
発売日:2024年5月3日
ジャンル:オルタナティブ・ロック/ポップ・ロック/パワー・ポップ/アダルト・オルタナティブ
概要
Better Than Ezraの『Super Magick』は、2014年の『All Together Now』以来、およそ10年ぶりとなったスタジオ・アルバムである。1990年代のアメリカン・オルタナティブ・ロックを代表するバンドのひとつが、長いキャリアのなかで培ってきたメロディー感覚を維持しながら、現代的なポップ・ロックへ自然に接続した作品となっている。
Better Than Ezraはニューオーリンズを拠点に活動を開始し、1990年代半ばに「Good」のヒットによって広く知られるようになった。彼らの音楽は、同時代のグランジやヘヴィなオルタナティブ・ロックとは少し異なり、ギターを中心としながらもパワー・ポップ、カレッジ・ロック、フォーク・ロックの要素が強かった。
1995年にメジャー流通された『Deluxe』、続く『Friction, Baby』などでは、Kevin Griffinの親しみやすい歌声とメロディー、軽快なギター、そして日常生活に根ざした歌詞によって独自のポジションを確立した。
『Super Magick』では、その基本的なスタイルを無理に変えることなく、音響面を2020年代のポップ・ロックへ更新している。
最大の特徴は、キャリア30年以上のバンドとは思えないほどサウンドが軽快であることだ。
ギターは存在感を持つが、1990年代的なオルタナティブ・ロックの粗さをそのまま再現するわけではない。リズムはコンパクトに整理され、シンセサイザーや現代的なポップ・プロダクションも違和感なく取り入れられる。
その一方、Kevin Griffinの作曲は依然として「歌」を中心にしている。
大きな実験性よりも、短いイントロ、明確なヴァース、覚えやすいサビという構造を重視する。
この点ではCheap TrickやTom Petty、Crowded Houseなどのパワー・ポップ/クラシック・ポップの伝統と、1990年代オルタナティブ・ロックの間に位置してきたBetter Than Ezraらしさが変わっていない。
タイトルの『Super Magick』という言葉も興味深い。
“magic”ではなく“magick”と綴ることで、普通の「魔法」より少し奇妙で、意識的な非日常性を感じさせる。
長く活動しているバンドにとって、再びスタジオに入り、新しい曲を作り、同じメンバーと音楽を続けること自体が一種の「魔法」のような行為とも考えられる。
本作には、若者特有の破滅的な焦燥よりも、人生を長く生きた後だからこそ生まれる感謝、偶然、関係の持続、時間の有限性といったテーマが目立つ。
だからといって落ち着きすぎることもない。
Better Than Ezraは本作で「ベテランらしい重厚さ」を演出するより、むしろ若々しいポップ・バンドとして鳴ることを選んでいる。
そこが『Super Magick』最大の魅力である。
全曲レビュー
1. Mystified
アルバムの方向性を象徴する「Mystified」は、Better Than Ezraが2020年代にも十分に機能するポップ・ロック・バンドであることを示した楽曲である。
タイトルの“mystified”は「困惑した」「理解できず魅了された」といった意味を持つ。
誰かの存在や人間関係について、完全に理解することはできない。
しかし理解できないからこそ惹かれる。
その感覚が楽曲の中心にある。
サウンドは非常に明快で、ギター・ロックの推進力と現代的なポップの滑らかさが共存する。
Kevin Griffinのヴォーカルも、1990年代の作品に比べると年齢相応の落ち着きを持ちながら、サビでは依然として軽快に伸びる。
Better Than Ezraの得意とする「少し切ないのに明るく聞こえる」ポップ・ソングの構造がよく表れた一曲である。
2. Live a Little
「Live a Little」は、タイトル通り「もう少し人生を楽しもう」という考えを中心にした楽曲である。
若い時期にこの言葉を歌えば、無謀さや衝動の肯定になりやすい。
しかし長いキャリアを持つBetter Than Ezraが歌うことで意味が変わる。
時間には限りがある。
仕事や責任に追われるだけではなく、少しだけ自由になってもいい。
そのような成熟した人生観が背景にある。
音楽は明るく、ドライヴ感のあるポップ・ロックとして仕上げられている。
極端なドラマを作らず、日常のなかで少しだけ生活のペースを変えるという歌詞のスケールに合ったアレンジである。
本作全体に流れる「人生を大げさに変えるのではなく、現在をもう少し肯定する」という姿勢を代表している。
3. Contact High
