通じて、誰かの未来のために現在の自分を削る行為を繰り返し描いている。
「When the War Came」は、本作の中で最も歴史的・政治的な重量を持つ楽曲の一つである。The Decemberistsの物語性が、単なるファンタジーではなく、実際の歴史の残酷さと結びつく瞬間である。
7. Shankill Butchers
「Shankill Butchers」は、本作の中でも最も暗く、不気味な楽曲である。タイトルは、北アイルランド紛争期に実在した暴力集団を指す。The Decemberistsはこの題材を、子守歌のような静かなメロディで歌うことによって、残酷さと童謡的な怖さを結びつけている。
音楽的には、非常に抑制されたアコースティック曲である。ギターと声を中心に、暗い余白が大きく取られている。曲調は静かで、まるで子どもに寝る前に聞かせる怖い話のように響く。その静けさが、歌詞の暴力性をかえって際立たせる。
歌詞では、Shankill Butchersが夜にやってくる恐ろしい存在として描かれる。実在の政治的暴力を、民間伝承の怪物のように歌うことで、The Decemberistsは歴史的事件を不気味な寓話へ変えている。暴力が社会の中でどのように語り継がれ、恐怖の物語になるのかが、この曲には表れている。
この曲の重要な点は、暴力を直接的に描写するのではなく、子守歌的な形式を使って表現していることにある。子どもに「悪いことをすると彼らが来る」と脅すような語り口は、歴史的暴力が民話化される過程を示している。同時に、現実の暴力がいかに非現実的な恐怖として人々の記憶に残るかも表している。
「Shankill Butchers」は、『The Crane Wife』の中で最も冷たい影を落とす曲である。民話、歴史、暴力、子守歌が結びついた、The Decemberistsならではの暗い名曲である。
8. Summersong
「Summersong」は、タイトル通り夏を題材にした楽曲であり、アルバムの中で比較的明るく開放的な響きを持つ。夏、光、海、若さ、記憶が中心にあるが、The Decemberistsの曲らしく、その明るさの中には過ぎ去る時間への寂しさも含まれている。
音楽的には、軽快なフォークロックで、メロディは非常に親しみやすい。リズムには前進感があり、海辺を走るような開放感がある。重い曲が多い本作の中で、聴き手に風を通すような役割を持つ楽曲である。
歌詞では、夏の情景が鮮やかに描かれる。海、光、身体、季節の高揚感。しかし、夏は永遠には続かない。The Decemberistsにとって季節は、常に時間の有限性と結びついている。夏の美しさは、すでに終わりへ向かっているからこそ強く響く。
この曲は、The Decemberistsの自然描写の巧みさを示している。彼らは物語や歴史だけでなく、季節の感覚を歌にすることにも長けている。「Summersong」では、夏の輝きが単なる祝祭ではなく、記憶の中で少しずつ失われていくものとして描かれる。
「Summersong」は、アルバムの中盤以降に明るい色彩を与える曲である。しかし、その明るさは軽薄ではなく、時間の流れを知ったうえでの一瞬の光として響く。
9. The Crane Wife 1 & 2
「The Crane Wife 1 & 2」は、本作の中心にある長編楽曲であり、アルバムタイトルの物語を最も直接的に展開する重要曲である。冒頭の「The Crane Wife 3」で結末を提示した後、この曲では物語の始まりと展開が語られる。二つのパートを持つ構成によって、出会い、献身、欲望、約束の破綻が大きな流れとして描かれる。
音楽的には、前半は静かで物語的なフォークとして始まり、後半に向かってリズムとアレンジが変化し、より大きな展開を見せる。長尺ながら、曲は単調にならず、民話が少しずつ悲劇へ向かう過程を音楽的に表現している。The Decemberistsの長編構成力が非常に高い水準で発揮された楽曲である。
歌詞では、男が傷ついた鶴を助け、その後女性が現れる。彼女は彼のために布を織り、富をもたらす。しかし、男は彼女の秘密を見てしまう、あるいは彼女の犠牲を覗き見てしまう。ここで重要なのは、「見る」ことの意味である。見てはいけないものを見ることは、単なる好奇心ではない。それは相手の秘密、痛み、労働、身体を自分のものにしようとする行為でもある。
この物語は、愛と搾取の境界を鋭く描いている。男は鶴の妻を愛していたかもしれない。しかし、その愛は彼女の献身によって成り立っていた。彼女が身を削って織る布を受け取りながら、彼はその代償を理解しなかった。これは、恋愛関係だけでなく、創作や労働、家庭内の見えない犠牲にも通じる寓話である。
