アルバムレビュー:『Face to Face』 by The Kinks

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:1966年10月28日

ジャンル:ロック、ブリティッシュ・インヴェイジョン、バロック・ポップ、フォークロック、ポップ・ロック、プロト・コンセプト・アルバム

概要

ザ・キンクスの『Face to Face』は、1966年に発表された4作目のスタジオ・アルバムであり、バンドが初期の荒々しいビート・ロックから、より観察眼の鋭いソングライティングと英国的な社会風刺へ大きく踏み出した転換点である。1964年の「You Really Got Me」「All Day and All of the Night」によって、ザ・キンクスはブリティッシュ・インヴェイジョン期の中でも特に攻撃的なギター・サウンドを持つバンドとして知られるようになった。デイヴ・デイヴィスの歪んだギター・リフは、後のハードロックやパンクにもつながる重要な革新だった。

しかし『Face to Face』で中心になるのは、単なるリフの強さではない。ここでレイ・デイヴィスは、英国社会の階級意識、郊外生活、消費文化、成功の虚しさ、日常の滑稽さ、個人の孤独を、短いポップ・ソングの中に鋭く描く作家として大きく成熟した。初期キンクスの魅力だった攻撃性は後退し、その代わりに、人物観察、皮肉、メロディの細やかさ、アレンジの多彩さが前面に出ている。この変化によって、ザ・キンクスはビート・グループから、明確な作家性を持つアルバム・アーティストへと進化した。

本作は、しばしばキンクスにおける最初期のコンセプト・アルバム的作品として語られる。後の『Something Else by The Kinks』『The Kinks Are the Village Green Preservation Society』『Arthur』のような明確な物語性や統一された世界観にはまだ至っていないが、アルバム全体に共通する視点は存在する。それは「現代社会における人間の顔」を観察する視点である。タイトルの『Face to Face』は、「面と向かって」という意味を持つが、同時に、人々の表情や仮面、社会的な顔を見つめる作品とも解釈できる。

1966年は、ロック・アルバムのあり方が大きく変化した年でもある。ビートルズの『Revolver』、ビーチ・ボーイズの『Pet Sounds』、ボブ・ディランの『Blonde on Blonde』など、シングルの寄せ集めではないアルバム表現が急速に重要性を増していた。ザ・キンクスの『Face to Face』も、その流れの中で理解すべき作品である。派手なスタジオ実験ではビートルズやビーチ・ボーイズほど目立たないが、日常的な題材をポップ・ソングへ変換する観察眼という点では、非常に独自の位置を占めている。

音楽的には、初期のR&Bやガレージ・ロック色に加え、フォーク、ミュージックホール、バロック・ポップ、カントリー風味、ヴォードヴィル的な軽さが混ざっている。これは、のちにキンクスが英国的な郷愁や風刺を深めていく方向を予告している。レイ・デイヴィスは、アメリカのブルースやロックンロールを模倣するだけでなく、英国の下町、郊外、労働者階級、中産階級、古い娯楽文化を歌の素材として扱い始めた。これが、ザ・キンクスを同時代の多くのブリティッシュ・ロック・バンドと区別する大きな要素である。

歌詞面では、「Party Line」における電話とプライバシー、「Rosy Won’t You Please Come Home」における家族と移民、「Dandy」における遊び人の軽薄さ、「Session Man」における職業音楽家への皮肉、「House in the Country」における成功者の空虚、「Sunny Afternoon」における没落した上流階級の倦怠などが描かれる。これらはいずれも、単なる恋愛や若者の反抗ではなく、社会の中で人間がどのような役割を演じ、どのように自分を失っていくかを扱っている。

『Face to Face』は、ザ・キンクスの作家性を決定づけたアルバムである。ここからレイ・デイヴィスは、英国ロックにおける最も優れた観察者の一人としての地位を確立していく。彼の歌詞は、社会批評でありながら説教臭くない。むしろ、ユーモア、悲哀、皮肉、優しさが同時に存在する。人物を笑いながらも、完全には突き放さない。その視線の複雑さが、キンクスの魅力である。

全曲レビュー

1. Party Line

「Party Line」は、アルバムの冒頭を飾る軽快な楽曲であり、1960年代の通信環境を題材にしたユーモラスなポップ・ソングである。タイトルの「Party Line」は、複数の家庭が同じ電話回線を共有する仕組みを指し、現代の感覚では古い制度だが、当時のプライバシーや他者との距離感を象徴する題材として機能している。

