
1. 歌詞の概要
Underdogは、Kasabianが2009年に発表した楽曲である。
同年のサード・アルバムWest Ryder Pauper Lunatic Asylumのオープニング・トラックとして収録され、同作からのシングルとしてもリリースされた。シングルは2009年10月26日にリリースされ、UKシングル・チャートでは32位を記録している。(Wikipedia – Underdog)
タイトルのUnderdogは、弱者、負け犬、下馬評では不利な者、という意味を持つ。
スポーツでも、社会でも、勝つと思われていない側のことを指す言葉だ。
だが、KasabianのUnderdogは、弱々しい曲ではない。
むしろ、最初から喧嘩腰である。
低くうなる電子音のループから始まり、すぐに太いギター・リフが入ってくる。
その瞬間、曲は一気に前へ出る。
敗者の歌というより、敗者扱いされた側が胸を張って歩いてくる曲である。
歌詞の語り手は、自分をunderdogだと名乗る。
しかし、その言葉には卑屈さがない。
むしろ、挑発がある。
やれるものならやってみろ。
俺は頭を上げて歩く。
自分の道を進む。
誰かがどう見ようと、自分はこの列車に乗り続ける。
そんな姿勢が曲全体にある。
Underdogの主人公は、社会の中心にいる人間ではない。
きれいに勝っている人間でもない。
むしろ、端にいる。
見下され、疑われ、軽く扱われているかもしれない。
だが、彼はそこで折れない。
その立ち位置を、逆に武器にする。
負け犬と呼ばれるなら、その名を名乗ってやる。
下から上を見上げる側だからこそ、上にいる連中の脆さも見える。
この曲が痛快なのは、そこにある。
弱さを歌いながら、音は圧倒的に強い。
不利な立場を歌いながら、リフは堂々としている。
underdogという言葉は敗北の印ではなく、反骨の称号になる。
サウンドの質感も非常に重要だ。
Kasabianは、ロック・バンドでありながら、ビートやループの感覚を強く持つバンドである。
Underdogでも、ギター・ロックのリフと、エレクトロニックな反復が一体になっている。
それは、クラブの低音とスタジアムの拳を同時に鳴らすような音だ。
PitchforkはWest Ryder Pauper Lunatic Asylumのレビューで、Kasabianの強みを、ベース主導のエネルギーやヒップホップ的な感覚を持つロックとして捉えている。(Pitchfork – West Ryder Pauper Lunatic Asylum)
Underdogは、その魅力がよく出ている曲である。
ギターはリフとして機能するだけではない。
ビートと同じように反復し、身体を前へ押す。
ドラムはロックの骨格を保ちながら、グルーヴを太くする。
Tom Meighanのボーカルは、歌うというより、群衆に向けて言葉を投げる。
この曲には、説明よりも態度がある。
自分はunderdogだ。
だから何だ。
むしろ、そこから始める。
その開き直りが、Underdogの核である。
2. 歌詞のバックグラウンド
Underdogが収録されたWest Ryder Pauper Lunatic Asylumは、Kasabianにとって大きな転換点となったアルバムである。
2004年のデビュー・アルバムKasabian、2006年のEmpireで、彼らはUKロック・シーンにおける大きな存在になっていた。
そして2009年のWest Ryder Pauper Lunatic Asylumでは、よりサイケデリックで映画的な世界観を押し出した。
アルバムは2009年6月にリリースされ、UKアルバム・チャートで1位を獲得している。(Apple Music – West Ryder Pauper Lunatic Asylum、Wikipedia – Underdog)
このアルバムの1曲目がUnderdogであることには、大きな意味がある。
West Ryder Pauper Lunatic Asylumというアルバム・タイトルは、架空の精神病院を思わせる。
実際、作品全体には奇妙なキャラクター、犯罪的な匂い、映画的なイメージ、サイケデリックな歪みが漂っている。