「The Crane Wife 1 & 2」は、The Decemberistsが民話を現代的な倫理の問題へ変換する力を示している。単なる美しい異国の物語ではなく、愛する相手の犠牲をどのように消費してしまうのかという、人間関係の根本的な問題がここにある。本作の最重要曲である。
10. Sons & Daughters
アルバムを締めくくる「Sons & Daughters」は、本作の中でも最も共同体的で、希望に近い響きを持つ楽曲である。タイトルは「息子たちと娘たち」を意味し、家族、次世代、共同体、未来への祈りを示している。暗い物語や戦争、犠牲、暴力が多く描かれた本作の最後に、この曲が置かれることで、アルバムは静かな再生へ向かう。
音楽的には、反復するフレーズと合唱が中心で、徐々に声が重なっていく。曲は派手なロックのクライマックスではなく、共同体の歌として広がる。シンプルなメロディが繰り返されることで、聴き手もその輪の中に入るような感覚が生まれる。
歌詞では、子どもたち、未来、避難、共に生きることが歌われる。ここには、戦争や暴力から逃れ、新しい場所で共同体を作ろうとするような感覚がある。The Decemberistsの作品にはしばしば孤独な漂流者が登場するが、この曲では彼らが集まり、声を合わせる。これは『Castaways and Cutouts』以来の「周縁の者たち」のテーマが、共同体的な希望へ変わる瞬間でもある。
「Sons & Daughters」の重要な点は、希望が大げさな勝利としてではなく、共に歌うこととして示される点である。問題はすべて解決していない。鶴の妻は去り、戦争は人を殺し、暴力は歴史に残る。それでも、人々は次の世代のために集まり、歌うことができる。この控えめな希望が、アルバムの最後に深い余韻を与える。
終曲として、この曲は非常に効果的である。『The Crane Wife』は多くの悲劇を含むが、最後に共同体の合唱へ到達する。個人の罪と喪失から始まったアルバムが、最後には息子たちと娘たちの未来へ開かれる。この流れが、本作を単なる悲劇のアルバムではなく、再生への祈りを含む作品にしている。
総評
『The Crane Wife』は、The Decemberistsのキャリアの中でも最も重要な作品の一つであり、文学的インディーフォークとプログレッシブなアルバム構成が高い次元で結びついた傑作である。『Picaresque』までに確立された短編物語集的な作風を受け継ぎながら、本作ではアルバム全体を貫く主題、長尺曲、組曲的な構成、より多様な音楽性が加わっている。The Decemberistsが単なる「物語を歌うインディーバンド」から、アルバム全体で大きな寓話的世界を作るバンドへ進んだ作品である。
本作の核心にあるのは、犠牲と欲望の関係である。鶴の妻の物語では、誰かの献身によってもたらされる美しさや富が描かれる。しかし、その献身は無限ではない。彼女は自分の身体を削り、羽を失いながら布を織る。男はその成果を受け取るが、その代償を見ようとしない。あるいは、見てはいけない形で見てしまう。この構造は、愛、労働、芸術、家庭、資本主義的な搾取にも通じる。The Decemberistsは民話を通じて、誰かの犠牲に依存する幸福の危うさを描いている。
この主題は、他の曲にも広がっている。「When the War Came」では、飢えの中で未来のために種子を守る人々が描かれ、「Yankee Bayonet」では戦争によって引き裂かれる恋人たちが歌われる。「Shankill Butchers」では暴力の記憶が子守歌のように残り、「Sons & Daughters」では次世代のために共同体が歌う。つまり本作は、鶴の物語だけでなく、歴史と社会の中で人間が何を失い、何を守ろうとするのかを問うアルバムである。
音楽的には、The Decemberistsのディスコグラフィーの中でも特に多彩である。フォーク・バラードの「The Crane Wife 3」、プログレッシブな長編曲「The Island」、ポップなロック曲「O Valencia!」、ファンク的な「The Perfect Crime #2」、重いロックの「When the War Came」、子守歌のように不気味な「Shankill Butchers」、共同体的な合唱曲「Sons & Daughters」が並ぶ。この幅広さにもかかわらず、アルバム全体には明確な統一感がある。それは、物語、犠牲、喪失、再生というテーマが全曲を貫いているからである。
