発売日: 2004年4月6日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、グランジ、パワー・ポップ、ハードロック
概要
『Whatever Happened to P.J. Soles?』は、Local Hが2004年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、
商業的成功やレーベルの支援に頼らず、自主的な創造性で真っ向勝負に出たインディペンデント・ロックの真髄ともいえる作品である。
タイトルは1970〜80年代のカルト的女優P.J. Soles（『ハロウィン』『Rock ‘n’ Roll High School』などで知られる）を参照しており、
かつて輝いていた“誰か”がその後どうなったのか——という問いは、そのまま“自分たち”への問いかけでもある。
レーベルを離れ、完全DIY体制で制作された本作は、
ローファイな質感と骨太のギターサウンド、ストレートな歌詞が渾然一体となり、
**Local Hが持つ「諦めと希望の同居」「過去と現在のせめぎ合い」**というテーマを見事に昇華している。
グランジ、ハードロック、パワーポップ、スロウコアといった要素を織り交ぜながら、
ここでは**“消えたものたちの居場所”が、音楽の中に静かに確保されている**。
全曲レビュー
1. Where Are They Now?
アルバム冒頭から“彼らは今どこにいるのか？”という問いが突きつけられる。
あの頃のヒーロー、憧れのアイドル、夢を見た自分——それらは今も生きているのか？
消えた存在へのレクイエムであり、過去と今をつなぐ橋。
2. Everyone Alive
疾走感のあるギターポップ的ナンバー。
「みんな生きてる、でもそれだけじゃ足りない」とでも言いたげな、空虚な日常に投げ込まれる疑問符が心に残る。
3. California Songs
アルバムを象徴する代表曲。
「カリフォルニアの歌ばかり流れるけど、俺は関係ない」と歌い、
地方都市の疎外感、エンタメ文化へのアイロニーを痛快に突きつける。
ライブでのコール＆レスポンス定番曲。
4. Dick Jones
タイトルは映画『ロボコップ』の悪役から。
腐敗した権力、搾取、欺瞞——そんな“ディック・ジョーンズ的な存在”への批判。
パンク的怒りとユーモアが融合した、鋭くも笑える痛快ロック。
5. Money on the Dresser
スローでブルージーなグルーヴが支配する、ダウナー系のセクシャル・メタファー曲。
タイトルの「タンスの上のお金」は、売春をほのめかす言い回し。
虚しさと肉体のリアルが交錯する。
6. How’s the Weather Down There?
「そっちはどうだい？」というシニカルな問いが繰り返される。
地方 vs 都会、成功 vs 脇役、上層 vs 下層——
音楽業界や社会全体における格差意識と不満が剥き出しになる。
7. Buffalo Trace
ウイスキーの銘柄を冠した哀愁漂うトラック。
酔いと記憶、孤独と語りが交錯するような、夜のドライブに似合う一曲。
8. Heaven on the Way Down
甘さの裏に諦観が漂うミディアムテンポ。
「天国は下降中」という逆説的なタイトルが、希望と失望の境界線を描き出す。
Local Hの叙情性が際立つ佳曲。
9. Hey, Rita
青春の面影を求めるような呼びかけ。
「リタ、君は今どこに？」というフレーズに、名前で個人を呼ぶことの力強さと儚さが宿る。
甘酸っぱくも切ないギターポップ。
10. Heavy Metal Bakesale
最もユーモラスな楽曲。
「ヘヴィメタルのバザー」という不条理なタイトルにふさわしく、
DIYカルチャーとメタル美学のアイロニーがミックスされた混沌が広がる。
11. Mellowed
アルバム終盤での“静かな狂気”。
マイナーコードが繰り返され、無表情の中にある怒りと悲しみがじわじわと浮上してくる。
抑制されたサウンドが逆に迫力を持つ。
12. Rock & Roll Professionals（リプライズ）
『Here Comes the Zoo』にも収録されていた同名曲の別テイク的再登場。
今回はよりローファイでミニマルに、“業界の滑稽さ”がさらに生々しく響く。
13. Halcyon Days (Where Were You Then?)
ラストにふさわしい6分超のスロウバラード。
“穏やかだった日々（Halcyon Days）”を思い出しながら、
「その時、君はどこにいた？」という痛烈な問いが静かに突き刺さる。
ノスタルジー、怒り、諦め、愛——すべてが混ざり合った感情の終章。
総評
『Whatever Happened to P.J. Soles?』は、Local Hが自らのキャリアと音楽界に対する違和感を総ざらいしつつ、
地方都市に生きる人々、過去の幻影、報われない者たちへの共感を貫いた最高の“等身大ロック”アルバムである。
派手なヒットや革新性を追い求めるのではなく、
「今ここにいる感情」「今ここで鳴らせる音」に全神経を集中させたその姿勢は、
2000年代以降のロックにおける誠実さの指標のようでもある。
P.J. Solesが今どこで何をしているかはわからない。
だがその名前を呼び続けるLocal Hは、“忘れ去られたもの”を決して手放さないロックバンドなのだ。
おすすめアルバム
- The Hold Steady『Separation Sunday』
地方都市の物語性とロックンロールの語り部的文体が共鳴する。 - Superchunk『Come Pick Me Up』
ローファイで感情過多なパワーポップ。Local HのDIY精神と通じる。 - Guided by Voices『Isolation Drills』
粗削りで詩的なロックの決定打。Local Hと同じ“崩れた名曲主義”。 - The Thermals『The Body, the Blood, the Machine』
宗教と社会への皮肉と怒り。メッセージとエネルギーが共鳴する。 -
Paul Westerberg『14 Songs』
壊れかけたアメリカのリアルを歌う大人のロック。Local Hの魂の親戚。
ファンや評論家の反応
『Whatever Happened to P.J. Soles?』は、メディアの大きな注目こそ集めなかったが、
ファンの間では「最も誠実で、最も痛切なLocal H作品」として非常に高く評価されている。
特に「California Songs」「Hey, Rita」「Halcyon Days」は、
バンドの叙情性と政治性、そして孤独感のすべてが詰まった名曲群として語り継がれている。
これはただのインディーロックではない。
忘れられた何か、見捨てられた誰かのためのロックなのである。
コメント