アルバムレビュー：30 Goes Around the Sun by The Wonder Stuff

発売日: 2016年3月18日
ジャンル: オルタナティブロック、インディーロック、フォークロック

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
歌詞の深読みと文化的背景

概要

『30 Goes Around the Sun』は、The Wonder Stuffの結成30周年を記念して2016年にリリースされた9枚目のスタジオ・アルバムであり、長いキャリアを経た彼らが“自らの歩み”と“変わりゆく時代”を重ね合わせて振り返る、静かに情熱的なセルフ・ポートレートである。

タイトルの「太陽のまわりを30回まわった」とは、単に時間の経過を示すだけでなく、その歳月の中で変わったもの、変わらなかったもの、そしていま鳴らせる音とは何かを問い直す詩的な表現である。
アルバムには新しいメンバー編成が反映され、特にエミリー・キスのフィドルとバックボーカルが、かつてのフォークロック的感触を再び前景化させており、初期The Wonder Stuffのファンにも新鮮に響く。

過去をなぞるでもなく、未来に媚びるわけでもない。
この作品は、“いま、ここで生きる自分たちの声”を鳴らすことに徹したロックバンドの誠実な記録である。

全曲レビュー

1. Don’t You Ever

明快なギターフックと心地よいコーラスが光るオープニングトラック。
「絶対に〜するな」というフレーズを繰り返すことで、抗いと警告、そして不安の裏返しが立ち上がる。
エネルギッシュだが、どこか円熟味もある。

2. In Clover

一転してミッドテンポのフォーキーな楽曲。
“クローバーの中”という比喩的なイメージを通して、過去の穏やかな記憶と、その儚さを描く。
フィドルとアコースティックギターの絡みが温かい。

3. For the Broken Hearted

タイトル通り、失恋や喪失をテーマにしたパワーバラード。
だがメロドラマに陥ることなく、どこか醒めた距離感を保ったまま、切実な感情を表現しているのが彼ららしい。

4. Good Deeds and Highs

一風変わった構成のロックナンバー。
「善行と高揚」という奇妙な組み合わせが、現代の偽善や自己満足をチクリと刺す。
ブラス風のアレンジが軽快さを加える。

5. Misunderstanding Burton Heel

架空の人物と思われる“バートン・ヒール”を主人公にした物語風の楽曲。
誤解、名誉、レッテル貼りなどがテーマで、シニカルな視点とポップなメロディが融合。

6. Days of Clubbing

“クラビングしていた日々”を懐かしむようでいて、実はその空虚さを逆照射する一曲。
ダンサブルなビートと哀愁あるメロディが交錯する。
あの頃には戻れない、という切実さがにじむ。

7. The Affirmation

アルバムの中でももっとも静かで深い一曲。
“自己肯定”という主題が、繊細なリリックとミニマルなアレンジで描かれる。
Miles Huntの声が最も近くに感じられる瞬間。

8. My Love, Your Love

ラブソングというより“すれ違いの記録”。
相手と自分の愛の形の違いを、淡々と語るように歌い上げる。
サビのハーモニーが印象的で、ライブでも映えそうな一曲。

9. Don’t Panic

タイトルの通り、パニックへの対処をユーモラスに描いたファストテンポのトラック。
軽いノリに見えて、実は現代社会の不安を風刺している。

10. Last Days of the Feast

“饗宴の終わり”というメタファーが効いた終末的ナンバー。
成功の後、熱狂の後に何が残るのかという問いが込められている。
音数が少なく、静かに収束していく様が美しい。

11. Weakened

人生の“弱さ”を正面から見つめたバラード。
無理に強がらず、崩れていくことすら受け入れる姿勢が、これまでにない優しさとして響く。

12. Be Lucky

ラストトラックは、短くて明るく、皮肉混じりの“幸運を祈る”メッセージ。
「どうせなら、幸運を」というフレーズが、投げやりでいて優しい。
アルバム全体を軽やかに締めくくる。

総評

『30 Goes Around the Sun』は、The Wonder Stuffというバンドの“継続すること”そのものが、ひとつの芸術であることを証明した作品である。
デビュー当時の尖ったユーモアや反骨精神は今も脈打っているが、それが怒声ではなく、静かな語りや穏やかな皮肉へと変化している。

サウンド面では、フィドルやアコースティックの比重が増し、ロックバンドでありながら“語り”や“雰囲気”を大事にするフォーク的構成が目立つ。
それは単なるジャンル的変化ではなく、「30年続けた者にしか描けない感情の機微」なのだろう。

このアルバムにおいて、The Wonder Stuffは何も“革新的”なことはしていない。
だが、人生の折々を真っ直ぐに歌い、それでもなお誰かを励ますような音楽を届けている。
その姿勢こそが、30年続いた理由であり、このアルバムの最大の価値なのである。

歌詞の深読みと文化的背景

本作の歌詞は、“記憶と現在”を行き来する構造が多く、30年という時間の重みがそのままテーマとなっている。
「Days of Clubbing」や「Last Days of the Feast」は過去の喧騒への追悼であり、「Weakened」や「The Affirmation」は現在の脆さとどう共存するかを描いている。

Miles Huntの筆致は、かつてのような“叫び”から“語り”へと変化した。
だが、その言葉はより鋭く、より共感を呼ぶものへと深化している。
一人のリスナーとして、“年齢を重ねてもバンドを続けることの意味”を、歌詞の行間から読み取ることができるだろう。

『30 Goes Around the Sun』は、記念碑ではない。
それは“更新された日常”としての音楽であり、今日もまた太陽の周りをまわる、静かな決意なのである。