音楽的には、初期キンクスらしいビート感とキャッチーなメロディがあり、アルバムの入口として非常に親しみやすい。ギターは荒々しすぎず、曲全体は軽く弾む。だが、その明るさの中には、他人の会話を聞いてしまう、あるいは自分の会話を誰かに聞かれるという不安がある。

歌詞では、電話回線を通じて他者の存在が生活に入り込んでくる様子が描かれる。これは単なる時代風俗の描写ではなく、近代的なコミュニケーションが人間関係を便利にしながらも、同時にプライバシーを侵食するというテーマを含んでいる。レイ・デイヴィスの観察眼は、こうした日常の小さな不便さの中に社会的な意味を見出す。

「Party Line」は、『Face to Face』全体の性格をよく示す曲である。身近な生活の題材を扱いながら、そこに人間の滑稽さと不安を見つける。キンクスが単なるロックンロール・バンドから、日常を描く作家集団へ変わりつつあることを示すオープニングである。

2. Rosy Won’t You Please Come Home

「Rosy Won’t You Please Come Home」は、家を離れた人物への呼びかけを中心にした、切ないフォークロック風の楽曲である。タイトルは「ロージー、どうか家へ帰ってきて」という意味を持ち、家族、移民、別離、郷愁といった主題が込められている。

音楽的には、穏やかなメロディと柔らかなアレンジが特徴である。前曲の軽快なビートから一転し、ここではより内省的な雰囲気が生まれる。レイ・デイヴィスの歌声は、感情を大きく爆発させるのではなく、静かに相手へ語りかける。その抑制が、曲の寂しさを深めている。

歌詞では、家族の一員が家を出ていった後の空白が描かれる。これは個人的な別れの歌であると同時に、1960年代の英国社会における移動、階級、家族の崩れを反映している。家を出ることは自由であるが、残された者にとっては喪失でもある。レイ・デイヴィスは、その両面を静かに見つめる。

「Rosy Won’t You Please Come Home」は、『Face to Face』の中でも特に感情的な深みを持つ曲である。後のキンクスが繰り返し扱う「失われた家」「帰る場所」「英国的な郷愁」のテーマが、すでにここに表れている。

3. Dandy

「Dandy」は、遊び人、洒落者、女性を渡り歩く男性像を描いた風刺的な楽曲である。タイトルの「Dandy」は、服装や振る舞いに気を使う洒落者を意味するが、ここではその表面的な魅力と空虚さが同時に描かれている。

音楽的には、軽快で明るく、少しミュージックホール的な楽しさがある。メロディは非常に親しみやすく、曲は短くまとまっている。しかし、その明るさは主人公への無邪気な賛美ではなく、皮肉を含んでいる。キンクスは、こうした人物描写をポップ・ソングとして成立させることに長けている。

歌詞では、ダンディが女性たちに囲まれ、自由に生きているように見える姿が描かれる。だが、その背後には、いつまでも大人になれない人物の軽薄さや、表面的な魅力に依存する空虚さがある。語り手は彼を完全に非難するわけではないが、少し距離を置いて観察している。

「Dandy」は、レイ・デイヴィスの人物観察の巧みさを示す曲である。特定の人物を笑いながらも、その人物が持つ魅力も認めている。風刺と愛嬌が共存している点が、キンクスらしい。後の「Dedicated Follower of Fashion」にも通じる、スタイルと自己演出への鋭い視線がここにある。

4. Too Much on My Mind

「Too Much on My Mind」は、内面的な不安や思考の過剰を扱った、静かで繊細な楽曲である。タイトルは「頭の中に考えることが多すぎる」という意味で、外部の社会観察が多い本作の中で、より個人的な精神状態を描いている。

音楽的には、アコースティックな響きが中心で、メロディは穏やかで物憂い。派手なロック・サウンドはなく、レイ・デイヴィスの声が近くに感じられる。曲全体に、夜に一人で考え込んでいるような静けさがある。

歌詞では、考えすぎて眠れないような心理状態が描かれる。具体的な原因は明確ではないが、その曖昧さが普遍性を生む。社会の変化、個人的な不安、成功への圧力、人間関係の疲れ。さまざまなものが頭の中に積み重なり、語り手を圧迫している。