「Contact High」は、『Super Magick』のなかでも特にタイトルの言葉遊びが印象的な楽曲である。
“contact high”は、本来は薬物を使用している人のそばにいることで自分まで高揚した気分になる状態を指す俗語である。
ここではそれを、人間同士の接触や恋愛関係によって得られる高揚感へ置き換えている。
つまり相手そのものが一種の刺激になる。
誰かのそばにいるだけで気分が変わる。
普通の場所が特別に見える。
このようなラヴ・ソング的な発想を、Better Than Ezraは過剰にロマンティックにはしない。
むしろ軽快なポップ・ロックとして処理することで、恋愛の楽しさと一時的な高揚を自然に表現する。
ギターとリズムのバランスも良く、1990年代のパワー・ポップ感覚を現代的に更新した一曲である。
4. Grateful
「Grateful」は、本作の成熟したテーマを象徴する楽曲である。
タイトルは「感謝している」。
長いキャリアを持つアーティストにとって、「感謝」というテーマは容易に自己満足的になり得る。
しかしBetter Than Ezraは、大げさな人生訓ではなく、日常生活のなかに存在する小さなものへ視線を向ける。
若い頃には当然だと思っていたことも、時間が経つと永続しないことが分かる。
友人。
家族。
恋愛。
音楽。
身体。
仕事。
それらがいつまでも同じ形で存在する保証はない。
だからこそ、現在存在していること自体に価値がある。
この考え方は『Super Magick』全体に共通している。
サウンドも重々しいバラードではなく、ポップ・ロックとして軽やかに提示されるため、テーマが説教的にならない。
5. Super Magick
タイトル曲「Super Magick」は、アルバムの思想を象徴するナンバーである。
ここでいう“magick”は、現実離れしたファンタジーというより、「偶然うまくいく瞬間」や「説明できない人間同士のつながり」を指しているように機能する。
長く人生を生きていると、すべてが計画通りに進むわけではないことが分かる。
偶然誰かと出会う。
想定していなかった仕事が始まる。
予期せず関係が続く。
失敗したと思った出来事が後になって重要だったと分かる。
そうした説明不能な出来事を「魔法」と呼ぶことには、Better Than Ezraらしい軽さがある。
音楽的にも、神秘的な大作へ向かうのではなく、キャッチーなポップ・ロックとしてまとめられる。
タイトルの大きさに対して曲そのものは親しみやすく、このバランスがバンドの美学をよく示している。
6. Crazy Lucky
「Crazy Lucky」は、「信じられないほど運がいい」という感覚を表現した楽曲である。
『Super Magick』では「Grateful」と並んで、人生の偶然を肯定的に捉える視点が強く現れる。
重要なのは、運の良さを成功や金銭だけに結びつけていないことである。
誰かに出会ったこと。
関係が続いていること。
自分が今も好きなことをしていること。
そうした出来事自体が“crazy lucky”なのだという視点がある。
Better Than Ezraは90年代に大きなヒットを経験したバンドだが、その後も長期間活動を継続してきた。
そのキャリアを背景に聴くと、このタイトルにはバンド自身への自己言及的な意味も感じられる。
しかし曲は回顧録にはならない。
あくまで現在形のポップ・ソングとして鳴る。
そこに本作の若々しさがある。
7. Omens
「Omens」は、アルバムの明るい雰囲気のなかに少し影を加える楽曲である。
“omen”は「前兆」「兆し」。
人間は偶然の出来事のなかに意味を探す。
良いことが起こりそうな兆候。
悪いことが起こりそうな違和感。
科学的には説明できない小さな出来事を、自分の未来と結びつけてしまう。
これは「Super Magick」というアルバム・タイトルとも深く関係している。
偶然をただの偶然として扱うのか。
それとも何かのサインとして読むのか。
Better Than Ezraはこの問いを、深刻な神秘主義へ進めるのではなく、日常的な心理として扱う。
サウンドには少し不穏な色彩が加わり、アルバムの明るさを単調にしない役割も果たしている。
総評
『Super Magick』は、Better Than Ezraのキャリアにおいて「過去を再現すること」と「現在へ適応すること」のバランスが非常にうまく取れた作品である。
1990年代に成功したオルタナティブ・ロック・バンドが、2020年代に新作を出すときには大きく二つの方向が考えられる。
ひとつは、全盛期の音を意図的に再現すること。
もうひとつは、現在の流行へ大胆に接近すること。
『Super Magick』は、そのどちらにも完全には進まない。
ギター。
