発売日: 1996年5月21日
ジャンル: ハートランド・ロック、ルーツ・ロック、オルタナティヴ・ロック
概要
『Bringing Down the Horse』は、アメリカのバンドThe Wallflowersが1996年に発表したセカンド・アルバムであり、
彼らにとって決定的な成功をもたらした出世作にして、90年代のハートランド・ロック再興の象徴とされる一枚である。
バンドの中心人物であるジェイコブ・ディラン(Bob Dylanの息子)は、
1992年のデビュー作で批評的評価を得ながらも商業的には鳴かず飛ばずという状況にあったが、
本作によって一気にブレイク。
「One Headlight」や「6th Avenue Heartache」など複数のシングルがヒットし、グラミー受賞にも輝いた。
プロデューサーにはT Bone Burnettを迎え、
ルーツ音楽の温もりと現代的ロックの洗練を併せ持つサウンドが確立。
ブルース、フォーク、オルタナティヴといった要素を絶妙なバランスでブレンドし、
ジェイコブの低く落ち着いたボーカルと、内省的かつ映像的なリリックが広く共感を呼んだ。
全曲レビュー
1. One Headlight
バンド最大のヒット曲にして、90年代アメリカン・ロックの金字塔。
「ヘッドライトが一つ壊れた車で走り続ける」というイメージが、
喪失、再起、孤独の中の連帯を象徴する。
ジェイコブの歌声とオルガンの旋律が印象的な、胸に残るバラッド。
2. 6th Avenue Heartache
アダム・ダリッツ(Counting Crows)のハーモニーボーカルも光るデュエット曲。
ニューヨークの街角に生きる人々の物語が、乾いたギターと切ないメロディに乗せて描かれる。
孤独と優しさの滲むロック・ナンバー。
3. Bleeders
より攻撃的でロック色の強い一曲。
“出血者たち”というタイトルが示すように、痛みを抱えた者たちへの共感と居場所の提示として機能する。
4. Three Marlenas
浮遊感のあるアレンジと、どこか夢のような歌詞構造が魅力。
「マリーナという名の3人の女性」から展開するイメージの連鎖が、
不在の女性像と、追いかける男の虚しさを静かに描く。
5. The Difference
アルバム中でも最も爽快なリズムと明るめのトーンを持つ一曲。
「僕らを違う者にするもの」=個性の肯定と青春のエネルギーがテーマ。
シングルカットされ、ライブでも人気の高い代表曲。
6. Invisible City
タイトル通り、誰にも見えない都市=孤立した感情や見落とされた人々の群れを象徴する楽曲。
フォーク調の落ち着いた構成が、詩情と親密さを強調している。
7. Laughing Out Loud
キャッチーなメロディに対して、歌詞には内面の傷や皮肉が滲む。
“笑っているけど本当は…”というテーマが、現代的な仮面の文化ともリンクする。
8. Josephine
女性名をタイトルに冠したミディアムバラード。
「ジョセフィーン」という名前が、過去への憧れや取り戻せない何かの象徴として機能している。
9. God Don’t Make Lonely Girls
「神は孤独な女なんて作らない」という挑発的なタイトル。
ジェンダー、孤独、信仰が交差するような哲学的ロック。
ジェイコブの歌詞力が存分に発揮された一曲。
10. Angel on My Bike
「僕のバイクに乗った天使」というやや幻想的なタイトルながら、
内容は困難な日々の中で自分を導く何か——信念、恋、直感の擬人化。
高揚感と安堵感が絶妙にミックスされている。
11. I Wish I Felt Nothing
アルバムの締めくくりにふさわしい静かなバラード。
「何も感じなければよかったのに」とつぶやくそのリリックは、
感情の重みと、人間であることの避けがたい痛みを物語る。
繊細なストリングスアレンジが余韻を残す。
総評
『Bringing Down the Horse』は、ハートランド・ロックの伝統と90年代的感覚を見事に結びつけた傑作であり、
一過性の流行に流されない、“地に足のついたロック”の力を証明したアルバムである。
ジェイコブ・ディランは、父ボブ・ディランの影を背負いながらも、
このアルバムで**“観察者としてのリアリズム”と“物語る声”を確立**し、
カリスマではなく、日々の苦悩と静かに向き合うリスナーたちの共鳴点としてバンドを位置づけることに成功した。
音楽性も演奏も極めて洗練されており、T Bone Burnettのプロデュースが生み出した柔らかくも芯のある音像は、
今聴いても古びることがない。
それはきっと、このアルバムが“時代の声”であると同時に、“変わらない心の風景”を描いているからだろう。
おすすめアルバム
- Counting Crows『Recovering the Satellites』
同時代・同系統の内省的ロック。語り口や情景描写の手法が共通。 - Tom Petty『Into the Great Wide Open』
アメリカン・ロックの語り部的作品。The Wallflowersの原点とも呼べる影響作。 - Gin Blossoms『New Miserable Experience』
メロディアスで哀愁あるギターロック。感情の輪郭を優しくなぞる音楽性が似ている。 - John Mellencamp『Human Wheels』
ルーツに根ざしながらも洗練されたロック表現。90年代的なリアルを描く。 -
Ryan Adams『Gold』
若きシンガーソングライターによる現代アメリカーナの名作。ジェイコブと共通する視座がある。
ファンや評論家の反応
『Bringing Down the Horse』は、全世界で400万枚以上を売り上げ、グラミー賞も受賞したThe Wallflowersの金字塔として、
今なお“90年代最高のアメリカン・ロック・アルバムの一つ”と称されている。
当時のオルタナティヴ・ブームの中にあって、
派手さではなく誠実さでリスナーの心をつかんだ数少ないアルバムであり、
「One Headlight」はRolling Stone誌が選ぶ“偉大な曲500”にも名を連ねた。
時代が移り変わっても、誰かにとっての夜を照らす“片方のヘッドライト”であり続ける。
それが、このアルバムの真価なのだ。
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