「Too Much on My Mind」は、レイ・デイヴィスの内省的な側面をよく示す曲である。彼は社会を外から観察するだけでなく、自分自身の不安や脆さも歌うことができた。この曲の静かな憂鬱は、後のキンクス作品における孤独な人物像へとつながっていく。

5. Session Man

「Session Man」は、スタジオで演奏する職業音楽家、いわゆるセッション・ミュージシャンを題材にした風刺的な楽曲である。ロック・バンドが自分たちの演奏や創造性を重視していた時代に、プロの演奏家という存在を皮肉を交えて描く点が興味深い。

音楽的には、バロック・ポップ的な鍵盤の響きが印象的で、曲全体に少し古風で洒落た雰囲気がある。これは、歌詞で描かれる「技術はあるが個性が見えにくい職業音楽家」というテーマと対応している。演奏は軽やかだが、どこか機械的な印象も残る。

歌詞では、セッション・マンがどんな曲でも演奏し、プロとして仕事をこなす姿が描かれる。彼は技術的には優れているが、ロックスターのように称賛されるわけではない。名前も顔も前面に出ず、誰かの音楽を支える存在である。レイ・デイヴィスはその職業性を皮肉りながらも、完全に否定しているわけではない。

「Session Man」は、音楽産業そのものへのメタ的な視線を持つ楽曲である。ポップ・ソングの背後には、見えない労働や職人性が存在する。キンクスはその構造を、軽妙な曲として描いている。アルバムの中でも、音楽家自身が音楽業界を観察するという点で重要な一曲である。

6. Rainy Day in June

「Rainy Day in June」は、本作の中でも特に暗く、幻想的な雰囲気を持つ楽曲である。タイトルは「六月の雨の日」を意味し、本来なら初夏の明るさを連想させる季節に、雨と陰りが入り込む。その不穏な対比が曲全体を支配している。

音楽的には、重く湿ったサウンドが特徴で、サイケデリックな感覚もある。明るいポップ・ソングが多い本作の中では異色であり、どこか不吉な空気が漂う。音の配置には曇った空のような重さがあり、レイ・デイヴィスの歌声も沈んでいる。

歌詞では、雨、暗い空、自然の不穏な変化が描かれる。これは単なる天気の歌ではなく、心理的な不安や世界の不安定さを反映している。六月という明るい季節でさえ、雨によって沈む。この感覚は、外見上は平穏な日常の背後にある不安という『Face to Face』全体のテーマとも結びつく。

「Rainy Day in June」は、キンクスの中でも比較的サイケデリックな陰影を持つ曲である。ビートルズ的な色彩豊かなサイケデリアとは異なり、ここには英国の曇天と内面的な不安がある。アルバムに深い影を加える重要な曲である。

7. A House in the Country

「A House in the Country」は、田舎の家を持つ成功者を題材にした、軽快で皮肉な楽曲である。タイトルだけを見ると牧歌的な憧れを歌っているように思えるが、実際には富裕層や成功者の空虚さを風刺している。

音楽的には、明るく弾むロックンロール調で、非常に聴きやすい。だが、その明るさは、歌詞の皮肉を際立たせるために機能している。キンクスはしばしば、陽気なメロディの上に辛辣な社会観察を乗せる。この曲もその典型である。

歌詞では、都会で成功し、田舎に家を持つ人物が描かれる。彼は物質的には満たされているが、その生活にはどこか空虚さがある。田舎の家は本来、自然や安らぎの象徴であるはずだが、ここではステータス・シンボルとして扱われる。成功者は自然を所有するが、本当の意味で安らいでいるわけではない。

「A House in the Country」は、英国の階級社会と消費文化への鋭い風刺である。豊かさが幸福に直結しないこと、郊外や田舎への憧れがしばしば虚飾になることを、短いポップ・ソングの中で鮮やかに描いている。

8. Holiday in Waikiki

「Holiday in Waikiki」は、ハワイのワイキキを題材にした楽曲であり、観光、異国趣味、商業化された楽園への皮肉を含んでいる。1960年代の大衆文化において、南国リゾートは夢の逃避先として消費されていたが、レイ・デイヴィスはその夢の人工性を見逃さない。

