発売日: 2008年3月17日(UK)
ジャンル: インディーロック、ニューウェーブ、ダンス・パンク、ポップ・ロック
概要
『Brain Thrust Mastery』は、We Are Scientistsが2008年にリリースした2作目のフルアルバムであり、
デビュー作『With Love and Squalor』(2005年)のギター主導型ダンス・パンクから一転、
より洗練されポップかつシンセ主導のサウンドへと大胆な進化を遂げた作品である。
タイトルの「Brain Thrust Mastery」は、バンド自身が架空の“自己啓発プログラム”としてでっち上げた用語であり、
知的装いの裏にあるユーモアと自虐を同時に示す、We Are Scientistsらしいタイトルセンス。
また本作では、バンドの共同創設者でドラマーだったMichael Tapperの脱退を経て、**ツーピース体制となった彼らが“どうやって自分たちを再構築したか”**の記録でもある。
プロデュースにはAriel Rechtshaid(Vampire Weekend、HAIM)らが関与し、
よりモダンでカラフルな音像が追求されており、ロックというより“ポップ・ミュージックとしてのWe Are Scientists”が立ち上がった瞬間といえる。
全曲レビュー
1. Ghouls
アルバムの幕開けを飾るアップテンポなナンバー。
“ゴーストより怖いのは自分の欲望”という逆説的な歌詞が印象的で、
シンセとギターが絡む新機軸のサウンドがこの作品の方向性を明確にする。
2. Let’s See It
淡々と進むリズムと反復的なメロディが、冷静な恋愛の終わりを描く。
クリーントーンのギターとチルなビートが融合し、浮遊感のあるサウンドを演出。
3. After Hours
本作最大のヒット曲。
“夜が明けるまで”の恋愛模様を、踊れるテンポとエモーショナルなサビで彩る。
デビュー作のギターエネルギーを継承しつつ、
ポップバンドとしての成熟を感じさせる完成度の高いトラック。
4. Lethal Enforcer
警告的なタイトルに反して、サウンドはシンセが主導するキャッチーなポップロック。
恋愛や社会における“加害性”を、軽やかに描き出す皮肉な美学が光る。
5. Impatience
タイトル通りの焦燥感を、ソリッドなギターと早口のボーカルで表現。
しかしコーラスはきらびやかで、ギャップのある構成が印象的。
6. Tonight
内省的なスロウテンポのバラード。
“今夜だけは”という願いの中に、人肌への渇望と感情の危うさがにじむ。
シンプルな構成の中で、感情表現が最大限に引き出されている。
7. Spoken For
やや80sライクなシンセが心地よく、
すでに“誰かのもの”になった相手への諦念と執着が交錯する。
MV的な映像美が浮かぶドラマチックな曲。
8. Altered Beast
最も異質でエッジの効いたロックトラック。
“内なる獣”をテーマに、We Are Scientistsの中でも異例の攻撃性とパンク性を見せる。
9. That’s What Counts
曲構成は非常にシンプルだが、“大事なのはそこじゃない”というメッセージが反復され、
恋愛・自己認識・価値観への挑戦を描いている。
クールで理知的なダンス・ポップ。
10. Dinosaurs
哲学的タイトルに反して、人間関係の化石化や停滞を描くアイロニカルなポップナンバー。
サウンド的には最も90年代的で、WeezerやNada Surfを彷彿とさせる。
11. Textbook(再録)
デビュー作からの楽曲を再構築。
音像がブラッシュアップされ、“教科書的な別れ”の冷静さがよりリアルに伝わるバージョンに。
総評
『Brain Thrust Mastery』は、We Are Scientistsがインディーロック・シーンの“ポスト・ダンスパンク期”において自らの居場所を探し出し、
より洗練されたポップスへと進化した節目の作品である。
荒削りで皮肉に満ちた『With Love and Squalor』とは異なり、
本作では繊細さ、ロマンティシズム、都会的な美意識が際立つ。
同時に、メロディメイカーとしての力量がより明確に感じられ、
“踊れるバンド”から“聴かせるバンド”への変遷を印象づけた。
それでも決してエモに沈まないのは、彼らが常に自己を笑い飛ばせる距離感=“We Are Scientists節”を失っていないからである。
おすすめアルバム
- Phoenix『Wolfgang Amadeus Phoenix』
シンセ・ポップとインディーロックの融合。都会的で滑らかなポップセンス。 - The Wombats『A Guide to Love, Loss & Desperation』
恋愛とユーモア、エネルギーのバランスが近い。 - Bloc Party『A Weekend in the City』
ポストパンクからメロウで内省的な路線へと移行した共通点。 - Tokyo Police Club『Elephant Shell』
短くキャッチーなインディー・ロック。エモさと勢いのバランスが近似。 -
Two Door Cinema Club『Tourist History』
ダンサブルでフレッシュなシンセ×ギターの融合。
ファンや評論家の反応
『Brain Thrust Mastery』は、前作のインパクトが強すぎたがゆえに当初は賛否両論となった作品だったが、
「After Hours」のヒットにより、より幅広いリスナー層を獲得し、バンドとしての第二章を決定づけたアルバムとなった。
一部では「ポップに寄りすぎた」との声もあったが、“バンドが成熟した証”として受け入れるファンも多く、
今では彼らのキャリアにおける重要な転機として位置付けられている。
『Brain Thrust Mastery』は、“愛と迷いの科学者たち”が生み出した、思考と感情がせめぎ合う知的なポップロックの結晶である。
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