
発売日:2021年10月1日
ジャンル:R&B / Contemporary R&B / Soul
概要
Trying Not to Think About Itは、JoJoが2021年に発表した12曲入りの作品である。本人はEPとして位置づけており、前年のアルバムgood to knowで見せた大人のR&B路線を引き継ぎながら、より明確に不安、抑うつ、自己評価、孤独といった心の状態へ焦点を絞っている。長いキャリアの中で培った強いボーカルを見せること自体より、その声が不安定な心理をどう伝えるかを重視した作品である。
中心的なプロデューサーはD’Mileで、ソウルや90年代以降のR&Bを思わせる温かなコード感と、現代的に整理された低音やドラムを組み合わせている。演奏には十分な厚みがあるものの、JoJoの声を覆い隠すほど音を積まず、ベース、鍵盤、コーラスの隙間が意識的に残されている。そのため、力強い高音だけでなく、低く抑えた声や語尾の揺れ、複数に重ねたハーモニーまで聞き取りやすい。
作品全体は「Anxiety」など短いインタールードを挟みながら進み、心の状態を一つの物語として解決するのではなく、調子の良い時間と悪い時間が繰り返す構成になっている。タイトルの「考えないようにしている」という言葉も、問題を克服した人の視点ではない。考えたくないのに考えてしまう、その循環そのものをR&Bの滑らかなサウンドへ落とし込んだことが、本作の特徴である。
全曲レビュー
1. 「World of Sunshine (Intro)」
柔らかな声と穏やかな音で始まり、タイトルだけを見れば明るい世界への入口のように思える。しかし、その安心感は長く続かず、直後から作品は不安や自己疑念へ向かっていく。独立した楽曲として大きく展開するイントロではなく、心が安定している瞬間を短時間だけ切り取ったような役割を持つ。最初に「sunshine」を置くことで、その後に現れる暗さとの距離が大きく感じられる。
2. 「Anxiety (Burlinda’s Theme)」
タイトル通り不安を前面に置き、頭の中で同じ考えが止まらなくなる感覚を音と言葉の両方で表現する。滑らかなR&Bの伴奏に対して、JoJoのボーカルには落ち着こうとしても落ち着けない緊張が残り、心と身体が別々に動いているように聞こえる。ここで不安は一時的な悲しみではなく、思考の仕方そのものへ入り込む存在として扱われる。作品の中心テーマを早い段階で明確にする曲である。
3. 「Dissolve」
自分の輪郭が薄れていくような感覚を、ゆったりしたビートと滑らかなハーモニーで描く。JoJoは強い声を前へ押し出さず、フレーズの終わりを柔らかく処理することで、タイトルの「溶ける」という感覚を歌唱にも反映させている。人間関係の中で自分を見失うことと、精神的な疲労によって自己認識が曖昧になることが重なって聞こえる。派手なサビより、一定の温度を保つことが曲の心理に合っている。
4. 「Good Enough (Interlude)」
短い時間の中で、「自分は十分なのか」という自己評価の問題を取り出す。フルサイズの楽曲へ展開しないため、結論を出すというより、不意に頭へ浮かんだ疑問がそのまま残される感覚が強い。こうしたインタールードを挟むことで、本作は通常のR&Bアルバムのように独立した曲を並べるだけでなく、思考が断片的に割り込んでくる状態そのものを曲順へ組み込んでいる。
5. 「B.I.D.」
タイトルは「Bitch, I’m Depressed」の略で、深刻な状態をあえて乱暴でユーモラスな言葉に置き換える。落ち込みを美しく演出するのではなく、日常生活の中で何もする気になれない状態や、それを周囲へ説明する面倒さまで含めて扱うところが特徴だ。トラックにはR&Bらしい滑らかさがあり、内容との対照によって重苦しくなりすぎない。自嘲を使いながら、抑うつを単なる気分の悪さとして片づけないバランスがある。
6. 「Feel Alright」
タイトルでは「大丈夫」と言いながら、その言葉を完全には信じ切れていない感覚が曲の底に残る。リズムは比較的軽く、前半の内向的な流れから少し身体を動かせる場所へ移るが、問題が消えたわけではない。JoJoの歌唱も開放的になる一方、細かなハーモニーによって感情に複数の層を作っている。調子の良い瞬間が訪れても、それが永続する保証はないという本作の現実的な心理描写によく合う。
7. 「Fresh New Sheets」
ベッドやシーツという私的な空間を使い、生活を立て直そうとする小さな行動と感情の整理を重ねる。精神状態の回復を壮大な自己変革として描かず、身の回りを整えるような具体的な感覚に落とし込むところが面白い。柔らかなR&Bの伴奏と親密なボーカルによって、リスナーとの距離も近い。身体が触れる日常的なものから心理を描くことで、作品のテーマが抽象論になることを避けている。
8. 「Sugar & Carbs (Interlude)」
食べ物を慰めとして求める行為を題材にした短いインタールードである。不安や抑うつを扱う作品の中に、食欲という非常に日常的な身体反応を入れることで、メンタルヘルスが頭の中だけの問題ではないことを感じさせる。深刻な告白として長く説明するのではなく、少しユーモラスな調子を残しているのも重要だ。重いテーマの連続に小さな呼吸を作りつつ、作品の焦点からは外れていない。
9. 「Spiral SZN」