その入口として、Underdogは非常に強い。
曲は、リスナーにゆっくり世界観を説明しない。
いきなり胸ぐらをつかむ。
ループが鳴り、ギターが入り、ボーカルが挑発する。
その時点で、アルバムの空気は決まる。
ここは整ったロックの庭ではない。
もっと荒く、湿った、少し危険な場所だ。
そして、その中心にいるのは、勝者ではなくunderdogである。
Kasabianはしばしば、労働者階級的な反骨心やフットボール文化、クラブ・ミュージック、90年代以降の英国ロックの流れと結びつけて語られてきた。
Underdogは、そのイメージにとても合う曲だ。
スタジアムで鳴る。
スポーツ映像に合う。
CMにも合う。
ゲームにも合う。
実際にこの曲は、映画Takers、Sony BRAVIAのCM、Need for Speed: Shift、Asphalt 8: Airborne、Top Gear、スポーツ関連の映像など、さまざまなメディアで使われてきた。(Wikipedia – Underdog)
これは、この曲が持つ即効性を示している。
Underdogは、細かい説明なしに気分を作れる。
不利な側が立ち上がる感じ。
勝てるかどうか分からないが、すでに拳を握っている感じ。
背中を押すというより、背中を蹴るような曲である。
ただし、Underdogの面白さは、単なるスポーツ応援歌的な単純さに収まらないところにある。
歌詞には、暴力の気配や夜の匂い、逃走感がある。
きれいな自己啓発の言葉ではない。
もっとざらついた、自分を守るための虚勢のようなものがある。
Tom Meighanは当時のインタビューで、UnderdogのKill me if you dareというような言葉について、ロックンロール的にはラップのリリックのようなものだという趣旨の発言をしている。つまり、ここでの言葉は論理的な物語というより、態度と威嚇と自己演出のフレーズとして機能している。(The Talk in Codes – West Ryder Pauper Lunatic Asylum)
これは非常にKasabianらしい。
彼らの歌詞は、必ずしも繊細な内面描写だけを狙っていない。
むしろ、映画のワンシーンのような言葉、路上のスローガン、酔った夜の強がり、暴力の匂いを持つ短いフレーズを組み合わせて、ひとつの空気を作る。
Underdogもそうだ。
具体的な物語を細かく追うより、姿勢を聴く曲である。
また、UnderdogのプロデュースにはSergio PizzornoとDan the Automatorが関わっている。(Wikipedia – Underdog)
Dan the Automatorはヒップホップやオルタナティヴなビート感覚に強いプロデューサーであり、Kasabianのロックにより重いグルーヴと奇妙な質感を与えている。
West Ryder Pauper Lunatic Asylum全体には、ただのギター・ロックに終わらない、サイケデリックでビート主導の感覚がある。
Underdogは、その最初の表明だ。
ロック・バンドでありながら、ビートが強い。
ギター・リフでありながら、ループのように響く。
歌でありながら、チャントのように機能する。
これが、Underdogの強みである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の全文は権利保護のため掲載しない。
ここでは、楽曲の主題を理解するために短い範囲のみ引用し、和訳を添える。
歌詞はSpotifyなどの公式配信サービスや歌詞掲載サイトで確認できる。以下の引用は考察目的の短い抜粋であり、著作権はKasabianおよび各権利者に帰属する。(Spotify – Underdog)
Kill me if you dare
やれるものなら殺してみろ
冒頭から、ほとんど喧嘩の売り文句である。
ここには恐れがない。
あるいは、恐れを隠すために過剰な強さを見せている。
重要なのは、語り手が最初から防御的ではないことだ。
彼は追い詰められているかもしれない。
しかし、縮こまってはいない。
underdogであることは、ここでは敗北ではなく、挑発の立場である。