音楽的には、軽いエキゾチックな雰囲気があり、観光地的な明るさを模している。しかし、その模倣には明らかに皮肉が含まれている。楽園の音楽が、どこか作り物めいて聞こえる点が重要である。

歌詞では、ワイキキへの旅行が描かれるが、それは自然な楽園体験というより、観光産業によって包装された消費体験として示される。現地文化は商品化され、旅行者は「本物」を求めながら、実際には演出されたイメージを消費する。これは、現代の観光批評としても非常に先鋭的である。

「Holiday in Waikiki」は、キンクスが英国社会だけでなく、消費文化全体を観察していたことを示す曲である。異国への憧れが商品化される過程を、軽いポップ・ソングの中で風刺している。後のキンクス作品における近代社会批評の萌芽がここにある。

9. Most Exclusive Residence for Sale

「Most Exclusive Residence for Sale」は、高級住宅の売却広告のようなタイトルを持つ、非常にキンクスらしい社会風刺の楽曲である。成功、階級、見栄、不動産、没落といったテーマが、短いポップ・ソングの中に凝縮されている。

音楽的には、軽快でやや古風な雰囲気があり、ミュージックホール的なユーモアも感じられる。曲調は明るいが、歌詞はかなり辛辣である。この対比によって、裕福な生活の滑稽さと悲哀が浮かび上がる。

歌詞では、かつて成功していた人物が、高級住宅を売らざるを得なくなる様子が描かれる。家は単なる住居ではなく、社会的地位の象徴である。その家が売りに出されることは、成功の崩壊を意味する。レイ・デイヴィスは、資産や地位に依存した人生の危うさを、広告文のような言葉を通じて皮肉る。

「Most Exclusive Residence for Sale」は、『Face to Face』における階級風刺の中でも特に鋭い曲である。後の「Sunny Afternoon」ともテーマ的につながっており、富裕層の没落をユーモラスに描きながら、その背後にある人間的な哀れさも残している。

10. Fancy

「Fancy」は、本作の中でも特に異国的で、内省的な雰囲気を持つ楽曲である。タイトルの「Fancy」は、空想、好み、気まぐれ、幻想を意味し、曲全体にもどこか夢のような質感がある。キンクスのフォークロック的な側面と、1960年代中盤のサイケデリックな空気が交差した曲である。

音楽的には、ドローン的な響きや東洋風のニュアンスが感じられ、同時代のロックにおけるインド音楽や異国的音階への関心ともつながる。ただし、ビートルズのような明確な実験というより、レイ・デイヴィスらしい控えめな幻想性として表れている。

歌詞では、空想や憧れの対象が描かれる。具体的な物語よりも、感覚やムードが中心である。現実の日常を鋭く観察する曲が多い本作の中で、「Fancy」はその現実から少し離れ、内面の幻想へ向かう。だが、その幻想も完全な逃避ではなく、現実の窮屈さから生まれたものとして感じられる。

「Fancy」は、キンクスの音楽的な幅を示す曲である。社会風刺だけでなく、夢や幻想を扱う能力も持っていたことが分かる。アルバムの中で、少し空気を変える重要な小品である。

11. Little Miss Queen of Darkness

「Little Miss Queen of Darkness」は、タイトルからして非常に演劇的で、少しゴシックなユーモアを持つ楽曲である。「暗闇の女王様」という表現は、夜の街にいる女性、謎めいた魅力を持つ人物、あるいは社交界の小さなスターを連想させる。

音楽的には、軽快なビートとキャッチーなメロディが中心で、ダークなタイトルとは対照的に曲調は比較的明るい。この対比が、キンクスらしい皮肉を生む。暗闇の女王と呼ばれる人物も、実際には日常的で少し滑稽な存在として描かれているように聞こえる。

歌詞では、夜の世界で目立つ女性像が描かれる。彼女は神秘的で魅力的だが、その魅力はどこか演じられたものでもある。レイ・デイヴィスは、人物のスタイルや振る舞いに注目し、その背後にある孤独や虚飾を見つめる。この曲にも、その視線が表れている。

「Little Miss Queen of Darkness」は、キンクスの人物スケッチとして魅力的な曲である。特定の女性像を描きながら、都市の夜、若者文化、自己演出の滑稽さを軽やかに表現している。後のキンクスのキャラクター・ソングへつながる重要な一曲である。

