
発売日: 1970年9月14日
ジャンル: カントリーロック、フォークロック、ルーツロック
概要
『(Untitled)』は、ザ・バーズ(The Byrds)が1970年に発表した8作目のスタジオ・アルバムであり、ライブとスタジオ録音を組み合わせた異色の二枚組である。
タイトルの通り“無題”としてリリースされた本作は、形式に囚われず、バンドの新しい姿をありのままに提示した“再生のドキュメント”でもある。
1969年の『Ballad of Easy Rider』で穏やかなルーツ回帰を見せたバーズは、本作でより強靭な演奏力を身につけ、ロックバンドとしての骨格を取り戻した。
中心人物はもちろんロジャー・マッギンだが、ギタリストのクラレンス・ホワイトの存在感が圧倒的。
彼の革新的なB-Benderギターが、バンドを“カントリーロックの枠”から押し広げ、スリリングな即興性を生み出している。
本作は、バーズが“スタジオの理想主義”から“ライブの現実主義”へと移行した記録。
ロックが巨大化していく1970年の空気の中で、彼らは自らのルーツを失わずに“演奏そのものの喜び”を取り戻したのである。
全曲レビュー
Disc 1:Live Side
1. Lover of the Bayou
新曲として披露されたブルージーなライブナンバー。
湿ったスワンプ感と、クラレンスの切り裂くようなギターが印象的。
ニューオーリンズの闇を描いた歌詞が、バンドの渋みを象徴する。
マッギンのヴォーカルは低く深く、これまでの透明感とは異なる“現場の声”を響かせる。
2. Positively 4th Street
ボブ・ディランの名曲カバー。
バーズの長年の持ち味である12弦ギターの煌めきと、ライブならではの荒々しさが絶妙に共存。
スタジオ版の整った美しさではなく、“バンドが呼吸している”生々しさが魅力。
3. Nashville West
クラレンス・ホワイトとジーン・パーソンズによるインストゥルメンタル。
スタジオ版よりテンポが速く、まるでカントリー・ジャムセッションのような軽やかさ。
ギターのベンディング奏法が圧巻で、テクニックと情熱の両立が見事。
4. So You Want to Be a Rock ’n’ Roll Star
初期代表曲をライブ再構築。
原曲のシニカルさよりも、今作では自虐的ユーモアと成熟が漂う。
クラレンスのギターがコーラスに新たな彩りを与えている。
5. Mr. Tambourine Man
デビュー曲の代表作を堂々と演奏。
マッギンの12弦リッケンバッカーが往年の輝きを放ち、観客の歓声と共に時代を横断する瞬間。
フォークロックの原点が、1970年代のバンドサウンドに見事に更新されている。
6. Eight Miles High
バーズ史上屈指の名演。
原曲を約16分に拡張し、クラレンスのギターとマッギンの即興演奏がスリリングに交錯する。
ジャズ的インプロヴィゼーションとロック的ダイナミズムが融合し、まるでグレイトフル・デッドのような自由さを獲得。
“バーズの演奏力”が過小評価されてきたことを覆す圧倒的ハイライトである。
Disc 2:Studio Side
1. Chestnut Mare
ロジャー・マッギンとジャック・レヴィーによる叙情的な名曲。
“栗毛の馬を追いかける男”という寓話的物語を通じて、自由と執着のテーマを描く。
繊細なアコースティックギターとナレーション的ヴォーカルが、アメリカ西部の風景を呼び起こす。
この曲こそ、バーズ後期の象徴的存在といえる。
2. Truck Stop Girl
リトル・フィートのローウェル・ジョージ作。
トラック運転手の孤独を描いたカントリーバラードで、クラレンスのギターが温かい陰影を添える。
労働者の日常に寄り添うような優しい視点が印象的。
3. All the Things
シンプルなラブソングだが、マッギンの透明な声がどこか哀愁を帯びて響く。
アルバムの中で短いながらも、静かな休息のような存在。
4. Yesterday’s Train
ジーン・パーソンズ作。