Hold my head up everywhere
どこでも頭を上げている
この一節は、曲の姿勢を端的に表している。
頭を下げない。
恥じない。
自分がどこにいても、誰にどう見られても、顔を上げる。
underdogとは、下にいる者である。
しかし、この曲の主人公はうつむかない。
下の立場にいながら、目線だけは高い。
ここに反骨心がある。
Keep myself right on this train
この列車に乗り続ける
列車は、進むものの象徴である。
行き先がはっきりしているかは分からない。
しかし、止まらない。
降りない。
自分の乗った流れから外れない。
この曲では、人生やキャリア、闘争の比喩として響く。
他人が何と言おうと、自分はこの列車に乗り続ける。
その頑固さが、Underdogのグルーヴとよく合っている。
I’m the underdog
俺は負け犬だ
タイトル・フレーズであり、曲の核心である。
普通なら、underdogという言葉には弱さや不利な立場が含まれる。
だがここでは、それが自己紹介になっている。
俺はunderdogだ。
だから何だ。
むしろ、その場所から来たことが自分の強さだ。
この言い方には、開き直りと誇りがある。
Live my life on a lullaby
子守歌の上で人生を生きる
この一節は、少し不思議で詩的である。
lullabyは子守歌。
安心、眠り、幼さ、夢を連想させる。
しかし、曲のサウンドはまったく穏やかではない。
荒い現実の中で、子守歌のような幻想に乗って生きる。
あるいは、危険な世界を、どこか夢うつつの状態で進む。
この奇妙な柔らかさが、曲の暴力的な言葉に影を加えている。
歌詞引用元: Spotify – Underdog by Kasabian
作詞・作曲: Sergio Pizzorno
引用した歌詞の著作権はKasabianおよび各権利者に帰属する。
4. 歌詞の考察
Underdogは、自分を負け犬と呼ぶことで、負け犬ではなくなる曲である。
この逆転が重要だ。
人からunderdogと言われると、そこには見下しがある。
どうせ勝てない。
主役ではない。
強者ではない。
中心にはいない。
だが、自分からそう名乗ると意味が変わる。
俺はunderdogだ。
それを知っている。
それでも顔を上げている。
それでも進んでいる。
それでも、お前らにやられるつもりはない。
この曲は、劣勢を美学に変える。
Kasabianの音楽には、よくそういう反転がある。
上品ではない。
洗練されすぎていない。
時に大味で、挑発的で、少し荒っぽい。
しかし、その荒っぽさこそが武器になる。
Underdogは、その典型である。
歌詞の中のKill me if you dareという言葉は、非常に強い。
しかし、それは本当の無敵宣言というより、無敵に見せるための言葉にも聞こえる。
ここに、曲の人間味がある。
本当に強い人間は、わざわざそう言わないかもしれない。
やれるものならやってみろ、と言う時点で、そこには何かに立ち向かっている緊張がある。
つまり、この曲の主人公は完全な勝者ではない。
むしろ、負けそうな場所にいる。
だからこそ、声を張る。
だからこそ、リフが太く鳴る。
この虚勢と本気の間が、Underdogの魅力である。
人は、追い詰められた時に強い言葉を使う。
自分を奮い立たせるために、あえて挑発する。
怖いからこそ、怖くないふりをする。
そのふりが、やがて本物の態度になることもある。
Underdogは、その瞬間を鳴らしている。
また、この曲には群衆のための言葉としての力がある。
I’m the underdog。
このフレーズは、一人称なのに、聴き手が自分の言葉として歌える。
自分もunderdogだと思ったことのある人なら、この曲はすぐに自分のものになる。
学校、職場、街、スポーツ、バンド、人生。
どこにでも、中心にいない人はいる。
勝てると思われていない人はいる。
軽く見られている人はいる。
Underdogは、その人たちのための華やかな敗者のテーマ曲である。
ただし、優しく寄り添う曲ではない。