12. You’re Lookin’ Fine

「You’re Lookin’ Fine」は、アルバムの中で比較的初期キンクスのR&B/ロックンロール的な勢いを残した楽曲である。タイトルは「君はいい感じだ」という意味で、内容もストレートな恋愛・欲望の歌に近い。社会風刺や人物観察が多い本作の中では、よりシンプルなロック・ソングとして機能している。

音楽的には、ブルース・ロック的なリフとビートがあり、初期の荒々しいキンクスを思い出させる。デイヴ・デイヴィスのギターの存在感もあり、アルバム全体の中でロックの重心を戻す役割を持つ。洗練されたポップや風刺曲が続く中で、この曲の直接性は重要である。

歌詞は複雑ではなく、相手の魅力に対する率直な反応が中心である。だが、このシンプルさもアルバムの中では意味を持つ。レイ・デイヴィスがどれほど観察者として成熟しても、キンクスの根にはR&Bやロックンロールの身体的な魅力が残っている。

「You’re Lookin’ Fine」は、アルバム全体の中ではやや伝統的な曲だが、キンクスの過去と現在をつなぐ役割を果たしている。ビート・グループとしての勢いを完全に捨てずに、新しい作家性へ進んでいることが分かる。

13. Sunny Afternoon

「Sunny Afternoon」は、『Face to Face』最大の代表曲であり、ザ・キンクスのキャリア全体でも特に重要な楽曲である。英国的な階級風刺、怠惰な午後のムード、没落した上流階級の語り、皮肉なユーモアが完璧に結びついた名曲である。

音楽的には、下降するベースラインが非常に印象的で、曲全体にだるく、暑い午後のような雰囲気を作る。テンポはゆったりしており、ロックの興奮よりも倦怠感が中心にある。メロディは親しみやすく、コーラスも非常に強いが、その明るさには強い皮肉が含まれている。

歌詞では、税金に財産を奪われ、恋人にも去られた上流階級の人物が、晴れた午後にだらだらと過ごす様子が描かれる。語り手は自分を哀れんでいるようでありながら、どこか滑稽でもある。特権階級の没落を笑いながらも、その人物の人間的な弱さも感じさせる点が、レイ・デイヴィスの優れたところである。

「Sunny Afternoon」は、単なる風刺ソングではなく、英国社会の気分を捉えた楽曲である。1960年代の変化の中で、旧来の階級秩序が揺らぎ、富裕層も労働者階級もそれぞれの不満を抱えていた。その複雑な空気を、ゆるい午後のポップ・ソングとして表現している。キンクスの英国性を象徴する名曲である。

14. I’ll Remember

アルバムの最後を飾る「I’ll Remember」は、穏やかで少し感傷的な楽曲である。タイトルは「僕は覚えているだろう」という意味を持ち、記憶、別れ、過去への視線が中心となる。社会風刺やユーモアが多い本作の終わりに、静かな回想の歌が置かれることで、アルバム全体に余韻が生まれる。

音楽的には、シンプルで落ち着いたポップ・ソングであり、派手な終幕ではない。レイ・デイヴィスの歌声は柔らかく、曲は静かに流れる。大きなクライマックスを作らず、記憶の中へ消えていくように終わる点が印象的である。

歌詞では、過去の出来事や相手を忘れずにいるという感覚が歌われる。これは恋愛の記憶としても、過ぎ去る時代への記憶としても読める。『Face to Face』は現代社会を観察するアルバムでありながら、その根底には、失われるものを記憶に留めたいという思いもある。

「I’ll Remember」は、アルバムの結論として非常に控えめだが重要である。人々の顔、生活、虚栄、孤独、成功、没落を見つめた後、最後に残るのは記憶である。レイ・デイヴィスのソングライティングが、風刺だけでなく深い感傷も持っていたことを示す終曲である。

総評

『Face to Face』は、ザ・キンクスが初期のビート・ロック・バンドから、英国社会を描く優れたソングライター集団へと変化した決定的なアルバムである。『You Really Got Me』のようなギター・リフの衝撃を期待すると、本作はやや地味に感じられるかもしれない。しかし、その地味さの中に、レイ・デイヴィスの作家としての才能が大きく開花している。

