
1. 歌詞の概要
「Cash Cow(キャッシュ・カウ)」は、We Are Scientists(ウィー・アー・サイエンティスツ)が2005年に発表したデビュー・アルバム『With Love and Squalor』に収録された楽曲であり、見返りのない献身、都合よく利用される関係性への苛立ちと諦めを、ひねりの効いた比喩とクールなギター・ロックで描いた、陰りのある中毒性をもった一曲である。
「Cash Cow」とは直訳すれば「金のなる木」。
本来は安定して利益をもたらす存在を意味するビジネス用語だが、この曲ではそれが皮肉な意味で使われており、”自分は誰かの欲求を満たすためだけの都合の良い存在”だという苦い自己認識を表している。
語り手は、自分が与えてばかりの関係のなかで、「搾取されている」と感じながらも、その構造から逃れられない。
それは恋愛にも友情にも当てはまる、一方通行の情熱と報われなさを歌った、切実なテーマのロックソングである。
2. 歌詞のバックグラウンド
『With Love and Squalor』は、We Are Scientistsのメジャーデビュー作であり、2000年代のポストパンク・リバイバルの潮流に乗って世界的に注目を集めた作品である。
「Cash Cow」はアルバムの中でも特にミドルテンポでじっくりと展開する楽曲で、アルバムの中盤にひとつの“影”を落とすような存在として機能している。
この曲では、バンド特有のユーモアはやや抑えめになっており、代わりに皮肉と倦怠が色濃く滲んだ歌詞と、感情を抑えたヴォーカルが際立つ。
ギターは鋭さを保ちながらも、リフがどこか反復的で、“同じループに囚われている”というテーマをサウンド面でも表現している。

3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に印象的なフレーズを抜粋し、和訳を紹介する。
“I never knew you / You were a cash cow”
「君のことを本当は知らなかった / 君は“金のなる木”だったんだ」
“Give me some credit / For giving you all of me”
「全部を君に捧げたんだから / 少しぐらい感謝してくれてもいいだろう?」
“You’re always laughing / But I don’t get the joke”
「君はいつも笑ってるけど / 僕にはその冗談が分からない」
“It’s not a habit / If it happens just once”
「1回だけなら、それは“癖”なんかじゃないだろ?」
歌詞全文はこちら:
We Are Scientists – Cash Cow Lyrics | Genius
4. 歌詞の考察
「Cash Cow」が描いているのは、“関係性の搾取”という現代的なテーマである。
それは恋人かもしれないし、友人かもしれないし、あるいは自分の所属するコミュニティ全体かもしれない。
語り手は、誰かの利益や満足のために自分を差し出しながらも、その見返りが得られないまま、むなしくなっている。
「君のことを知らなかった」と告げる冒頭のラインは、自分が見ていた相手像が幻想だったという目覚めを意味し、そこから一気に感情のトーンが冷めていく。
「Give me some credit」という一言には、せめて“ありがとう”ぐらい言ってくれてもいいのにという痛みと皮肉が込められている。
また、「It’s not a habit if it happens just once」という言葉には、誰かの行動の裏にある無意識の反復性を暴き出す冷静な視点がある。
自分が利用されていたことに気づいたとき、過去のあらゆる場面が別の意味を持ち始める――そうした**“後から気づく傷”**が、この曲には重くのしかかっている。
それでもこの曲は、怒りや泣き言ではなく、冷静な分析と乾いた観察の視点で描かれている。
そこがWe Are Scientistsの音楽らしいところであり、自意識とユーモアのちょうど中間地点にある。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- This Charming Man by The Smiths
搾取される側の視点から、優雅に皮肉をこめて描かれた関係の不均衡。 - Maps by Yeah Yeah Yeahs
愛しさと見返りのなさに揺れる感情を、切実に吐き出したエモーショナルな名曲。 - You Don’t Know What Love Is (You Just Do As You’re Told) by The White Stripes
自己中心的な愛と、受け身な自分への問いをぶつける、シンプルだが鋭いメッセージ。 - Girls & Boys by Blur
使い捨ての関係性と、感情の軽視を、ダンスビートに乗せて風刺的に描いたUKロック。 - You Only Live Once by The Strokes
社会や他者に利用されながらも、人生を生き切ろうとするシニカルで開き直ったメッセージ。
6. “優しさのつもりが、利用されていた”
「Cash Cow」は、与えたつもりの優しさが、実はただ“都合よく使われていただけ”だったと気づく瞬間の、静かな衝撃を描いた曲である。
この曲は、“いい人”でいることに疲れた人にこそ響く。
そして、優しさが報われないなら、もう一度その関係を見直してもいいんじゃないか――そんなメッセージを、ユーモアに包みながらも真剣に投げかけてくる。
怒りでも悲しみでもなく、淡々と「そうか、自分は“キャッシュ・カウ”だったのか」と気づいたその瞬間に、この曲はそっと寄り添ってくれる。
それは、“目が覚める”ことの痛みと解放を、見事に音楽化した静かな名曲である。
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