キャッチーなサビ。
少し切ないメロディー。
Kevin Griffinの親しみやすい声。
これらBetter Than Ezraの基本要素は維持される。
しかしプロダクションは明らかに現代的である。
低音は整理され、リズムはタイトで、必要な場所には電子的な処理も自然に入る。
つまり「90年代のバンドが現代風の服を着た」というより、もともとBetter Than Ezraの音楽が持っていたポップ性を2020年代の録音技術で磨き直している。
これは彼らにとって非常に自然な選択である。
Better Than Ezraはそもそも、最もヘヴィなグランジ・バンドではなかった。
1990年代にオルタナティブ・ロックとして分類されながら、その本質にはパワー・ポップがあった。
明確なメロディー。
短い曲。
コーラス。
コード進行。
ラジオで一度聴いて覚えられるフック。
そのためグランジという時代的な枠組みが消えた後でも、彼らのソングライティングは比較的古びにくい。
この点で、Gin Blossoms、Toad the Wet Sprocket、Semisonicなど、1990年代アメリカン・オルタナティブのなかでもメロディーを重視したバンド群との共通点がある。
『Super Magick』が証明するのは、その系譜の音楽が単なる90年代ノスタルジーではないということである。
強いメロディーは時代をまたぐ。
もちろんサウンドの質感は変わる。
ドラムの録音。
ギターの歪み。
ヴォーカル処理。
ミックス。
それらは時代によって変化する。
しかし「サビへ到達したときに曲が開く」というポップ・ソングの基本的な快楽は変わらない。
Better Than Ezraはそのことをよく理解している。
また、本作の歌詞が若さを装っていない点も重要である。
長いキャリアを持つロック・バンドが若者と同じ題材を同じ視点で歌えば、不自然になることがある。
『Super Magick』では、時間を重ねた人間だからこそ自然に歌える感情が中心となる。
感謝。
偶然。
人生を少し楽しむこと。
誰かとの関係が続いていること。
未来を完全には予測できないこと。
こうしたテーマは、10代や20代の切迫した青春とは異なる。
しかし、それを「成熟した大人の音楽」として重く演出しないところがBetter Than Ezraらしい。
「Live a Little」というタイトルが象徴している。
人生を完全に変えろとは言わない。
すべてを捨てて冒険しろとも言わない。
少しだけ生きてみる。
少しだけ楽しむ。
その控えめさが、本作の価値観をよく表している。
「Grateful」や「Crazy Lucky」も同じである。
成功を大声で誇示するのではなく、「今ここにいるのは、意外に幸運なのかもしれない」と考える。
この視点は、1990年代に大きな成功を経験し、その後も活動を続けてきたバンドだからこそ説得力を持つ。
一方で、アルバムは過去を美化するノスタルジー作品でもない。
これは重要である。
Better Than Ezraが『Deluxe』のようなアルバムをもう一度作ろうとした形跡は薄い。
「Good」の続編を狙うこともない。
むしろ現在の自分たちが自然に書けるポップ・ロックを作る。
その姿勢によって、『Super Magick』は「再結成バンドの新作」のような後ろ向きな印象を持たない。
Better Than Ezraは解散と再結成を繰り返す懐古的な存在ではなく、長く継続してきたバンドである。
その継続性そのものが本作の強みになっている。
音楽史的に見ると、彼らが登場した1990年代半ばのオルタナティブ・ロックは、非常に多様だった。
NirvanaやPearl Jamのようなグランジ。
Smashing Pumpkinsの壮大なオルタナティブ。
Nine Inch Nailsのインダストリアル。
R.E.M.のカレッジ・ロック。
そしてBetter Than EzraやGin Blossomsのようなメロディックなギター・ポップ。
後世になると「90年代オルタナティブ」という一つのカテゴリーへまとめられやすいが、実際には大きく異なる音楽が共存していた。
Better Than Ezraは、そのなかでも最も「歌」を重視した側にいた。
だからこそ『Super Magick』でも、時代の音響変化へ対応しながら本質が失われない。
Kevin Griffinのソングライティングも大きな要素である。
彼はBetter Than Ezra以外にも作家として活動してきた人物であり、ポップ・ソングの構造への理解が深い。
そのため本作の楽曲には無駄が少ない。
長いインストゥルメンタルによってドラマを作るのではなく、メロディー、コード、歌詞、リズムで効率的に感情を動かす。
この技術はベテランだからこそのものでもある。
