発売日: 2010年9月27日(UK)、2010年10月5日(US)
ジャンル: エレクトロ・フォーク、オルタナティヴ・ロック、トライバル・ポップ、シンガーソングライター
概要
『Tiger Suit』は、KTタンズタル(KT Tunstall)が2010年にリリースした3作目のスタジオ・アルバムであり、
“ナチュラルとデジタルの融合”を試みた意欲作であり、彼女のキャリアの中でも最も大胆な音楽的冒険を遂げた一枚である。
本作でKTは、「ネイチャー・テクノ(Nature Techno)」と自ら名付けたサウンドスタイルを掲げ、
アコースティック/オーガニックな楽器と、シンセ、プログラミング、リズム・ループを積極的に融合させた。
それは、前作『Drastic Fantastic』のギター中心のロック路線から一転して、“声と音の層”で感情を表現する方向へと深化したアルバムであり、
彼女の持つ叙情性や躍動感に、より“音響的な深さ”を加えた点において、非常にユニークである。
レコーディングはベルリンの“ハンザ・スタジオ”で行われ、
ここでの体験(廃墟感、歴史、異国情緒)もサウンドに影響を与えている。
全曲レビュー
1. Uummannaq Song
グリーンランドの町の名前を冠した冒頭曲。
“叫びたくなる衝動”をテーマにした、原始性と現代性がせめぎ合う1曲。
民族音楽的なパーカッションと力強いリズムが印象的。
2. Glamour Puss
誘惑と虚像を皮肉る、グルーヴィーなエレクトロ・ポップ。
女性らしさの演出に対する挑発的アンサーとも読める、KT流の批評性を秘めた楽曲。
3. Push That Knot Away
感情のしこりや迷いをほどくという、内面の解放をテーマにした力強いアンセム。
エレクトロビートとフォーキーなギターが融合し、まさに“Tiger Suit”的サウンドを体現。
4. Difficulty
軽快なループと不協和音的なサウンドが不安と挑戦を表す。
“物事が難しいときこそ前に進む”というポジティブな諦観が染み渡る。
5. Fade Like a Shadow
アルバムのリードシングル。
“あなたは私の影のように消えていった”という痛みを、ダンサブルなサウンドで昇華した現代的ブレイクアップソング。
6. Lost
アルバム中で最も内省的なバラード。
“迷っている”という感覚をそのまま受け入れる柔らかさが、アコースティックギターとヴォーカルに滲む。
7. Golden Frames
記憶の中にある“額縁に入れたままの過去”をテーマにした、郷愁と痛みの交差する1曲。
記憶にすがることと手放すことのあいだで揺れる心が表現されている。
8. Come On, Get In
本作でもっともロック色の強いエネルギッシュなトラック。
ライブ映え必至のアグレッシブさと開放感が魅力。
9. (Still a) Weirdo
自身の奇妙さを受け入れ、祝福するような可愛らしいエレクトロ・ポップ。
「私はまだ変人だけど、それが私なの」――という等身大の自己肯定。
10. Madame Trudeaux
寓話的な視点で語られる、架空の女性像をめぐるストーリーテリング。
フォークの語りとエレクトロの実験性が交錯する、異色の中編小説のような一曲。
11. The Entertainer
恋人に“エンターテイナー”として扱われることへの哀しみと気づきを歌う、
女性的役割への疑問と、感情の真摯さがにじむ締めのバラード。
総評
『Tiger Suit』は、KT Tunstallがそれまでに築いてきた**“ループ・ペダルのフォークロック・ヒロイン”というイメージを飛び出し、
音と感情の可能性をより自由に探ったアルバム**である。
ルーツ志向からシンセやサンプル、リズム・エディットまでを大胆に導入することで、
フォーク的叙情とデジタル的構築美という相反する要素を見事に融合。
KTの強みである**“直感的で説得力あるボーカル”が、音のレイヤーに包まれることでより感情豊かに響く構成**になっている。
それは同時に、彼女の音楽における“旅の感覚”でもある。
遠く離れた場所、過去の記憶、自己の中にある原始性と理性――それらを音楽という望遠鏡で覗き込み、
“今の私”を確かめるという行為がこのアルバム全体に流れている。
おすすめアルバム(5枚)
- Bat for Lashes『Two Suns』
エレクトロと神話的世界観を融合させた女性アーティスト作品として響き合う。 - Imogen Heap『Ellipse』
テクスチャー豊かなプロダクションとボーカルの融合美。 - Regina Spektor『Far』
実験的なサウンドと童話的リリック、KTの方向転換期と共鳴。 - Lana Del Rey『Born to Die』
ヴィジュアル的で音響的な女性の語りという文脈での比較対象。 -
St. Vincent『Actor』
ギタリストとしてのアイデンティティとアートポップの交差点。
歌詞の深読みと文化的背景
『Tiger Suit』のリリックには、自己受容、境界の越境、そしてアイデンティティの再定義といったテーマが色濃く刻まれている。
「(Still a) Weirdo」では、“変わったままの自分”を否定せず愛することが歌われ、
「Fade Like a Shadow」や「The Entertainer」では、**人間関係における不均衡と“消費される側の痛み”**が語られる。
また、“虎のスーツ”というモチーフそのものが、野性的で強い仮面をかぶりながらも、内面には傷つきやすさや迷いがあるという、
現代の女性的存在の二重性を象徴している。
KTはこのアルバムで、ただサウンドを変えただけではない。
自分という存在を“ジャンルでもロールでもなく、ひとつの“声”として描こうとしたのである。
その声は、時に野生的に、時にナイーヴに響きながら、聴き手に問いかけてくる――「あなたは、あなたのままで生きているか?」 と。
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