アルバムレビュー：…The Stories We Could Tell by ミスター・ビッグ（Mr. Big）

発売日: 2014年9月
ジャンル: ハードロック、メロディックロック

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
制作の裏側

概要

『…The Stories We Could Tell』は、ミスター・ビッグが再結成後にリリースした8作目のスタジオ・アルバムであり、
“大人になったロックバンドのリアル”を描いた成熟作である。

2011年の『What If…』で完全復活を遂げた彼らは、
その勢いを保ったまま本作でさらなる深化を試みた。
しかし本作の背景には、ドラマーのパット・トーピーがパーキンソン病を公表したという痛ましい現実がある。
彼は本作でも一部でプレイしているが、サポートとしてマット・スターがドラムを担当している。

アルバムタイトル「…The Stories We Could Tell（語れるはずだった物語たち）」が示すように、
本作には過去への回想と、今なお生きるロックへの誇りが混在している。
派手な技巧を超え、熟成したメロディと歌心で勝負する――
それこそが、2010年代のミスター・ビッグが辿り着いた境地なのだ。

全曲レビュー

1. Gotta Love the Ride

オープニングを飾る爽快なロックナンバー。
イントロのギターリフが軽快に転がり、
“人生の旅そのものを楽しめ”というテーマを力強く歌う。
ビリー・シーンのベースラインがリズミカルに跳ね、再びバンドの息の合った演奏を感じさせる。

2. I Forget to Breathe

ハードロックらしい緊張感を持つ中速ナンバー。
恋に落ちた瞬間の高揚と息苦しさを、
ドラマティックなコード進行で表現している。
エリック・マーティンのヴォーカルは、円熟した温かさを纏いつつも力強い。

3. Fragile

ブルージーなギターイントロから始まる楽曲。
「人は誰も壊れやすい存在だ」というリリックが、
病や衰えを受け入れながらも前に進む決意を暗示している。
サウンドはシンプルだが、歌詞とメロディに深い説得力が宿る。

4. Satisfied

ファンキーなリズムと軽快なコーラスが特徴。
「完璧じゃなくても、今に満足して生きていく」という前向きなテーマが、
バンドの現状と重なる。
ポップで親しみやすく、アルバムの中でもひときわ明るいトーンを放っている。

5. The Man Who Has Everything

しっとりとしたメロディのバラード。
成功を手にしても“心の空白”を埋められない男を描く。
エリックのヴォーカルは情感豊かで、
ポール・ギルバートの繊細なギターが静かな哀しみを添える。

6. The Monster in Me

重低音の効いたヘヴィなトラック。
内面に潜む“怒り”や“衝動”をテーマにしており、
これまでのミスター・ビッグにはなかったダークなアプローチが光る。
モダンロック的なギターサウンドが新鮮だ。

7. What If We Were New?

軽快なポップロックナンバー。
“もしもう一度出会えたら”という仮定形の恋愛歌だが、
その背後には再生とリスタートというメッセージが透けて見える。
アルバムの中で最もキャッチーな楽曲のひとつ。

8. East/West

穏やかなアコースティック・ギターとスライドが印象的な、
カントリー／ブルース寄りの楽曲。
「東と西、どちらにも居場所がある」というリリックは、
グローバルな活動を続けてきた彼ら自身へのセルフリフレクションにも聞こえる。

9. The Light of Day

ライブ映えするハードチューン。
ビリーのタッピング・ベースが炸裂し、
ポール・ギルバートのギターが勢いよく駆け抜ける。
まさに“往年のミスター・ビッグ節”を現代の音像で再現した楽曲である。

10. Just Let Your Heart Decide

メロウなバラード。
“理屈ではなく心で決めろ”というメッセージが、
落ち着いたテンポの中でじんわりと響く。
この曲ではエリックのボーカルの温度感が際立ち、
バンドの人間味が最も濃く表れている。

11. It’s Always About That Girl

90年代のポップロック的キャッチーさが戻ってきたような軽快な一曲。
恋愛の繰り返しをユーモラスに描きながらも、
どこか切なさを残す。
ギターソロではポールの遊び心が炸裂している。

12. Cinderella Smile

ブルースを基調にした温かみのあるロックナンバー。
シンデレラのように夢を追う女性を励ますような優しい楽曲で、
エリックのハスキーな声が心地よく響く。

13. The Stories We Could Tell

アルバムのタイトル曲にして、感動的なクロージング・ナンバー。
“語り合えなかった物語”＝過去の後悔や別れた仲間たちへの想いを込めた楽曲であり、
パット・トーピーの病を知るファンにとっても特別な意味を持つ。
ラストのコーラスはまるで人生の回想のように温かく、静かに幕を閉じる。

総評

『…The Stories We Could Tell』は、ミスター・ビッグのキャリアにおける**“成熟と受容のアルバム”**である。

過去のような爆発的な勢いはない。
だが、そこにあるのは人間としての誠実さと音楽への愛だ。
病気、年齢、別れ――現実を受け止めながらも、
彼らはその痛みを力に変え、穏やかで真摯なロックへと昇華している。

特にエリック・マーティンのヴォーカルには円熟味が増し、
ポール・ギルバートのギターは技術よりも感情を優先している。
そしてビリー・シーンのベースは、低音で全体を包み込むように響く。
4人の間に流れる長年の絆と信頼が音から感じられるのだ。

本作は、若いバンドには出せない深みと温度を持つ。
それは“ロックが人生と共に歳を重ねる”ことの美しさを示している。
タイトル曲「The Stories We Could Tell」が象徴するように、
彼らはこれまでの道のりを語りながらも、
「それでもまだ、この物語は終わっていない」と静かに語りかけてくる。