
発売日: 2019年10月4日(US)
ジャンル: ラテン・ポップ、レゲトン、バチャータ、アーバン・ラテン
概要
『El Negreeto』は、セネガル系アメリカ人アーティストAkonが2019年にリリースしたラテン・ミュージックに特化したスタジオ・アルバムであり、英語圏のスターがスペイン語圏のポップ市場に真正面から挑んだ意欲的プロジェクトである。
このアルバムは、Akonが自身のレーベル「Akonik Label Group」を立ち上げてから初となる作品であり、その中でも「ラテン系音楽に特化したライン(Ke Lo Ke)」からのリリースとなっている。
全体を通してスペイン語が主体となり、レゲトン、バチャータ、ラテン・ポップといったラテンアメリカの主要ジャンルを横断。
ゲストにはAnitta、Becky G、Ozunaといったトップラテンアーティストが多数参加し、**単なるカルチャーの借用にとどまらない、本格的な“ラテン・アーバン作品”**としての完成度を追求している。
タイトルの「El Negreeto」は、Akonが以前から自称していた「Negreeto(黒人のラテン系アイデンティティ)」という造語に由来し、自身の多文化的なルーツを祝福する意味が込められている。
全曲レビュー
Te Quiero Amar(feat. Pitbull)
ラテン・ポップらしいリズミカルなビートに、情熱的な愛の言葉を乗せたトラック。
Akonのスムーズなスペイン語と、Pitbullの定番的な盛り上げが見事に融合し、クラブ映えする1曲。
Bailo Conmigo
「君と踊りたい」というシンプルなメッセージに、官能的で洗練されたレゲトンのビートが絡む。
メロディは非常に耳に残りやすく、Akonの柔らかな歌声が新鮮に響く。
Como No(feat. Becky G)
本作のリードシングルで、Akonのスペイン語とBecky Gのバイリンガルなフロウが絡み合うダンサブルなナンバー。
“どうして君を愛さずにいられる?”というテーマが、情熱的なサウンドで描かれる。
Yes(feat. Farruko)
レゲトン+ダンスホールのフュージョンで、恋と誘惑を歌うアーバン・ラテンチューン。
Farrukoのラップパートがグルーヴに厚みを加える。
Dile
Akonがソロで歌い上げる、哀愁系ラテン・バラード。
愛する人に「彼に言ってくれ(Dile)」と訴えかける内容で、感情のこもったボーカルが光る。
Boom Boom(feat. Anitta)
クラシックな「Bam Bam(Sister Nancy)」のサンプルをベースにした、アップテンポなクラブ・トラック。
ブラジルの歌姫Anittaとの共演が、文化のブレンド感を際立たせる。
Solo Tu
バチャータのリズムを下敷きにした、美しく甘いラブソング。
ドミニカ系音楽への敬意が感じられる仕上がりで、Akonのアフリカン・ルーツと見事に溶け合う。
Besos en la Boca(feat. Ozuna)
AkonとOzunaのドリームタッグによる情熱的なミディアムナンバー。
「唇にキスをするたびに、心が震える」というロマンティックな内容。
二人のボーカルの相性も非常に良い。
総評
『El Negreeto』は、Akonがグローバルアーティストとしてのキャリアを新たな段階に押し上げるための、“文化的ジャンプ”ともいえるアルバムである。
単なるラテン・トレンドの便乗ではなく、アフリカ系アメリカ人としての視点を持ちつつ、スペイン語圏音楽に心からの敬意を払った“文化的架け橋”のような作品に仕上がっている。
彼の声質は元々ラテン・ポップの情熱的なムードと非常に相性がよく、特に「Dile」「Solo Tu」のようなバラードでは、スペイン語の柔らかさとAkonの哀愁が共鳴し、母語ではないにもかかわらず説得力のある歌唱を成立させている。
また、AnittaやOzunaといったラテンアーティストとの協働によって、ジャンル横断的かつ国際的なポップ・ミュージックの可能性が開かれており、“アフロ・ラテン連帯”の象徴的プロジェクトとも読み取れる。
このアルバムは、Akonのキャリアの中でももっとも予想外でありながら、彼の“ボーダレスな音楽観”をもっとも鮮やかに可視化した一作である。
おすすめアルバム(5枚)
- Ozuna / Odisea
メロディックでロマンティックなレゲトン。『El Negreeto』のテイストと親和性が高い。 - J Balvin / Colores
アートとサウンドが融合した現代ラテン・ポップの名作。Akonの色彩感覚と響き合う。 - Romeo Santos / Golden
バチャータの王による傑作。『Solo Tu』が好きなら必聴。 - Maluma / F.A.M.E.
Akonと同じく多面的なポップスター。英語圏とのブリッジとしても参考になる。 - Becky G / Mala Santa
『Como No』で共演したBecky Gの代表作。ラテン・ポップの今を知るのに最適。
歌詞の深読みと文化的背景
『El Negreeto』のリリックは、主に恋愛、欲望、再会といったラテン・ポップの伝統的テーマに沿っているが、Akonという存在がそこに加わることで、“国境と文化を越える愛の歌”としての意味が生まれている。
特に「Besos en la Boca」や「Te Quiero Amar」では、単に言語を変えただけでなく、音楽的・感情的なコードそのものがラテン圏の情熱に寄り添っており、文化的表現の融合が感じられる。
Akonが英語ではなくスペイン語で愛を語るという選択は、単なる音楽的スタイルではなく、“異文化を自分の声で理解しようとする誠意”の表れであり、アフリカン・ディアスポラとラテン世界の接点を音楽を通して可視化する象徴的行為なのである。
『El Negreeto』は、ラテン・ポップという世界最大級の音楽市場における、**“非ネイティブによる挑戦と融合の成功例”**として語り継がれるべき意義深い一作である。
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