背中を撫でるのではなく、肩をつかんで前へ出す。
この曲のグルーヴは、慰めではなく鼓舞だ。
特にリフが強い。
Underdogのリフは、細かい装飾よりも反復の力で押す。
それは、スタジアムで鳴った時に非常に効果的である。
観客はリフに合わせて身体を揺らし、サビで声を合わせる。
この曲がスポーツ映像やCM、ゲームに多く使われてきた理由もよく分かる。(Wikipedia – Underdog)
勝負の前、レースの前、誰かが立ち上がる場面に合う。
だが、ただの勝利の曲ではない。
むしろ、勝利する前の曲だ。
まだ結果は出ていない。
まだ不利だ。
まだ誰も信じていない。
その段階で、俺は行く、と言う曲である。
ここが大切だ。
Underdogは、勝った後の祝祭ではない。
勝つ前の自分への宣戦布告である。
この曲がWest Ryder Pauper Lunatic Asylumのオープニングであることも、この意味で非常に効果的だ。
アルバムはここから始まる。
つまりKasabianは、最初に自分たちをunderdogとして提示する。
ただし、弱くはない。
むしろ、危険なunderdogである。
この立ち位置は、Kasabianというバンドのイメージに合っている。
彼らは、批評家から常に絶賛されるタイプのバンドではなかった。
時に荒っぽい、時に大味、時にスタジアム向けすぎる、と見られることもあった。
Pitchforkのレビューも、West Ryder Pauper Lunatic Asylumの歌詞面には厳しく触れつつ、ベース主導のエネルギーや太いリフの効果を指摘している。(Pitchfork – West Ryder Pauper Lunatic Asylum)
しかし、Kasabianはまさにその大味さを武器にするバンドでもある。
知的に繊細なふりをしない。
リフを鳴らす。
ビートを太くする。
観客を動かす。
それで勝負する。
Underdogは、その姿勢を象徴している。
歌詞には、細密な詩というより、スローガン性がある。
これは欠点として見ることもできる。
しかし、この曲ではそのスローガン性が強みにもなっている。
細かい心理描写は不要だ。
必要なのは、一行で身体が動く言葉である。
I’m the underdog。
この一行があれば十分なのだ。
それに加えて、Live my life on a lullabyという少し奇妙な表現が、曲に独特の影を与えている。
ただの喧嘩腰の曲なら、もっと単純だっただろう。
しかし、この子守歌という言葉が入ることで、主人公の中にある幼さ、夢、現実逃避、眠りと覚醒の間の感覚が見えてくる。
underdogは、ただ怒っているだけではない。
夢を見ている。
あるいは、夢の中で戦っている。
この少しサイケデリックな感覚が、West Ryder Pauper Lunatic Asylumの世界観ともつながる。
Kasabianは、単なるガレージ・ロック・バンドではない。
彼らの曲には、クラブ・ビート、サイケデリックな質感、映画音楽的なムード、どこかギャング映画のような荒さが混ざっている。
Underdogは、まさにその混合物だ。
リフはロック。
反復はクラブ。
歌詞は挑発。
空気はサイケデリック。
気分はスタジアム。
この雑多さが、2000年代UKロックの中でKasabianを特別な存在にしていた。
歌詞引用元: Spotify – Underdog by Kasabian
引用した歌詞の著作権はKasabianおよび各権利者に帰属する。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Club Foot by Kasabian
Kasabianのデビュー期を代表する楽曲で、Underdogと同じくリフとビートの反復が強烈な曲である。
より冷たく、より戦闘的で、サッカーのスタジアムやゲーム映像に合うような即効性がある。Underdogの挑発的なグルーヴが好きなら、Club Footは必ず響くだろう。Kasabianというバンドの原点にある、エレクトロとロックの混合感がよく分かる。
– Fire by Kasabian