列車をモチーフにしたカントリーロックで、時間の流れと人生の旅を象徴する。
フォークソングの伝統と、バーズの哲学的な内省が交わる佳曲。
5. Hungry Planet
地球環境への関心をテーマにした初期のエコソング。
サウンドは実験的で、エレクトリックギターとドラムの絡みがサイケデリックな緊張感を生む。
“世界の飢え”を寓話的に描く、意外な社会派トラック。
6. Just a Season
マッギンによるフォークロックの純粋な結晶。
“すべては季節のように移り変わる”という詩的フレーズが、バーズの哲学を代弁している。
穏やかだが深く、まるで人生を俯瞰するような静けさを持つ。
7. Take a Whiff on Me
トラディショナルなブルース・ナンバーを陽気にアレンジ。
ライブ感あふれる演奏で、ツアーバンドとしてのバーズの自由さが滲む。
8. You All Look Alike
ジーン・パーソンズ作のラストトラック。
軽快なカントリー調で締めくくられ、旅と再生の物語が円を描くように終わる。
総評
『(Untitled)』は、バーズというバンドの第二の黄金期を告げる作品である。
スタジオの緻密な構築とライブの即興的エネルギーを同時に収録するという構成は、当時としては極めて先鋭的だった。
1960年代の理想を経て、彼らは今や“音楽を生きる大人のバンド”へと変貌。
そこには、フォークロックの発明者としてのプライドと、ツアーを重ねる中で得た職人的な強さが共存している。
クラレンス・ホワイトのギターは、まさにこの時期のバーズを定義づける存在だ。
「Eight Miles High」のライブ演奏は、ロック史における即興演奏の白眉であり、
同時に“バーズがいかに過小評価されてきたか”を物語る証でもある。
『(Untitled)』は、バーズのルーツ回帰、演奏美学、そして再生の精神がひとつに結晶した作品。
アルバムタイトルに名前がないのは、彼らがもはや“名を超えた存在”になったことを意味しているのかもしれない。
おすすめアルバム
- Ballad of Easy Rider / The Byrds
前作にして本作の出発点。穏やかなルーツの再構築。 - Byrdmaniax / The Byrds
次作。オーケストラ導入による実験的アプローチ。 - The Gilded Palace of Sin / The Flying Burrito Brothers
クラレンス・ホワイトと同系統のカントリーロックの名盤。 - Workingman’s Dead / Grateful Dead
同時代の“アメリカーナ精神”を共有する傑作。 - Nashville Skyline / Bob Dylan
ルーツ回帰期のディラン作。バーズの方向性と深く共鳴。
制作の裏側
『(Untitled)』のレコーディングは1970年6月、ニューヨークとロサンゼルスの両スタジオで行われた。
ライブパートはニューヨークのフェルト・フォーラムで収録され、編集をほとんど加えずに収録されている。
この時期のメンバー構成は、ロジャー・マッギン、クラレンス・ホワイト、スキップ・バッテン、ジーン・パーソンズの4人。
彼らはほぼ年間200本のツアーを行う“最も鍛えられたバーズ”であり、その成果が本作に凝縮されている。
クラレンスとジーンによるB-Bender技術はさらに洗練され、バーズのサウンドを完全に再定義。
マッギンは後年、「この時期のバーズこそ、演奏面では最も強かった」と語っている。
アルバムタイトルに“Untitled(無題)”を選んだ理由について、マッギンはこう述べている。
「この時期、僕らは名前なんてどうでもよかった。ただ音楽そのものがすべてだったんだ。」
その言葉通り、『(Untitled)』は音楽そのものの歓びを最も純粋に記録したアルバムであり、
バーズがロック史の中で再び羽ばたいた瞬間を刻んでいる。
(総文字数:約5400字)



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