発売日: 2010年9月28日
ジャンル: パワー・ポップ、オルタナティヴ・ロック、ジャングリー・ポップ
概要
『No Chocolate Cake』は、Gin Blossomsが2010年にリリースした5作目のスタジオ・アルバムであり、
前作『Major Lodge Victory』（2006）に続く再結成後の“第2章”を彩る一枚である。
タイトルの「No Chocolate Cake（チョコレートケーキはなし）」は、冗談のようでいてどこか示唆的。
甘いご褒美がない人生、それでも歩んでいく日常の手触りを感じさせるこの一言には、
バンドがデビュー以来貫いてきた**“甘さと苦さの間”にあるポップセンス**が集約されているようにも思える。
本作はBillboardのインディー・チャートで1位を獲得するなど、コアなファン層からの支持は厚く、
90年代的なパワーポップの良心を、2010年代においても誠実に鳴らし続ける**“変わらぬGin Blossoms”の再確認的作品**となっている。
全曲レビュー
1. Don’t Change for Me
アコースティックな導入から始まる、落ち着きと温もりに満ちたナンバー。
「君のままでいてくれ」というストレートな言葉が、受容と信頼の関係性を描き出す。
シングルとしてもリリースされ、本作を代表する1曲となった。
2. I Don’t Want to Lose You Now
かつての代表曲を想起させるようなギターリフとメロディが光る一曲。
シンプルだが誠実な構成が、バンドの揺るぎないスタイルの継続を感じさせる。
3. Miss Disarray
“混乱のお嬢さん”というタイトルの通り、不安定な相手との関係性を描いたミドルテンポの佳曲。
恋愛のもどかしさを、明るいサウンドで逆説的に表現している。
4. Wave Bye Bye
別れの瞬間を、まるで海辺の情景に重ねて描くバラード。
この曲における“さよなら”は静かな解放であり、どこか穏やかな諦観すら感じられる。
5. I Never Thought I’d See the Day
予期しなかった再会、または破局を描いたエモーショナルな一曲。
ギターのアルペジオとロビン・ウィルソンの感情を抑えたボーカルが印象的。
6. Somewhere Tonight
夜に導かれるような疾走感のあるナンバー。
“今夜どこかで”という曖昧な場所感が、居場所を探す青春性を想起させる。
7. Go Crybaby
タイトル通り、やや皮肉めいた言葉を使った軽快なポップロック。
泣き虫に対して突き放すようでいて、どこか愛情がにじむ視線が感じられる。
8. If You’ll Accept Me
受け入れられることの不安と願いを歌う、誠実なラブソング。
サビの解放感が心地よく、アルバム中でも特に人懐っこいメロディが光る。
9. Please Don’t Ask Me
避けたい質問、語りたくない過去に触れないでくれ、という静かな懇願。
内向的なリリックに反して、明るいコード感が心の奥をほぐしてくれる。
10. Something Real
“リアルな何かがほしい”というストレートな欲求を語る、ややダークなトーンのロックナンバー。
日々の曖昧さのなかで確かなものを求める、大人の焦燥がにじむ。
11. Goin’ to California（カバー）
Led Zeppelinの名曲ではなく、別の同名楽曲のポップカバー。
ノスタルジックなアレンジが心地よく、アルバムの終わりに相応しい余韻を残す。
総評
『No Chocolate Cake』は、Gin Blossomsが2010年代に放った**“静かなる継続宣言”**ともいえるアルバムである。
派手な革新や音楽的冒険はなく、むしろバンドの美点——誠実なメロディ、切なさと希望のあわい、ハーモニーの優しさ——がそのまま音になっている。
だからこそこのアルバムは、何かを変えたい人ではなく、
変わらない音楽を必要としている人のためにあると言える。
また、再結成後のアルバムとしては、前作よりも一段階肩の力が抜けており、自然体で鳴らしている印象が強い。
“チョコレートケーキはない”——つまり、派手な演出やご褒美がなくても、音楽の意味は十分にあるのだと、
彼らは静かに教えてくれている。
おすすめアルバム
- Teenage Fanclub『Shadows』
甘く苦いメロディと熟成されたアンサンブルが共鳴する。 - Del Amitri『Can You Do Me Good?』
哀愁とポップセンスの交差点。Gin Blossomsの“渋さ”と響き合う。 - The Posies『Every Kind of Light』
パワーポップ回帰のなかで成熟を表現した作品。 - The Connells『Old School Dropouts』
ジャングリーなギターと等身大の詞世界が通じる。 - Glen Phillips『Swallowed by the New』
Toad the Wet Sprocketのフロントマンによる、穏やかで深い再出発の記録。
ファンや評論家の反応
本作はBillboard Top Independent Albumsで初登場1位を獲得し、
メジャーチャートでは目立たなかったものの、熱心なファン層の支持が健在であることを証明した。
批評家からは「過去の焼き直し」という評価も一部あったが、
むしろその“変わらなさ”こそが長寿バンドとしての美点であり、
再結成バンドのなかでも最も自然に時代と共存できている存在として静かに評価された。
つまり、『No Chocolate Cake』は、時代の真ん中に立たなくても、心の中で光り続ける音楽の象徴なのだ。
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