West Ryder Pauper Lunatic Asylum収録の代表曲で、同アルバムからの大ヒット曲である。
Underdogが低くうなる反骨の曲なら、Fireはより開けたサビと祝祭感を持つ曲だ。ギター・ロックでありながら、ダンス・ミュージックの高揚を取り込んでいる。Kasabianのスタジアム級のスケール感を味わうには外せない。
– Vlad the Impaler by Kasabian
同じWest Ryder Pauper Lunatic Asylum収録曲で、より狂気と悪趣味が前に出た楽曲である。
Underdogの荒い挑発が好きなら、Vlad the Impalerの奇妙な攻撃性も合う。タイトル通り吸血鬼的、暴力的なイメージがあり、アルバム全体の狂った映画感を強く感じられる。ダークで踊れるKasabianを知るための一曲だ。
– Shoot the Runner by Kasabian
2006年のアルバムEmpire収録曲で、グラム・ロック的な派手さとギャング映画のような空気を持つ。
Underdogの自信過剰な態度や、俺たちが行くという高揚感に惹かれるなら、この曲のふてぶてしいロックンロール感も楽しめる。Kasabianの見栄、虚勢、祝祭感がよく出ている。
– Rocks by Primal Scream
Kasabianの背後にある英国ロックの系譜をたどるなら、Primal Screamは重要である。
Rocksは、ロックンロール、クラブ感覚、享楽性を混ぜた90年代UKロックの代表的な一曲だ。Underdogのような、理屈より先に身体を動かすロックが好きなら、この曲の下品で華やかなグルーヴも自然に響くだろう。
6. 負け犬の名前を、勝ち名乗りに変えるロックンロール
Underdogは、Kasabianの強みが凝縮された曲である。
太いリフ。
反復するビート。
短く刺さるフレーズ。
スタジアムを想定したような高揚感。
そして、どこか悪い顔をした反骨心。
この曲は、繊細に寄り添うタイプのロックではない。
もっと粗い。
もっと太い。
もっと挑発的だ。
だが、その粗さがいい。
Underdogという言葉は、本来、弱い立場を示す。
勝てると思われていない側。
格下。
負け犬。
しかし、この曲ではその言葉がまったく弱く響かない。
むしろ、強い。
俺はunderdogだ。
それを隠さない。
それを恥じない。
その場所から立ち上がる。
この開き直りが、曲の最大の魅力である。
負け犬と呼ばれることは、屈辱になりうる。
だが、自分でその名を名乗る時、それは鎧になる。
他人の嘲笑を先に自分のものにしてしまえば、もうその言葉では傷つかない。
Underdogは、その心理をロックにした曲である。
この曲の主人公は、成功者の余裕を持っていない。
むしろ、余裕がないからこそ強く見える。
背中に何かが迫っている。
どこかで馬鹿にされている。
それでも顔を上げている。
その姿が、曲のリフと重なる。
リフは前へ進む。
迷わない。
同じ形を繰り返しながら、押していく。
これは、理屈ではなく反復の力である。
自分はunderdogだ。
でも進む。
頭を上げる。
この列車を降りない。
その感覚が、音そのものに刻まれている。
Kasabianは、こういう曲を作るのがうまい。
難しいことを難しく聴かせるのではなく、身体の中に直接入る形にする。
ビート、リフ、チャント。
この三つを使って、聴き手を一気に巻き込む。
Underdogは、まさにその典型だ。
歌詞を細かく読み込む前に、身体が反応する。
しかし、後から言葉を追うと、そこには負け犬の美学がある。
この二段階が面白い。
最初はただかっこいい。
次に、自分もunderdogかもしれないと思う。
そして、その言葉を歌いたくなる。
音楽が個人の感情を群衆の声に変える瞬間である。
この曲がCMやスポーツ映像、ゲームなどで多く使われたのも当然だ。
Underdogには、勝負前の気分を作る力がある。
まだ勝っていない。
むしろ、不利かもしれない。
でも、これから行く。
その瞬間に必要な音が、この曲にはある。
ただし、この曲を単なるスポーツ用の応援歌として聴くだけではもったいない。
Underdogには、もっと都市的で少しダークな感覚がある。
