
発売日:1999年9月
ジャンル:ハードロック、ブルースロック、メロディアス・ロック
概要
『Get Over It』は、Mr. Bigが1999年に発表したスタジオ・アルバムであり、ギタリストがポール・ギルバートからリッチー・コッツェンへ交代した後の初作品である。バンドにとって大きな転換点となったアルバムであり、初期のテクニカルなハードロック色から、よりブルース、ソウル、ファンクの要素を含んだ成熟したロックへと音楽性を広げている。
Mr. Bigは、エリック・マーティンの伸びやかなボーカル、ビリー・シーンの超絶技巧ベース、パット・トーピーの堅実なドラム、そしてポール・ギルバートの技巧派ギターによって、1980年代末から1990年代にかけて人気を確立したバンドである。特に「To Be with You」の大ヒットにより、ハードロック・ファンだけでなく一般的なポップ・リスナーにも知られる存在となった。
しかし1990年代後半のロックシーンは、グランジやオルタナティヴ以降の価値観が定着し、従来型のメロディアス・ハードロックは商業的に厳しい時期を迎えていた。その中で本作は、単なる過去の再現ではなく、バンドの演奏力を生かしながら新たな質感を模索した作品である。リッチー・コッツェンの加入により、ギターはよりブルージーで歌心のある方向へ変化し、楽曲全体にも土臭さとグルーヴが増している。
本作は日本で特に高い注目を集めた。Mr. Bigは日本市場との結びつきが非常に強いバンドであり、本作も日本のハードロック・ファンに向けて、技巧とメロディを両立した作品として受け止められた。派手なヒットシングルよりも、バンドとしての再出発を示すアルバムとしての意味が大きい。
全曲レビュー
1. Electrified
アルバム冒頭を飾るハードロック・ナンバー。タイトル通り、電気的な勢いと高揚感を持つ楽曲であり、リッチー・コッツェン加入後の新体制を力強く示している。ギターは鋭さよりも粘りを重視し、ブルース的なニュアンスが加わっている。
2. Static
重めのリフとタイトなリズムが特徴の楽曲。タイトルが示す「静電気」や「ノイズ」のイメージは、人間関係の摩擦や閉塞感とも結びつく。ビリー・シーンのベースは技巧的でありながら楽曲を支える役割に徹しており、バンド全体の一体感が強い。
3. Hiding Place
よりメロディアスな側面が前面に出た楽曲。逃避や自己防衛を思わせる歌詞のテーマに対して、サウンドは温かみを持っている。エリック・マーティンのボーカルが楽曲の中心に置かれており、Mr. Bigのポップセンスがよく表れている。
4. Superfantastic
本作を代表する楽曲の一つ。明るく開放的なメロディと、前向きな歌詞が印象的である。ハードロックの重量感よりも、ポップ・ロックとしての親しみやすさが強く、日本のリスナーにも受け入れられやすい楽曲となっている。
5. A Rose Alone
アコースティックな質感を持つバラード寄りの楽曲。孤独や誇りを象徴する「一輪の薔薇」というイメージが、繊細なメロディと結びついている。エリック・マーティンの情感豊かな歌唱が際立ち、バンドのメロディメイカーとしての力量を示す。
6. Hole in the Sun
ややダークな雰囲気を持つ楽曲で、ブルースロック色が濃い。リッチー・コッツェンの加入による変化が特に感じられる一曲であり、ギターのフレーズにはテクニックよりも感情の揺れが重視されている。
7. How Does It Feel
ソウルフルな要素を含むミッドテンポ・ナンバー。問いかけるようなタイトル通り、関係性の中での感情の確認がテーマとなっている。コーラスの作りは非常に洗練されており、ハードロック・バンドでありながらR&B的な歌心も感じさせる。
8. Try to Do Without It
軽快なリズムと乾いたギターが特徴。依存や執着から離れようとする歌詞が、ストレートなロックンロールの形で表現されている。アルバムの中では比較的シンプルな楽曲だが、バンドのグルーヴ感がよく出ている。
9. Dancin’ with My Devils
ブルージーで妖しげな雰囲気を持つ楽曲。内面の誘惑や葛藤を「悪魔と踊る」という比喩で描いている。リッチー・コッツェンのギターはこの曲で特に存在感があり、従来のMr. Bigには少なかった渋みを加えている。
10. Mr. Never in a Million Years
メロディアスでドラマティックな楽曲。タイトルは不可能性や諦めを思わせるが、楽曲全体にはどこか希望も含まれている。エリック・マーティンのボーカル表現が非常に重要で、ロック・バラード的な魅力を持つ。
11. My New Religion
アルバム終盤を飾る力強い楽曲。タイトルが示す通り、新しい信念や価値観をテーマにしている。バンドが新体制で再出発する姿勢とも重なり、本作全体のメッセージを象徴する曲といえる。ブルース、ハードロック、ソウルの要素が自然に混ざり合っている。
総評
『Get Over It』は、Mr. Bigにとって単なるメンバーチェンジ後の作品ではなく、音楽性の再構築を試みたアルバムである。ポール・ギルバート時代の超絶技巧を前面に出したハードロックとは異なり、本作ではリッチー・コッツェンのブルース感覚とソウルフルなギタープレイが加わることで、より大人びたロックへと変化している。
その変化は、バンドの魅力を損なうものではなく、新しい側面を引き出すものとなっている。ビリー・シーンのベースは依然として存在感があり、パット・トーピーのドラムは楽曲を安定させ、エリック・マーティンのボーカルはメロディの中心として作品を支えている。個々の演奏力に頼りすぎず、楽曲全体の完成度を重視している点が本作の特徴である。
一方で、初期Mr. Bigの派手なテクニカル・ハードロックを期待するリスナーにとっては、やや地味に感じられる部分もある。しかし、その落ち着きこそが本作の本質であり、1990年代末のロック環境の中でバンドが生き残るために選んだ現実的かつ誠実な方向性だったといえる。
結果として、『Get Over It』はMr. Bigのディスコグラフィーの中で過小評価されがちな作品でありながら、メンバーの成熟と音楽的柔軟性を示す重要な一枚である。技巧派ハードロックだけでなく、ブルースロックやメロディアスなアメリカン・ロックを好むリスナーにも響く作品である。
おすすめアルバム
- Mr. Big – Lean into It (1991)
バンド最大の代表作で、「To Be with You」を収録。初期の技巧とポップ性のバランスを理解できる。
2. Mr. Big – Bump Ahead (1993)
よりメロディアスで成熟した方向へ進んだ作品で、本作への流れを感じられる。
3. Richie Kotzen – Wave of Emotion (1996)
リッチー・コッツェンのソウルフルなギターと歌心を理解する上で重要なソロ作。
4. Extreme – III Sides to Every Story (1992)
技巧派ハードロックと多様な音楽性を両立した作品で、Mr. Bigと比較しやすい。
5. Bad English – Bad English (1989)
メロディアス・ロックの完成度が高く、エリック・マーティン系のボーカル志向を好むリスナーに関連性が高い。



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