
発売日:1993年8月24日 ジャンル:Alternative Rock / Power Pop
概要
ボストンで結成されたLetters to Cleoのデビュー・アルバム Aurora Gory Alice は、1993年に地元のインディー・レーベルCherryDiscから発表された。中心にいるのはボーカルのケイ・ハンリーとギターのグレッグ・マッケンナで、当時のアメリカで広がっていたオルタナティヴ・ロックの荒いギターと、パワー・ポップらしい明快なメロディを組み合わせている。後にバンドはメジャーへ進出するが、本作にはインディー・バンドだった時期の勢いが濃く残っている。
1990年代前半のギター・ロックらしく歪んだ音は多いものの、Letters to Cleoは重さそのものを目的にしていない。ギターが厚くなってもハンリーの声は埋もれず、短いフレーズから大きなサビへ移る作曲には1960年代以来のポップやパワー・ポップにつながる分かりやすさがある。一方で演奏を過度に整えず、ギターのざらつきやドラムの勢いを残しているため、甘いメロディだけには傾かない。
その両面を最も広く知らしめたのが「Here & Now」である。しかしアルバム全体を聴くと、一曲のヒットを中心に組み立てた作品というより、テンポやギターの密度を変えながら、バンドが自分たちのポップ感覚を確かめているデビュー作として見えてくる。歌詞も物語を明確に説明するより、会話の断片や感情の動きを切り取るものが多く、ハンリーの柔軟で勢いのある歌唱がその曖昧さを魅力へ変えている。
全曲レビュー
1. 「Big Star」
勢いのあるギターとドラムでアルバムを開きながら、中心にあるのは覚えやすいボーカル・メロディである。歪んだギターは厚いが、コードを鳴らし続けて声を覆うのではなく、ハンリーが歌うための隙間を残している。彼女は高い音でも声を細くせず、少し荒れた質感を保ったままサビを押し上げる。オルタナティヴ・ロックとパワー・ポップの中間に立つ本作の性格を、最初の一曲で簡潔に示している。
2. 「I See」
「Big Star」の直線的な勢いに対し、こちらではリズムと歌の細かな動きが耳に残る。ハンリーは言葉を一つずつ強調するより、フレーズ全体を滑らかにつなげ、ギターの硬い音との対比を作る。感情を詳しく説明しない歌詞にも、何かを理解した瞬間と、それによって生じた距離のようなものが漂う。サビの親しみやすさを保ちながら少し陰りを加え、序盤の表情を広げる曲だ。
3. 「Rim Shak」
タイトルの響きそのものが示すように、ここでは意味を追う以上に演奏のリズム感が前へ出る。ドラムとベースが曲を素早く運び、その上でギターが短いアクセントを加えるため、厚い音で押し続ける曲とは違った軽快さがある。ハンリーのボーカルもリズムに細かく反応し、声をもう一つの打楽器のように使う場面が目立つ。アルバムが単純な轟音ギター作品ではないことがよく分かる一曲である。
4. 「Wasted」
少し抑えた入り方によって、前曲までの勢いから空気を変える。題名にある「Wasted」は消耗や無駄になった時間など複数の意味を連想させ、歌詞も一つの状況を説明し切るより、関係の中に残った疲労感を断片的に見せる。ハンリーは声量だけで感情を作らず、メロディの上がり下がりを丁寧に追う。ギターが広がる部分との落差があることで、静かな箇所にも緊張が残っている。
5. 「Get on with It」
タイトル通り、立ち止まるより先へ進む感覚を演奏そのものが作り出している。ドラムは一定の勢いを保ち、ギターも長い装飾より短く明確なフレーズを重ねるため、曲は余計な迂回をせずサビへ向かう。ハンリーの歌には苛立ちと快活さが同居しており、単純な励ましとして聞こえないのが面白い。前半を締める位置で、バンドのライブ感とポップな作曲能力が素直に噛み合っている。
6. 「Here & Now」
アルバムを代表する曲であり、Letters to Cleoの特徴が最も分かりやすく整理されている。ヴァースではギターとリズム隊が比較的細かく動き、ハンリーが大量の言葉を滑らかに乗せる一方、サビではメロディの幅を広げて一気に開放する。歪んだギターが鳴っていても曲が重く感じられないのは、ボーカルの明るい音色とコーラスの強さによるところが大きい。意味を一方向に限定しない歌詞も、言葉の流れそのものを楽しませる歌唱とよく合っている。