若いバンドの場合、アイデアを多く入れることで個性を示そうとすることがある。
Better Than Ezraは逆である。
必要なものだけを残す。
その結果、アルバムは軽く聞こえる。
しかしその軽さは単純さではなく、経験による整理である。
『Super Magick』というタイトルにも、そうした姿勢が現れている。
魔法とは複雑なものに見える。
しかし実際には、良い曲が成立する瞬間は非常に単純かもしれない。
コードが合う。
メロディーが出る。
バンドの演奏が噛み合う。
歌詞の一行が正しい場所へ入る。
なぜうまくいったのか完全には説明できない。
それを“magick”と呼ぶ。
長く音楽を作り続けても、その説明不能な瞬間は残る。
むしろ経験を重ねたからこそ、すべてを技術だけで説明できないことが分かる。
その感覚が、本作のタイトルにはよく似合う。
また、『Super Magick』はベテラン・ロック・バンドがどのように年齢を重ねるかという問題に対する、ひとつの回答でもある。
過去の自分と競わない。
若者を模倣しない。
「大人らしさ」を過剰に演出しない。
自分たちが得意なことを、現在の環境で自然に鳴らす。
この方法によって、Better Than Ezraは新作を「キャリアの付録」にせず、独立した作品として成立させている。
『Super Magick』は、『Deluxe』のように1990年代オルタナティブ・ロックの歴史そのものを代表する作品ではない。
しかし、それは本作の目的でもない。
これは、長期間活動してきたバンドが、過去の成功を背負いながらも現在形のポップ・ロックを作ることができると示したアルバムである。
「Mystified」の軽快さ。
「Live a Little」の人生観。
「Contact High」の恋愛的な高揚。
「Grateful」の感謝。
「Crazy Lucky」の偶然への肯定。
そしてタイトル曲に表れる説明不能な「魔法」。
これらを通じて浮かび上がるのは、「人生は完全には計画できないが、それでも楽しめる瞬間はある」という視点である。
若い頃のBetter Than Ezraが日常の不安や恋愛をギター・ポップへ変換していたとすれば、『Super Magick』は、その日常を数十年生き続けた後に作られた作品だ。
大きな革命ではない。
しかし、そこには継続すること自体の価値がある。
その意味で『Super Magick』は、Better Than Ezraの長いキャリアを現在へ接続する、軽やかで誠実なポップ・ロック作品である。
おすすめアルバム
1. Better Than Ezra – Deluxe(1993/1995)
Better Than Ezraの出世作。「Good」「In the Blood」などを収録し、1990年代アメリカン・オルタナティブ・ロックのなかでも特にメロディーを重視したスタイルを確立した。『Super Magick』と比較すると、バンドの基本的なポップ感覚が30年近く変わっていないことが分かる。
2. Better Than Ezra – Friction, Baby(1996)
『Deluxe』の成功後に制作され、より厚いギターと洗練された作曲を展開した作品。90年代オルタナティブらしい質感を持ちながら、Kevin Griffinのメロディーメーカーとしての才能がさらに前面に出ている。
3. Gin Blossoms – New Miserable Experience(1992)
「Hey Jealousy」「Found Out About You」などを収録した、90年代メロディック・オルタナティブの代表作。ギター・ロックの簡潔さ、少し切ないメロディー、ラジオ・フレンドリーなサビという点でBetter Than Ezraとの共通点が大きい。
4. Toad the Wet Sprocket – Dulcinea(1994)
フォーク・ロック、カレッジ・ロック、オルタナティブ・ロックを融合した作品。Better Than Ezraより内省的だが、1990年代アメリカのギター・ポップが持っていたメロディー重視の側面を理解するうえで重要な比較対象となる。
5. Semisonic – Feeling Strangely Fine(1998)
「Closing Time」で知られるSemisonicの代表作。パワー・ポップ的な明快なサビと、大人の人間関係を扱う歌詞を両立しており、『Super Magick』の成熟したポップ・ロック感覚と関連性が高い。ベテランのソングライターが簡潔なギター・ポップのなかに人生経験を組み込む方法を比較するうえでも適した作品である。

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