
発売日: 2010年9月10日
ジャンル: ポップ・ロック、ソフト・ロック、オルタナティブ
概要
『Science & Faith』は、The Scriptが2010年にリリースした2ndアルバムであり、デビュー作の流れを引き継ぎつつ、よりダイナミックなスケール感と深い感情表現を獲得した作品である。
アイルランド出身のトリオである彼らは、前作『The Script』で「等身大の感情」をポップとロックの枠で描き出すスタイルを確立し、本作ではその手法をさらに進化。
“科学と信仰(Science & Faith)”という哲学的なタイトルの通り、アルバム全体を貫くテーマは、「理性と感情」「現実と希望」「理論と運命」といった人間の内なる二律背反にある。
サウンド面では、ピアノを中心としたエモーショナルな旋律は健在ながら、より洗練されたプロダクションが施され、バンドとしてのスケールが確実に拡大している。
同時に、恋愛や喪失といったテーマを掘り下げるリリックの深みも増しており、特に「For the First Time」や「Nothing」といった楽曲には、パンデミック以前から存在した“時代の孤独”が鮮やかに刻まれている。
デビュー作が“感情の解放”だったとすれば、本作は“感情との対話”といえる。
The Scriptというバンドが、一過性のブームではなく、“語り継がれる存在”へと脱皮した決定的瞬間がここにある。
全曲レビュー
1. You Won’t Feel a Thing
アルバムの幕開けを飾るアップテンポなロックナンバー。
「君が痛みを感じる前に僕がすべてを引き受ける」という献身的なメッセージが力強く、ライブ映えするエネルギーを備えている。
2. For the First Time
代表曲のひとつ。
経済的困難や日常のすれ違いに直面しながらも、「久しぶりに笑い合えた」瞬間を大切にする夫婦の物語が描かれる。
不器用ながらもリアルな愛の形が、美しいメロディと共に胸に残る。
3. Nothing
失恋の痛みを、酔って“電話してしまう夜”という情景に落とし込んだ切なさ全開の名曲。
「僕が君にとって何でもなかったとしたら、それはきっと“何か”だったはずだ」と歌うサビが、あまりに真っ直ぐで胸を打つ。
4. Science & Faith
タイトル曲であり、哲学的なテーマが展開される象徴的ナンバー。
「科学では愛の謎は解けない」というリフレインが、感情の領域に理屈が通用しないことを示す。
The Scriptの“歌詞文学”としての魅力が全開となる楽曲。
5. The End Where I Begin
前作からの再録(UK盤)。
人生の岐路に立つ時、人はどこから始め、どこで終わるのか――という主題を、壮大なサウンドと共に語り直す。
6. Long Gone and Moved On
別れた恋人がすでに前に進んでいるという事実に苦悩する主人公の姿。
淡々とした語り口と裏腹に、内面では渦巻く痛みがにじむ。
7. Dead Man Walking
恋愛によって“生きながらにして死んだような状態”に陥った男の告白。
タイトルの皮肉を内包しつつ、深くメランコリックな世界観を描き出す。
8. This = Love
感情の複雑さを「これが愛だ」と肯定する、温かさと痛みが同居するミッドテンポ。
シンプルな構成ながら、力強いメッセージが宿る一曲。
9. Walk Away (feat. B.o.B)
アメリカのラッパーB.o.Bを迎えた異色のコラボ。
ヒップホップとポップロックの融合は賛否両論あるが、The Scriptの柔軟性を示す試みとして意義深い。
10. Exit Wounds
アルバムのラストにふさわしい、内省的で傷跡を抱えたバラード。
“出口のない痛み”を歌うその声は、静かに、しかし深く突き刺さる。
総評
『Science & Faith』は、The Scriptが“ただの泣きソングバンド”に終わらず、人生そのものを描く語り手として大きく成長したことを証明するアルバムである。
本作の最大の特徴は、楽曲ひとつひとつが物語であり、しかもその物語がリスナー自身の人生にそっと重なるということ。
例えば「For the First Time」は、恋人たちの物語であると同時に、社会が経済的に揺らぐ中で“失われつつある日常”をどう守るかというメッセージにもなっている。
また、ボーカルのダニー・オドノヒューの表現力はさらに磨かれ、囁くような歌声から感情を爆発させるサビまで、そのダイナミクスがアルバム全体を劇的に演出している。
ピアノとギターを基軸にしたサウンドは大きく変わらないが、ストリングスやビートの重ね方がより立体的になり、楽曲の説得力を高めている。
『Science & Faith』は、「理屈では説明できない感情」と「諦めたくない愛」が交差する場所で生まれたアルバムだ。
それは、誰もが一度は経験する“どうしようもない思い”を、言葉とメロディで受け止めてくれるような、静かで温かな傑作なのである。
おすすめアルバム(5枚)
- Snow Patrol『Eyes Open』
感情のドラマ性とストーリーテリング性が共通。ミディアムテンポの名曲多数。 - OneRepublic『Waking Up』
デビュー作以降の進化を遂げたバンドサウンドが、The Scriptの2作目と共振する。 - Coldplay『X&Y』
科学と感情、ロジックと美意識というテーマ性が重なる。壮大なバラードも多く類似性が高い。 - James Blunt『Some Kind of Trouble』
失恋と希望が交差する構成、The Scriptと同じく“等身大の声”で語るスタイル。 - Lifehouse『Smoke & Mirrors』
感情を詩的に描くロックバンドとして、The Scriptと双璧を成す存在。音の輪郭と温度が近い。
歌詞の深読みと文化的背景
『Science & Faith』の歌詞世界には、「答えの出ない問い」と向き合う静かな強さがある。
たとえば、「Science & Faith」では、“心はどこにあるのか?”という究極の命題が扱われる。
これは単なる恋愛ソングにとどまらず、人間の本質や、説明できないものをどう扱うかという哲学的テーマにまで踏み込んでいる。
「Nothing」は、誰もが経験したであろう“失恋直後のやるせなさ”を、リアルな描写と感情のグラデーションで丁寧に描いており、時代や文化を超えて共感される普遍性を持つ。
また、「For the First Time」には、2008年のリーマン・ショック後の経済的ダメージや、その中で人々が日常をどう保ち続けたかという社会的背景も読み取れる。
The Scriptはこうした社会の空気を感情のレイヤーに変換し、普遍的な“人間の物語”として再提示する力に長けている。
つまり、『Science & Faith』とは、感情の不確かさと、それを抱きしめて生きていく人間の美しさを歌ったアルバムなのだ。
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