
発売日: 2017年9月15日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ハードロック
概要
『Concrete and Gold』は、フー・ファイターズが2017年に発表した通算9作目のスタジオ・アルバムである。
前作『Sonic Highways』(2014)でアメリカ音楽のルーツを巡った彼らは、本作でその経験を踏まえつつ、
**“最も重厚でポップなロック・アルバム”**を目指した。
プロデューサーに迎えたのは、グラミー受賞経験を持つポップ界の奇才グレッグ・カースティン(Greg Kurstin)。
アデル、シーア、ポール・マッカートニーなどを手掛けた人物だ。
この異色のタッグによって、フー・ファイターズの轟音にポップの構築美が加わり、
これまでにないスケールと陰影を持つアルバムが誕生した。
タイトルの“Concrete and Gold(コンクリートと黄金)”は、
“堅固さと輝き”――すなわち、絶望と希望、破壊と再生、現実と理想を象徴している。
それは2010年代後半、混迷する世界の中でデイヴ・グロールが感じた「矛盾する人間の二面性」そのものだ。
彼はこう語っている。
“Concreteは社会の冷たさ、Goldは人間の温かさ。
その2つがぶつかり合う場所で、ロックが鳴るんだ。”
まさに『Concrete and Gold』は、
フー・ファイターズが社会的メッセージと音楽的洗練を両立させた、21世紀型ロックの完成形なのである。
全曲レビュー
1. T-Shirt
わずか1分強の導入曲。
アカペラから始まり、徐々に音が膨らみ爆発する構成は“再生”の象徴。
短いながらも、「何もないところから始めよう」という意思が込められている。
2. Run
圧倒的なエネルギーで突き抜けるリードシングル。
穏やかなイントロから一転、ヘヴィメタル級の爆発へ――このダイナミクスこそ本作の真骨頂。
「走れ!」という叫びは、現代社会の停滞への抵抗と覚醒の合図のように響く。
グロールの咆哮はキャリア最高潮の迫力だ。
3. Make It Right
ブルージーなギターリフとソウルフルなコーラスが印象的。
一部ではポール・マッカートニーやジャスティン・ティンバーレイクも録音に参加したと噂され、
ポップとロックの融合を感じさせる軽快なグルーヴを持つ。
「正しさを取り戻せ」というテーマが、時代批評としても鋭い。
4. The Sky Is a Neighborhood
アルバム中でも最も壮大で、精神的な深みを持つ楽曲。
「空はひとつの街」という詩的なタイトルが示すように、
人類全体の共生と不安を宇宙的スケールで描いている。
重厚なコーラスと分厚いギターが、まるで聖歌のような力強さを放つ。
5. La Dee Da
サイケデリックなアレンジが特徴の、異色のパンク・ナンバー。
混沌とした現代社会への風刺を、遊び心あるリズムで包んでいる。
グロールのヴォーカルが狂気すれすれのテンションで走り抜ける。
6. Dirty Water
柔らかなギターアルペジオから始まる美しいミッドテンポ曲。
“濁った水”という比喩で、人間の曖昧さや不完全さを肯定している。
静と動を往復する構成が秀逸で、『Echoes, Silence, Patience & Grace』以降の成熟を感じさせる。
7. Arrows
緊迫したリズムとストリングス的ギターアレンジが印象的。
「矢が飛び交う世界でどう生きるか」というテーマが示すように、
社会の暴力性と個の脆さを描く。
グロールのヴォーカルは痛々しいほど切実。
8. Happy Ever After (Zero Hour)
フォーク調の穏やかなメロディが流れる中、歌詞は静かな絶望を描く。
“ゼロの時代”というフレーズが、現代の虚無を暗示している。
それでもどこかに微かな希望が漂う、優しくも寂しい楽曲。
9. Sunday Rain
テイラー・ホーキンスがヴォーカルを務め、
ポール・マッカートニーがドラムで参加した話題曲。
60年代ロックの香りが漂い、陽だまりのようなリラックス感がある。
ビートルズ的な構成がカースティンの手腕を感じさせる。
10. The Line
高揚感あふれるメロディック・ロック。
「この境界を越えていけ」という歌詞が、自己超越のテーマを強調する。
バンドの結束力が際立ち、ライブでの映えを意識した曲構成となっている。