「spiral」は考えが悪い方向へ連鎖し、抜け出せなくなる状態を指す言葉として使われる。ビートには動きがあるのに、歌詞では思考が同じ場所を巡り続けるため、身体は進んでいるのに頭だけが取り残されるような対比が生まれる。JoJoはリズムへ細かく言葉を乗せながら、コーラスでは旋律を広げる。作品序盤で提示された不安が、ここでは一時的な感情ではなく繰り返すパターンとして現れる。
10. 「Nikki’s Sound Bath (Interlude)」
歌を中心にした通常の楽曲から離れ、音そのものによって気分を切り替える短い区間である。タイトルにあるサウンド・バスのように、響きへ身を預けて思考の速度を落とす役割を持ち、「Spiral SZN」の止まらない内面と対照を作る。アルバムの問題を解決する場面ではなく、苦しい状態の途中で一度休息する方法を示すような配置だ。曲順上の機能が特に大きいインタールードである。
11. 「Worst (I Assume)」
相手が何かを言う前から最悪の可能性を想像してしまう心理を、人間関係の中で具体化した曲である。不安によって相手の行動を否定的に解釈し、その想像がさらに関係を難しくするという循環が描かれる。D’Mileによる落ち着いたR&Bトラックは歌詞の緊張を必要以上に煽らず、JoJoの細かなフレージングを前へ出す。自分の思考パターンを外側から認識しようとする視点があり、本作でも特にテーマが明瞭な一曲だ。
12. 「Lift」
最後は、重さから少し持ち上がるような感覚を持つ曲が置かれる。ここまで描かれた不安や抑うつが突然消えるわけではなく、それらを抱えながら少しだけ上向くことに焦点があるため、安易なハッピーエンドにはならない。JoJoの声は作品序盤より開かれ、ハーモニーも温かな広がりを作る。「治った」と宣言するのではなく、状態は動き得るという可能性を残すことで、アルバムの心理的な流れを静かに閉じている。
総評
Trying Not to Think About Itで特に効果的なのは、JoJoほど技術的に強い歌手が、歌唱力を誇示することを作品の目的にしていない点である。もちろん高音の安定感や複雑なハーモニーは随所で聞けるが、重要なのは小さな声、息を含んだフレーズ、言葉を少し遅らせる感覚まで使って心理を表現していることだ。声が大きくなることだけを感情の高まりとせず、抑制そのものを表現へ変えている。
D’Mileを中心とするサウンドも、その歌唱を支える。温かな鍵盤、丸みのあるベース、細かく整理されたドラムには70年代ソウルや90年代R&Bにつながる感触がある一方、録音は非常に現代的で余白が多い。good to knowで深めた大人のR&B路線をさらに内側へ向け、クラブやラジオでの即効性より、一つの心理状態を維持することを優先した。そのため派手な曲調の変化は少ないが、作品の短さもあって集中力は保たれている。
歌詞では、メンタルヘルスを抽象的な「苦しみ」としてまとめないことが大きな長所である。最悪の結果を勝手に想像する、何もしたくなくなる、食べ物に慰めを求める、生活環境を整えて気分を変えようとする、といった具体的な行動へ落とし込むことで、不安や抑うつが日常へどう現れるのかを描いている。同時に、語り手をJoJo本人のすべてと同一視する必要はなく、個人的な実感をポップ・ソングの語りへ整理した作品として受け取るのが適切だ。
そして本作は、回復を一直線の物語にしない。「Feel Alright」で少し浮上しても「Spiral SZN」で再び思考が悪循環へ入り、「Lift」も完全な解決では終わらない。良くなる日と悪くなる日があり、その間を行き来しながら自分の状態を理解していくという構成だからこそ、タイトルの「考えないようにする」という矛盾した行為が最後まで意味を持つ。JoJoのキャリアの中でも、声の大きさより感情を観察する細かさによって成立した、焦点のはっきりした作品である。
おすすめアルバム
good to know by JoJo
前年のアルバムで、官能的で落ち着いたR&Bサウンドを本格的に押し出した作品。恋愛や自己破壊を扱ったこの作品から、よりメンタルヘルスへ焦点を絞った本作への流れを追いやすい。
Mad Love.
長いレーベル問題を経て発表された2016年作。大規模なポップとR&Bの間を行き来し、JoJoの強いボーカルを前面に出しているため、本作で歌唱がどれほど抑制されたかを比較できる。
Heaux Tales by Jazmine Sullivan
複数の女性の語りとインタールードを組み合わせ、欲望や自己評価、人間関係を現代R&Bとして描いた作品。短い語りをアルバム構成の一部として使う方法が本作とも響き合う。
A Seat at the Table by Solange
心の疲労や自己認識を、余白の大きなソウル/R&Bと短いインタールードでつないだ作品。テーマは異なるが、内面の問題を大げさなドラマにせずアルバム全体の流れで伝える方法に共通点がある。
Over It by Summer Walker
親密なボーカルと抑えた現代R&Bのプロダクションを使い、人間関係から生じる不安や疲労を細かく描く作品。JoJoの方がソウル的な歌唱を強く残すが、感情を叫ばず近距離で伝えるアプローチが本作とつながっている。

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