1. 歌詞の概要
「Bitches Brewin’」は、Candleboxが1998年にリリースしたサード・アルバム『Happy Pills』に収録された楽曲で、アルバムの中でも特に挑発的かつ妖しげなムードを帯びたトラックである。そのタイトルはジャズ界の金字塔であるマイルス・デイヴィスの『Bitches Brew(ビッチズ・ブリュー)』を想起させるが、ここでの“Brewin’(煮込んでる/魔女が何かを醸している)”という表現は、毒を含んだ人間関係や、心の中で煮えたぎる怒りや欲望のメタファーとして用いられている。
この曲は、恋愛というよりもむしろ情念と支配、裏切りと快楽が複雑に絡み合う関係を描いており、語り手はその関係の中で次第に狂気や中毒性に呑み込まれていく。「Bitches Brewin’」というフレーズが何度も繰り返されることで、聴き手はまるで呪術的な儀式に巻き込まれるような陶酔感を覚える構造となっている。
2. 歌詞のバックグラウンド
1998年の『Happy Pills』は、Candleboxがメジャー・デビューから数年を経て、バンドとしての内外の葛藤や成熟、音楽性の拡張を試みたアルバムであり、その中で「Bitches Brewin’」はよりブルースやファンクに接近したアプローチを見せている。これは従来のグランジ的サウンドに留まらず、アメリカ南部的な泥臭さやスモーキーな退廃感を導入した試みでもある。
この曲では、明確なストーリー性よりも情景や感情の断片を投げかける手法がとられており、リスナーは言葉の意味よりもリズムと語感、空気の重さを体感する。まさに“魔女が何かを煮込んでいる”ような、不穏で官能的な雰囲気が、トーン全体を支配している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Bitches Brewin’」の印象的なラインを抜粋し、英語と日本語訳を併記する(出典:Genius Lyrics):
She’s got me in the kitchen / Stirrin’ up the heat
「彼女は俺をキッチンに引き込んで
火をかき混ぜてるんだ」
She’s got that voodoo / In her fingertips
「彼女の指先にはヴードゥーが宿ってる」
Bitches brewin’, yeah / Bitches brewin’
「魔女が煮込んでる、そう
どんどん毒が煮詰まってく」
I’m addicted to the flame / I keep getting burned
「炎に中毒になってしまった
火傷してもやめられない」
ここで描かれる“彼女”とは、単なる人物ではなく、中毒性のある愛、欲望、あるいは感情そのものを擬人化した存在とも読める。そのタッチひとつで心が引き寄せられ、抜け出せない熱に焼かれてしまう語り手の姿は、快楽と破滅が紙一重であることを象徴している。
4. 歌詞の考察
「Bitches Brewin’」は、Candleboxが持つ文学的な暗喩と肉感的なグルーヴが融合した作品であり、リスナーは曲の中で**一種の“感情のトリップ”**を体験することになる。
この曲の核心は、恋愛の破綻でも、怒りの爆発でもない。むしろそれは、魅了されていながら滅びへと向かっていく自覚的な中毒状態である。「魔女(bitch)」という単語には、性的・感情的な強者である女性像が投影されており、語り手はそれに抗えず、望んで堕ちていく。
音楽的にもこの曲は、ファンキーでサイケデリックなグルーヴを軸に構成され、緊張感のあるギターリフ、リズムの反復、呪文のようなサビによって、聴き手の意識を麻痺させるような効果を持っている。歌詞の“毒”がサウンドにまで染み込んでおり、全体として儀式的、トランス的なエネルギーに満ちている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Black Velvet by Alannah Myles
女性的な魔性と南部ブルースの濃密な雰囲気が融合したセクシュアル・ロック。 - Spoonman by Soundgarden
プリミティブなリズムと呪術的ボーカルが交錯するグランジの異端。 - Supernaut by Black Sabbath
ヘヴィな反復と快楽的フレーズで中毒性を生み出す、ヘヴィロックの原点。 -
Dragula by Rob Zombie
インダストリアルなビートとゴシック的なイメージを融合させた狂騒のロック。 -
Voodoo by Godsmack
ヴードゥー文化をモチーフにした低音主導のトライバル・ハードロック。
6. “甘美な毒は、いつもキッチンで煮詰まっている”
「Bitches Brewin’」は、中毒的な人間関係と破滅への陶酔を、ブルースとグランジのブレンドで描いた怪作である。魔女が何かを煮込み、語り手がそれを自ら飲み干し、炎に焼かれても離れられない——そこにあるのは、倫理や理性を超えた本能と欲望の闇だ。
Candleboxはこの曲で、単なる“恋の歌”ではなく、感情に呑まれることの快楽と恐怖を描いてみせた。聴き終えたあとに残るのは、汗ばむような緊張感と、抜けきらない陶酔。あなたがどんな「ブリュー」に魅せられているかを問いかけるように、「Bitches Brewin’」は今日も不穏に煮えたぎっている。欲望も、痛みも、すべてを混ぜて。
コメント