11. Concrete and Gold
タイトル曲にして、アルバムを締めくくる壮大なスローナンバー。
静かに始まり、重厚なコーラスと分厚いサウンドに包まれて終わる。
“コンクリートと黄金”という対立のメタファーは、
現実の重さと理想の輝きの共存を象徴している。
まるで宗教的祈りのような余韻を残して幕を閉じる。
総評
『Concrete and Gold』は、フー・ファイターズの音楽的到達点を示す壮大なロック・オペラである。
本作では、バンドの特徴である轟音とメロディがより緻密に融合し、
プロデューサー・グレッグ・カースティンの手腕によって、
ポップの構築美とロックの暴力性が同居している。
これは単なる“ハードロック・アルバム”ではなく、
現代社会への寓話であり、音で描く人間の心理地図でもある。
サウンド面では、これまでの作品よりも分厚く、壮大な空間的広がりを持つ。
ストリングス、コーラス、電子的テクスチャーなど、多層的なプロダクションが導入され、
「Run」や「The Sky Is a Neighborhood」ではスタジアム級の迫力を実現。
一方で「Dirty Water」や「Happy Ever After」では、静かな情感が光る。
つまり本作は、フー・ファイターズが築いてきたすべての要素を統合し、昇華したアルバムなのだ。
歌詞面でも、社会の不安、政治的分断、環境破壊などへの暗喩が見られる。
それでも最終的に導かれるのは絶望ではなく、**「人間の中にある希望の光」**である。
それが“Concrete(現実)”と“Gold(理想)”の共存――このアルバムの核心だ。
グロールは本作を「俺たちの時代におけるThe WallやDark Side of the Moonを目指した」と語っており、
その言葉に違わぬ壮大さと思想性を持っている。
『Concrete and Gold』は、
ロックがまだ巨大な物語を語ることができることを証明した作品なのだ。
おすすめアルバム
- Wasting Light / Foo Fighters (2011)
アナログ録音による原点回帰。バンドの結束が頂点に達した一枚。 - Echoes, Silence, Patience & Grace / Foo Fighters (2007)
静と動のバランス、情緒と爆発が見事に共存する名作。 - The Colour and the Shape / Foo Fighters (1997)
バンドの若きエネルギーが凝縮された初期代表作。 - Songs for the Deaf / Queens of the Stone Age (2002)
グロールのドラムが炸裂するハードロックの金字塔。 - The Wall / Pink Floyd (1979)
『Concrete and Gold』の精神的ルーツとも言える、壮大な社会寓話的ロック。
制作の裏側
『Concrete and Gold』の制作は、ロサンゼルスのEastWest Studiosで行われた。
フー・ファイターズはここで、ポップとロックの壁を取り払う挑戦に挑んだ。
グロールはインタビューでこう語っている。
“グレッグ・カースティンのポップセンスと、俺たちのハードロックをぶつけたら何が起こるか試してみたかった。”
結果として生まれたのは、ビートルズ的ハーモニーとブラック・サバス的重量感が共存する“異種交配的サウンド”。
さらに、スタジオ内での偶然の邂逅――ポール・マッカートニーが訪れて即興でドラムを叩いたり、
ジャスティン・ティンバーレイクがコーラスを加えたり――が、作品に独特の化学反応をもたらした。
録音は“オープンドア・セッション”方式で行われ、
アーティスト仲間やスタッフが自由に出入りする開放的な雰囲気の中、
創造と実験が繰り返された。
その結果、完成したアルバムは、スタジオそのものがひとつの生きた生態系のような熱気を持っている。
『Concrete and Gold』は、デイヴ・グロールが自らのキャリアを総括しながら、
「これからのロックがどうあるべきか」を提示した作品である。
冷たく硬い現実の中に、微かに輝く人間の“Gold”を見出す――
それこそが、このアルバムが伝えたかった21世紀のロックの希望なのだ。



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