発売日: 2007年9月3日
ジャンル: ポップ・ロック、フォーク・ロック、オルタナティヴ・ロック
概要
『Drastic Fantastic』は、KTタンズタル（KT Tunstall）が2007年にリリースした2作目のスタジオ・アルバムであり、
アコースティックなフォーク感覚にロックの力強さと煌めくポップの輪郭を重ねた、“大胆で魅力的（Drastic Fantastic）”な進化形ポップロック作である。
2004年のデビュー作『Eye to the Telescope』で一躍ブレイクしたKTは、ループ・ペダルとギター1本でのパフォーマンスというユニークな個性に加え、
“Suddenly I See”のようなフックのある楽曲で広く支持を集めた。
本作ではその魅力を維持しながらも、エレクトリックギターの比重を高め、よりバンド感とエネルギーに満ちたサウンドへとシフトしている。
プロデュースは再びスティーヴ・オズボーン（Steve Osborne）が担当。
“フォークロック”の枠を越え、ギター・ポップ、オルタナティヴ・カントリー、アコースティック・バラードまでを自在に横断するレンジの広さが、
KTの“ジャンルを跨ぐ語り手”としての立ち位置をさらに強固なものにしている。
全曲レビュー
1. Little Favours
恋人に向けてのちょっとした不満と期待を綴る、軽快なポップロック・チューン。
ギターの刻みと軽妙なボーカルが絡み合い、“大げさすぎない本音”が心地よく響く。
2. If Only
壮大なイントロとともに始まる、本作のエモーショナルなハイライトのひとつ。
“もしもあの時…”という後悔と願望の交差点で歌われる、胸に刺さるロック・バラード。
3. White Bird
ミディアムテンポで穏やかに進むが、“私の中の自由な鳥”を解放したいという深層的な願望が込められた一曲。
サウンドもリリックもどこかサイケデリックで夢見心地な印象を残す。
4. Funnyman
少し皮肉を効かせたキャラクター・ソング。
KTらしい**“観察眼とユーモア”が同居する描写力**が光る。
5. Hold On
本作の代表曲。ハンドクラップとシンコペーションが特徴的なダンサブル・トラック。
「つかまって、でも流れに任せて」――という揺れる感情のバランスが、グルーヴと共に踊る。
6. Hopeless
失恋の感情を淡々と受け入れる、“前向きなあきらめ”をテーマにしたバラード。
アコースティックとストリングスの織りなす静かな重厚感が魅力。
7. I Don’t Want You Now
挑発的なタイトル通り、過去の愛への断絶と再生を描いたアップテンポ・ロック。
ギターの厚みとKTの強めのヴォーカルが、“立ち直った女”を高らかに宣言する。
8. Saving My Face
社会的な仮面と自己保持をテーマにした、内省的ながらドライヴ感のある一曲。
“顔を保つ”ことの虚しさと、それでも演じ続ける人間の哀しさを巧みに描写。
9. Beauty of Uncertainty
本作随一の静かなバラード。
不確実さを受け入れる美しさ――という哲学的なテーマが、呼吸するようなメロディに乗せて語られる。
10. Someday Soon
未来の可能性を信じる気持ちと、それを手にするには“今”をどう生きるか――という時間に対する誠実な視線が感じられる曲。
希望の光が差すようなコード進行が印象的。
11. Paper Aeroplane
アコースティックギターと弦楽器が紡ぐ静かな終曲。
手紙のように、空へと放たれる感情と記憶。“風まかせの想い”がテーマの余韻豊かなクロージング。
総評
『Drastic Fantastic』は、KT Tunstallが**“シンガーソングライター”という枠を超えて、“全方位型のロック・アーティスト”としての強度とレンジを獲得した作品**である。
フォーク的な語りの親密さを残しつつ、エレクトリックギターとバンドサウンドで立体感を増し、
それにより、感情の振れ幅や物語の温度感がよりダイナミックに描かれている。
また、楽曲によってはジェンダーや自立、内面の二面性といったテーマが含まれており、
“かわいらしさ”や“癒し”に留まらない、**複雑な“成熟した女性像”**がKT自身の筆致によって浮かび上がる。
その意味で本作は、KT Tunstallがポップ市場の一過性に流されることなく、“ギターを弾き、物語を歌う表現者”としての立場を自ら手繰り寄せた証明なのである。
おすすめアルバム（5枚）
- Sheryl Crow『C’mon, C’mon』
ギター中心のポップロックと女性の感情を描く筆致が共通。 - KT Tunstall『Tiger Suit』
次作でさらにエレクトロニックな実験を加えた、進化の続編的アルバム。 - Michelle Branch『Hotel Paper』
フォークポップからロックへの橋渡し。KTの音楽性に近い空気感。 - Lissie『Catching a Tiger』
ソウルフルな歌唱とロックの力強さ、ストーリーテリングの上手さで共鳴。 -
Alanis Morissette『Under Rug Swept』
ロックの中で感情の機微を掘り下げる、成熟した女性SSWの系譜。
歌詞の深読みと文化的背景
『Drastic Fantastic』の歌詞群は、2000年代後半の女性アーティストたちが向き合っていた、**“自分自身であること”と“求められるイメージとの距離”**を繊細かつ痛快に描いている。
「Saving My Face」では、“誰かに認められる顔”を維持しようとする苦しさが描かれ、
「I Don’t Want You Now」では、失恋を“終わった物語”として切り捨てる強さが言語化される。
また、「Beauty of Uncertainty」では、未来の曖昧さを愛することの大切さが丁寧に表現され、
それは、確実さと即効性ばかりを求める社会への静かなアンチテーゼにもなっている。
このアルバムが“Fantastic”であるのは、派手な夢や奇跡を描いたからではない。
むしろ、現実のなかの矛盾や感情の揺れを、そのまま音楽として肯定したからこそ、“Drastic”なのだ。
KT Tunstallは、この作品で「自分の声で、自分の強さと弱さを両方歌う」ことの価値を改めて提示してみせた。
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