発売日: 2013年11月5日
ジャンル: オルタナティヴ・ポップ、エレクトロポップ、インディーポップ、ファンク
概要
『Magic Hour』は、Luscious Jacksonが約14年ぶりにリリースしたカムバック・アルバムであり、
1999年の『Electric Honey』以来となる、“再結集と再出発”を高らかに告げる成熟したポップ・アルバムである。
メンバー自身による自主レーベルからのリリースという形で制作された本作は、
往年のファンにとっては“あのLuscious Jacksonらしさ”を保ちつつ、
一方で**大人の余裕と温かみを纏った“更新されたサウンド”**が新鮮に響く作品となっている。
アルバムタイトルの“Magic Hour(マジック・アワー)”は、日没直前や日の出直後の、
すべてが金色に染まる一瞬のこと。
それはまさに、過去と未来が交わる“再会の光”を象徴するかのようなタイトルであり、
バンドの現在地を静かに、しかし確かに物語っている。
サウンド面ではヒップホップ色は薄まり、代わってエレクトロニカやファンク、ソウル、ドリームポップの要素が増加。
結果として、**“軽やかに踊れる、内省的な大人のポップアルバム”**という独自の魅力を放っている。
全曲レビュー
1. You and Me
爽やかでポップなメロディに、アコースティックな温もりが加わった再始動の幕開け。
再結成を象徴するような、**“今だから言える、あなたと私の関係”**を静かに描く。
ノスタルジーと新鮮さが絶妙に交錯する1曲。
2. Show Us What You Got
タイトル通り、自分を見せてみな!と鼓舞するようなファンキー・トラック。
ラテン風リズムとシンセが軽快に絡み、かつてのダンサブルなLJ節のアップデート版とも言える。
ライブ映えするであろうパーティーチューン。
3. Are You Ready?
クールなビートと浮遊感のあるボーカルが印象的な、ドリームポップ寄りのナンバー。
“準備はできた?”と問いかけながらも、その答えを急がないような、大人の余裕を感じさせる。
4. #1 Bum
タイトルの“バム”は俗語で“駄目なやつ”だが、ここでは愛情混じりの皮肉として用いられている。
ユーモアと自己批評が混じった歌詞と、ソウルフルなサウンドの相性が良い。
フェミニンな視点から見た“ダメ男”像がリアルで、どこか愛おしい。
5. Take Good Care of My Baby
甘くソフトなコード進行と多重コーラスが心地よいバラード。
恋愛だけでなく、家族や友情、“自分の大切なもの”すべてへの祈りが込められている。
6. So Rock On
シンセ主体のミディアム・テンポなロックチューン。
これまでの彼女たちの歩みをふまえて、「それでも進むよ」と歌う。
サビのハーモニーは、時間を超えた友情そのもの。
7. We Go Back
タイトル通り、時間旅行的な内容。
「私たちは昔からの仲間」——そんな絆を、エレガントなエレクトロビートで彩る。
過去を肯定しながら前に進む姿勢が心に残る。
8. Frequency
本作の中でも特にクラブ寄りなエレクトロ・トラック。
“同じ周波数”という表現が、恋愛や友情、共同体とのつながりの比喩になっている。
9. Love Is Everything
アルバム終盤で、静かな愛の肯定を歌い上げる珠玉のバラード。
大げさな表現はなく、疲れた心に染み込むようなやさしさがある。
“愛こそすべて”という言葉が、ここでは実に説得力を持つ。
10. 3 Seconds to Cross
ラストトラックは、再びアッパーでソウルフルなサウンドへ。
“3秒で越えるべき境界線”というタイトルが、迷いや葛藤の果ての一歩を象徴している。
アルバムを軽やかに締めくくるにふさわしい一曲。
総評
『Magic Hour』は、Luscious Jacksonのキャリアの“再光”とも言える作品であり、
過去の自分たちを否定するでもなく、懐古するでもなく、
現在の声と身体で“今の音楽”を作ろうとする真摯な姿勢に満ちている。
ヒップホップ色は控えめになったが、代わりに年齢と経験を重ねた女性たちのやわらかく芯のある言葉と音が光る。
若い頃のように「世界を変える」エネルギーはないかもしれない。
だが、“変わる世界でどう立っているか”を音で示すことはできる——本作はそんな確信に満ちている。
“マジックアワー”というわずかな時間の輝きのように、
このアルバムは、日常の中でふと差し込む光や、誰かと目を合わせる一瞬の優しさのようなものでできている。
おすすめアルバム
- Saint Etienne『Words and Music by Saint Etienne』
成熟した女性ポップの理想形。ノスタルジーと現在を橋渡しする作風が共鳴。 - Everything but the Girl『Temperamental』
静謐なエレクトロと感情の深度が共振する、大人のクラブポップ。 - Stereo Total『Do the Bambi』
ポップとエレクトロの遊び心あるミックス感。LJのカラフルさと共通。 - Natalie Imbruglia『Come to Life』
メロディアスで繊細なポップソングに、再起の気配が漂う。 -
Au Revoir Simone『Still Night, Still Light』
女性トリオによるエレクトロ・ドリームポップ。LJのソフトサイドと共鳴。
ファンや評論家の反応
『Magic Hour』は、カムバック作品としては異例の穏やかさと誠実さを持つアルバムとして、
多くのファンから“LJらしい帰還”として歓迎された。
「Naked Eye」時代のようなヒットはなかったが、
“年齢を重ねたからこそ鳴らせる音がある”という点で、
同時代の再結成作品の中でも異彩を放つ、静かな名作として知られている。
これはリスタートではなく、“ただいま”と“いまここにいる”を重ねる音楽。
Luscious Jacksonは、まだ終わっていない——それをやわらかく証明する一枚である。
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