Colin Meloyの作詞は、本作で特に冴えている。彼は日本の民話、戦争、歴史的暴力、犯罪劇、夏の記憶を、それぞれ異なる語り口で描き分ける。古風な語彙や物語的な構成は健在だが、『Picaresque』のような悪漢小説的な軽妙さに比べ、本作にはより大きな悲劇性と倫理的な深みがある。特に「The Crane Wife 1 & 2」では、民話の語りが、愛と搾取の普遍的な問題へ見事に変換されている。
また、本作はメジャー移籍後のアルバムとしても重要である。多くの場合、メジャー移籍は音の単純化や商業化と結びつけられがちだが、The Decemberistsは逆に、より長い曲、より複雑な構成、より大胆なジャンル横断へ進んだ。これは、バンドが自分たちの独自性を失わず、むしろ拡張したことを示している。『The Crane Wife』は、インディー的な奇妙さとメジャー規模の音作りが非常に良い形で共存したアルバムである。
日本のリスナーにとって、本作は特別な入り口を持つ作品でもある。日本の民話「鶴の恩返し」を基にしているため、物語の基本構造は非常に馴染みやすい。しかし、The Decemberistsはそれを単に「日本的な題材」として消費するのではなく、普遍的な愛と犠牲の物語として再構築している。そのため、日本のリスナーは原話との違いや、The Decemberistsがどの部分に注目しているかを比較しながら聴くことができる。特に、鶴の妻の織物を創作や労働の比喩として読むと、本作の深みはさらに増す。
『Picaresque』と比較すると、本作はより重く、より構成的で、よりアルバム単位の体験として作られている。一方、『The King Is Dead』と比較すると、本作はより演劇的で、プログレッシブで、文学的な過剰さを持つ。The Decemberistsというバンドの本質、すなわち物語、メロディ、暗いユーモア、歴史への関心、共同体的な合唱のすべてが、このアルバムには高い密度で含まれている。
総じて『The Crane Wife』は、The Decemberistsの最高傑作候補として語られるにふさわしい作品である。愛する者の犠牲を見てしまうこと、欲望によって約束を破ること、戦争が恋人を奪うこと、暴力が子守歌になること、そしてそれでも息子たちと娘たちのために歌うこと。本作は、民話と歴史とインディーロックを結びつけ、人間の弱さと希望を大きな物語として描いた、2000年代インディー・ロックの重要作である。
おすすめアルバム
1. The Decemberists – Picaresque(2005)
『The Crane Wife』の前作であり、The Decemberistsの初期美学が最も完成された形で表れた作品である。悪漢小説的な登場人物、戦争風刺、海洋復讐譚、都市の周縁者たちが登場し、曲ごとの物語性が非常に高い。『The Crane Wife』の長編的構成へ進む直前の、短編集的な魅力を味わえる重要作である。
2. The Decemberists – Castaways and Cutouts(2002)
The Decemberistsのデビュー作であり、漂流者、兵士、孤児、死者、港町といったモチーフがすでに明確に表れている。録音やアレンジには初期らしい粗さがあるが、バンドの文学的・演劇的な世界観の原点を知るには欠かせない。『The Crane Wife』の大きな物語性の種子がここにある。
3. The Decemberists – The Hazards of Love(2009)
『The Crane Wife』で発展した長編的・プログレッシブな方向をさらに押し進めたロック・オペラ的作品である。物語全体がアルバムを貫き、フォーク、ハードロック、プログレ、演劇的な歌唱が一体となる。『The Crane Wife』の叙事詩的な側面をより濃く味わいたい場合に重要な作品である。
4. Sufjan Stevens – Illinois(2005)
歴史、地理、個人の記憶、信仰、死を、オーケストラルなインディーフォークとして構築した2000年代の重要作である。The Decemberistsとは作風は異なるが、文学的な歌詞と大きなアルバム構成、地域や物語を音楽へ変換する点で共通している。『The Crane Wife』と並べて聴くことで、同時代のインディー音楽の野心が見えてくる。
5. Fairport Convention – Liege & Lief(1969)
英国フォークロックの古典であり、伝統的なバラッドをロック・バンドの編成で再解釈した重要作である。The Decemberistsが古い民話やバラッド形式を現代インディーロックへ取り込む背景を理解するうえで有効な一枚である。『The Crane Wife』の民話性や物語歌の源流を考える際に関連性が高い。



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