
発売日: 1990年2月20日
ジャンル: ニューウェイヴ、オルタナティヴ・ロック、アートロック
概要
『Dark at the End of the Tunnel』は、アメリカのニューウェイヴ・バンド Oingo Boingo が1990年に発表した作品である。
80年代後半を経て、バンドはより落ち着いたトーンと成熟したメロディ運びへと移行し、本作はその流れを象徴するアルバムとなった。
かつてのアグレッシブで跳ね回るテンションは少し影を潜め、代わりに陰影の深さや音の広がりを意識したサウンドデザインが中心に置かれる。
バンドの中心人物である ダニー・エルフマン(Danny Elfman) は、同時期に映画音楽の仕事が増え、その影響もあってか、曲の構成やフレーズの扱いはより叙情的かつドラマティックになっていく。
『Boi-Ngo』で提示された“整合性のあるOingo Boingo”の形が、ここではさらに掘り下げられ、より深い精神性を獲得しているように思える。
1990年前後のロックシーンは、ニューウェイヴ以降の洗練と、90年代的なオルタナティヴ感覚が交差する過渡期だった。
本作はその渦中で、派手さよりも内面の物語性を重視し、ブラスのアタックを抑え、シンセとギター、コーラスワークを丁寧に重ねるアプローチが際立っている。
“暗闇の奥にあるわずかな光” をテーマにしたような感触が全体を貫き、作品全体がひとつの長い物語のように響くのが印象的なのだ。
全曲レビュー
1. When the Lights Go Out
力強いビートと広がりのあるシンセサウンドが特徴で、アルバムのテーマを象徴するような曲である。
“灯りが消えたときに見えるもの” を探る歌詞は、視覚ではなく内面へ向かう姿勢を示している。
2. Skin
軽やかなリズムに対し、歌詞は“皮膚”をモチーフにしたアイロニカルな視点を持つ。
表層と内側のギャップを描くエルフマンらしいテーマ性が光る。
3. Out of Control
アルバムの中でも最もキャッチーで、長年ファンに愛される代表曲。
混乱と不安を抱えつつも前へ進もうとする“制御不能な心”が表現されている。
シンセとギターの絡みが緊張感を生み、サビの高揚感は圧巻だ。
4. Glorious Day
穏やかな空気をまとった楽曲で、希望が差し込む瞬間を捉えたような柔らかいメロディが特徴的である。
アルバムの暗いトーンの中で、控えめながら温かさをもたらす。
5. Long Breakdown
タイトル通り、心の崩壊や迷いを描く。
低音のうねりと控えめなブラスが重く響き、精神の揺らぎを音像で表現しているようなのだ。
6. Flesh ’N Blood
人間関係の複雑さを生々しく捉えた楽曲。
“血肉のつながり”が比喩として使われ、強さと弱さが交錯する。リズムはタイトで、歌詞の鋭さが際立つ。
7. Run Away (The Escape Song)
逃避と再生をテーマにした曲で、疾走感と哀愁が共存する。
暗闇から外へ走り抜けるイメージが、アルバムの流れに強い推進力を与えている。
8. Dream Somehow
ドリーミーな質感を持ち、希望と現実の境界に漂うような浮遊感がある。
シンセの残響が美しく、夜の静けさを思わせる。
9. Is This
短く、問いかけのような曲。
“これは何なのか”という抽象的な問題をそっと投げかけ、アルバムの終盤へ向けて気配を整える役割を果たしている。
10. It’s Not My Time
強い意志を込めた歌詞で、生きるタイミングへの葛藤が描かれる。
冷静な語り口と温かいサウンドが合わさり、深い余韻を残す一曲である。
11. Try to Believe
前作『Boi-Ngo』にも収録されていたが、本作ではより静かで祈りのようなテンションをまとっている。
信じることの難しさと希望の両方を抱えたまま、“光の差す方へゆっくり歩く” ような感覚の締めくくりだ。
総評
『Dark at the End of the Tunnel』は、Oingo Boingoが持つ奇抜さや跳ね回るエネルギーを内側へ収斂させ、より叙情的で深みのある“静かな強さ”を提示したアルバムである。
エルフマンの映画音楽的な感覚が本作ではさらに顕著になり、メロディの運び、構成、音の配置が非常に物語的なのだ。
80年代ニューウェイヴの終盤、派手なシンセや強烈なエフェクトに頼る時代の終わりとともに、多くのバンドが新しい方向を模索していた。
その中でOingo Boingoは、“語り” と “内省” を中心に据えたアプローチへ舵を切る。
本作はその過程で生まれたもので、強烈な個性を少し落ち着かせつつも、バンドの核にあるユーモアや寓意性はしっかりと保たれている。
同時代のバンド、たとえばTalking Headsの後期作品や、The Theの叙情的なポップとも比較できるが、Oingo Boingoはもっと“夜の物語”に寄った深みを持っている。
サウンドの透明感、静寂の扱い方、ヴォーカル表現のニュアンス——それらが相まって、90年代的なオルタナ感覚への橋渡しにもなっている。
今日聴いても本作が色褪せないのは、派手なトレンドに依らず、人間の内面を静かに描いた普遍性があるからだ。
“暗闇の奥にある微かな光” を描くというテーマは、時代を超えて響き続ける。
その意味で『Dark at the End of the Tunnel』は、Oingo Boingoのキャリアにおける深い成熟を刻んだ一枚なのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- Oingo Boingo / Boi-Ngo
前作であり、本作と精神性の連続性が強い。 - Oingo Boingo / Good for Your Soul
初期の尖ったエネルギーとの比較が楽しい。 - Talking Heads / True Stories
物語性とポップの融合を求める聴き手に勧められる。 - The The / Mind Bomb
90年代的な深い内面世界との接点がある。 - Tears for Fears / The Seeds of Love
大人びた80s/90sポップとの橋渡し的存在。
制作の裏側(任意セクション)
本作の制作時期、エルフマンは映画音楽の仕事が急増しており、よりシネマティックなアレンジセンスが成熟し始めていた。
シンセと生楽器の混ざり方は繊細で、各楽器が“物語の登場人物”のように配置されている。
録音では奥行きと空間表現を重要視し、リバーブの扱いも極めて慎重に調整されている。
こうした制作姿勢が、静けさと深さを兼ね備えた独自の音世界を形成したのである。



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