
発売日: 1996年6月18日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、パワー・ポップ、インディー・ロック
概要
『High/Low』は、ニューヨークのオルタナティヴ・ロックバンドNada Surfが1996年にリリースしたメジャーデビュー・アルバムであり、彼らの名前を一躍シーンに知らしめた代表作である。
このアルバムは、MTVで頻繁にオンエアされたスマッシュヒット「Popular」の爆発的な人気により、一躍バンドを90年代後半の“ワンヒット・ワンダー”的存在として記憶させるきっかけとなった。
だが実際には、ただの流行曲にとどまらず、『High/Low』は青さ、憂い、ポップな高揚感と内省的なメランコリーを絶妙にブレンドした、“ギターポップ以降のグランジ”とも言える作品である。
プロデュースは、The Carsのフロントマンであり、Weezerの1stアルバムを手がけたリック・オケイセック。
その影響もあり、本作にはパワー・ポップ的な整理されたサウンドと、90年代インディーならではのラフな感触が共存している。
タイトルの「High/Low」は、感情の振れ幅、ティーンの情動、人生の波を象徴する二項対立であり、そのテーマは全編にわたって貫かれている。
全曲レビュー
1. Deeper Well
アルバムの幕開けを飾る、ダウナーなグルーヴのロックナンバー。
「より深い井戸へ」というタイトルが示すように、自己探求と不安の深みに沈んでいくような感覚がある。
2. The Plan
キャッチーでギター・ポップ的な感触のあるアップテンポな一曲。
人生設計や未来予想図を茶化すようなリリックが、若者らしい反抗と諦念を滲ませる。
3. Popular
Nada Surf最大のヒット曲。
高校生活の“人気者になる法則”をナレーション風に読み上げる皮肉な構成で、当時のティーン文化を風刺する。
シンプルな3コードのロックだが、その爆発力と社会的共鳴は時代を超える。
4. Sleep
スロウで繊細なギターリフが印象的なバラード調トラック。
眠りへの憧れと現実逃避が交錯する、柔らかくも切実なナンバー。
5. Stalemate
ミッドテンポの重たいナンバー。
関係性の行き詰まりを描いた歌詞が、単純な恋愛ソングを超えて響く。
6. Treehouse
ポップで遊び心のあるギターとリズム。
“ツリーハウス”という子ども時代の象徴を用いながら、失われた無垢さをノスタルジックに描く。
7. Icebox
スピード感ある演奏が光る、パワー・ポップ色の強いトラック。
“感情を凍らせる”という比喩が現代的な感覚を帯びる。
8. Psychic Caramel
ややサイケデリックな響きを持つ中盤のスロウ・ナンバー。
「精神的なキャラメル」という象徴的な表現が、夢と現実の曖昧さを描く。
9. Hollywood
“ハリウッド”を舞台に、幻想と欺瞞を対比させた風刺的な楽曲。
ナード視点で見るアメリカン・ドリームの裏側。
10. Zen Brain
アルバムを締めくくるにふさわしいエモーショナルなナンバー。
“禅的な頭脳”というタイトルが示すように、冷静さと混乱の間を行き来する心理が描かれている。
総評
『High/Low』は、“Popular”のヒットによってしばしば一発屋のイメージを持たれることが多いが、実際には90年代後半のギター・ロックの佳作として高い完成度を誇る作品である。
グランジの終息とポップパンクの隆盛の狭間に生まれたこのアルバムは、そのどちらにも属さない中間領域、すなわち“ナード的感性に根ざしたポップ・ロック”という独自の立ち位置を確立していた。
また、プロデューサーのリック・オケイセックによる明快なアレンジと、バンドの内省的なソングライティングが見事に噛み合っており、粗削りでありながらも計算されたバランスが魅力。
とくにMatthew Cawsのボーカルは、叫ばず、囁かず、その“中間音域”で真っ直ぐに感情を届けるスタイルが新鮮だった。
時代の波に乗りきれなかった不器用さも含めて、『High/Low』は“90年代オルタナ世代の感情のスナップショット”であり、青春のほろ苦さと混乱を音に閉じ込めたような一枚である。
おすすめアルバム(5枚)
- Weezer / Weezer (Blue Album)
同プロデューサーによるギターポップの金字塔。ナード感とポップ感のバランスが酷似。 - Sebadoh / Harmacy
内省的でインディー・ロック的な感性が共鳴する90年代の名盤。 - Ash / 1977
青春の衝動とポップなメロディの融合。Nada Surfと同じ温度感を持つ。 - Fountains of Wayne / Fountains of Wayne
“ダサさ”と“切なさ”の間を行き来するポップ職人の初期作。 - Superdrag / Regretfully Yours
ややハードなパワー・ポップで、時代的にも『High/Low』とシンクロするエネルギーを持つ。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『High/Low』は、Nada SurfがElektra Recordsと契約後、リック・オケイセックを迎えてニューヨークでレコーディングされた。
MTVとオルタナティヴ・ロックの黄金時代を背景に制作された本作は、意外にも低予算かつ短期間で完成された作品であり、バンドにとっては“夢のような現実”だったという。
「Popular」のミュージックビデオがヒットしすぎたことで、以降のキャリアに影を落とすことにもなったが、バンド自身はこのアルバムを「自分たちの精神的出発点」と位置づけている。
『High/Low』は、はじまりの音。
ティーンの不安とポップの夢が交差する場所で鳴らされた、“知性ある若者たちのロックンロール”の原点なのである。
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