きれいな努力の歌ではない。
汗と煙と夜の匂いがする。
誰かを見返すための曲であり、同時に自分を奮い立たせるための曲でもある。
ここには、Kasabian特有の悪っぽさがある。
彼らの音楽は、しばしば優等生的ではない。
歌詞も、整った詩というより、映画の台詞や路上の言葉のように聞こえる。
そのぶん、直接的な力がある。
Kill me if you dare。
やれるものならやってみろ。
この言葉は、冷静に考えればかなり大げさだ。
だがロックンロールでは、大げささが必要な時がある。
人は、時に自分を大きく見せることでしか前へ進めない。
虚勢がなければ立っていられない日もある。
Underdogは、その虚勢を肯定する。
もちろん、虚勢は本当の強さではないかもしれない。
だが、虚勢が本当の強さに変わる瞬間もある。
この曲は、その変わる直前の熱を持っている。
West Ryder Pauper Lunatic Asylumの冒頭曲としての役割も大きい。
アルバムは、ここから始まる。
Underdogが最初に鳴ることで、聴き手はKasabianの怪しい映画館へ放り込まれる。
そこでは、サイケデリックな幻想、暴力、ダンス、ロックンロール、奇妙なユーモアが入り混じる。
Underdogは、その入口に立つ門番のような曲だ。
しかも、その門番は丁寧に案内しない。
いきなり扉を蹴って開ける。
この始まり方が、アルバムの世界観にとても合っている。
また、UnderdogにはUKロック特有の下からのエネルギーがある。
労働者階級的な反骨心。
フットボール・スタジアムのチャント。
クラブで鳴る低音。
パブでの強がり。
週末の解放感。
そうしたものが、曲の奥にある。
Kasabianは、その要素をギター・ロックに変換したバンドだった。
The Stone RosesやPrimal Scream以降の、踊れるロックの系譜。
Oasis以降の、堂々としたアンセム感。
そこに、電子音とサイケデリックな味つけを加える。
Underdogは、その流れの中で非常に分かりやすく機能する。
ロックであり、ダンスでもある。
反抗であり、エンターテインメントでもある。
不良っぽく、でも大衆的である。
このバランスが、Kasabianの強さだ。
批評的には、彼らの歌詞や態度が荒いと見なされることもある。
だが、Kasabianの良さは、まさにその荒さの中にある。
すべてを洗練させすぎない。
リフの力を信じる。
群衆が声を合わせる瞬間を信じる。
Underdogは、その信念の曲である。
この曲を聴いていると、負け犬という言葉の意味が少し変わる。
負け犬とは、すでに負けた者ではない。
まだ勝っていない者だ。
勝つと思われていない者だ。
だからこそ、勝った時の物語が大きくなる。
Underdogは、その物語の始まりを鳴らす。
まだ栄光ではない。
まだ傷だらけだ。
まだ列車の途中だ。
だが、降りない。
その姿勢が、曲の最後まで貫かれている。
サビは、勝利宣言ではない。
自己確認である。
俺はunderdogだ。
それでもここにいる。
それでも進む。
このシンプルさが、強い。
現代においても、この曲は響く。
誰もが何かしらの場面でunderdogになる。
仕事で、創作で、恋愛で、家庭で、社会で。
期待されないこともある。
軽く見られることもある。
自分でも無理かもしれないと思うことがある。
その時、Underdogは美しい言葉で慰めない。
もっと乱暴に言う。
頭を上げろ。
列車を降りるな。
やれるものならやってみろと言え。
その荒っぽい励ましが、この曲の魅力である。
Underdogは、弱者の曲でありながら、弱々しくない。
むしろ、弱者の立場から生まれる攻撃性をそのまま燃料にしている。
その燃料が、ギター・リフになり、ビートになり、Tom Meighanの声になり、群衆のチャントになる。
Kasabianはこの曲で、負け犬という言葉を勝ち名乗りに変えた。
それがUnderdogの痛快さであり、今も多くの場面で鳴り続ける理由である。

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