本作の最大の魅力は、日常的な題材への観察眼である。電話回線、家出した家族、遊び人、セッション・ミュージシャン、田舎の家、高級住宅、観光地、没落した富裕層。これらはロック・ソングの題材としては当時必ずしも一般的ではなかった。しかしレイ・デイヴィスは、そうした身近な社会的風景の中に、人間の滑稽さ、孤独、虚栄、悲哀を見出した。ここに、キンクスの独自性がある。

音楽的には、ロックンロール、フォーク、ミュージックホール、バロック・ポップ、ブルース、サイケデリックな陰影が混ざっている。アルバム全体は派手な実験作ではないが、曲ごとに異なる色彩があり、キンクスが新しい表現方法を探っていたことが分かる。特に「Session Man」「Fancy」「Rainy Day in June」「Sunny Afternoon」などは、初期の単純なビート・ロックから明らかに進化したアレンジとムードを持っている。

『Face to Face』は、コンセプト・アルバムとして完全に統一されているわけではない。しかし、社会の表面に現れるさまざまな「顔」を並べた作品として、一貫した視点を持っている。登場人物たちは、成功者、敗者、洒落者、労働者、音楽家、観光客、没落した上流階級など多様である。彼らはそれぞれ違う顔を持っているが、その背後には共通して、近代社会の中で自分の居場所を探す人間の不安がある。

レイ・デイヴィスの歌詞は、辛辣でありながら優しい。彼は人物を笑うが、完全には見捨てない。「Sunny Afternoon」の没落した語り手も、「Dandy」の軽薄な男も、「Session Man」の職業音楽家も、批判の対象であると同時に、どこか人間的な哀れさを持つ。この距離感が、キンクスを単なる風刺バンドではなく、深い人間観察のバンドにしている。

日本のリスナーにとって『Face to Face』は、ザ・キンクスの本質を理解するうえで非常に重要な作品である。初期の荒々しい代表曲だけを知っている場合、本作の繊細なポップ性と社会観察は新鮮に響くだろう。また、後の『Village Green Preservation Society』や『Arthur』に惹かれるリスナーにとっては、その前段階として必ず聴くべきアルバムである。ここには、キンクスが英国的な物語と風刺のバンドへ変わる瞬間が記録されている。

『Face to Face』は、ロックが若者の反抗や恋愛だけでなく、日常の社会観察や階級風刺を表現できることを示した作品である。派手な音ではなく、鋭い視線によって革新的だったアルバムである。ザ・キンクスの作家性が本格的に開花した、英国ロック史における重要な転換点である。

おすすめアルバム

1. The Kinks『Something Else by The Kinks』

1967年発表。『Face to Face』で確立された社会観察と英国的ポップ感覚をさらに洗練させた作品である。「Waterloo Sunset」「David Watts」「Death of a Clown」などを収録し、レイ・デイヴィスの作家性とデイヴ・デイヴィスの個性が高い水準で共存している。『Face to Face』の次に聴くべき最重要作である。

2. The Kinks『The Kinks Are the Village Green Preservation Society』

1968年発表。英国的な郷愁、失われた共同体、記憶、伝統をテーマにしたキンクス屈指の名盤である。『Face to Face』にあった日常観察と社会風刺が、より統一された世界観へ発展している。レイ・デイヴィスの文学的なソングライティングを深く味わえる作品である。

3. The Kinks『Arthur or the Decline and Fall of the British Empire』

1969年発表。英国社会、家族、帝国の衰退、移民、戦争の記憶を扱ったコンセプト・アルバムである。『Face to Face』の階級風刺や家族の主題が、より大きな歴史的視点へ拡張されている。キンクスの社会批評性を理解するうえで重要な一枚である。

4. The Beatles『Revolver』

1966年発表。同時代の英国ロックがシングル中心からアルバム表現へ移行する流れを代表する作品である。サウンド実験という面では『Face to Face』より派手だが、1966年にポップ・ソングの可能性が大きく広がっていたことを理解するうえで関連性が高い。

5. The Who『The Who Sell Out』

1967年発表。ラジオ広告や消費文化を題材にしたコンセプト性の強いアルバムであり、英国ポップにおける風刺とメディア意識を理解するうえで重要である。『Face to Face』の社会観察や消費文化批評に通じる視点を、よりポップ・アート的に展開した作品として聴くことができる。

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