7. 「From Under the Dust」
「Here & Now」の鮮やかなサビを受けた後で、少し内側へ視線を向ける。題名にある「埃の下から」というイメージは、隠れていたものや忘れられていた感情が現れる様子を思わせ、曲にも過去を掘り返すような落ち着かなさがある。ギターは旋律を埋め尽くさず、声の周囲で響きを残すように配置される。アルバム後半へ入るところで音数と感情の圧力を調整し、流れをリセットする役割を果たしている。
8. 「Mellie’s Comin’ Over」
人物名を含むタイトルから始まり、誰かがやって来るという具体的な出来事を軸にすることで、断片的な歌詞が多い本作の中では場面を想像しやすい。演奏には再び前へ転がる勢いが戻り、ギターのざらつきとポップなメロディが近い距離で鳴る。ハンリーは会話をそのまま歌へ移したように言葉を運び、日常的な場面にも妙な切迫感を与える。小さな出来事を大きなロック・サウンドで包む対比が楽しい。
9. 「Step Back」
タイトルの「一歩下がる」という動作に似て、前へ押し続けてきたアルバムに少し距離を作る。とはいえ完全に静かな曲になるわけではなく、リズム隊は安定した推進力を維持し、ギターも必要なところでは厚みを増す。特徴的なのは、感情を爆発させるより一度状況を見直すようなボーカルの運び方である。終盤にこうした曲を置くことで、最後まで同じテンションで走り切るのを避けている。
10. 「My Song」
最後は大掛かりなフィナーレではなく、このバンドの基本である歌、ギター、リズム隊の関係へ戻って締めくくる。簡潔なタイトルに対して歌詞には単純な自己紹介以上の距離感があり、「自分の歌」という言葉も完全な自己肯定としてだけでは聞こえない。ハンリーのメロディ感覚を中心に据えながら、周囲のギターが適度な粗さを残すことで、本作らしい甘さとざらつきが共存する。デビュー作の最後として、過剰に結論を作らない終わり方である。
総評
Aurora Gory Alice の強みは、1990年代前半のオルタナティヴ・ロックらしいギターの質感と、もっと古典的なポップソングの作りを無理なく同居させている点にある。ギターは十分に歪んでいるが、リフやノイズを主役にしてメロディを後景へ追いやることは少ない。逆に親しみやすいサビを持つ曲でも演奏を磨き上げすぎず、少し粗いエッジを残す。この均衡によって、パワー・ポップとしてもオルタナティヴ・ロックとしても聞ける音になっている。
その中心にあるのがケイ・ハンリーのボーカルである。声には高音域でも輪郭を失わない強さがあり、速い言葉を処理するときにはリズム楽器のように働き、大きなサビではメロディを明確に浮かび上がらせる。歌詞が断片的で意味を簡単に限定できない場面でも、声の抑揚によって感情の方向は伝わってくる。「Here & Now」が突出して知られることになったのも、こうした特徴が特に整理された形で一曲に収まっているからだ。
一方、デビュー作らしく、曲によってアイデアの強さには差がある。ギターの音色やテンポが似た曲が続く箇所では輪郭が近づき、後年の作品ほどアレンジの選択肢が広いわけでもない。しかし全10曲というコンパクトな構成なので、その統一感が大きな間延びにはつながらない。むしろ余計な装飾を増やさず、バンドの核となる「強いメロディを荒いギターで鳴らす」という方法を集中して聞かせている。
1993年という時期を考えると、本作はグランジ以後のアメリカン・ロックの一面を知るうえでも興味深い。オルタナティヴという言葉が非常に幅広い音楽を含むようになった時期に、Letters to Cleoはヘヴィさや暗さを競うのではなく、ギターの勢いをポップソングへ結びつけた。その結果、Aurora Gory Alice は時代特有の音を持ちながら、メロディを中心に聴けばパワー・ポップの長い系譜にも自然につながる。バンドの出発点であると同時に、彼らの基本的な魅力がすでにかなり明瞭な形で完成しているアルバムだ。
おすすめアルバム
Wholesale Meats and Fish by Letters to Cleo
1995年の次作では、本作のギター・ポップを土台にしながら演奏とアレンジの幅が広がる。Aurora Gory Alice の勢いを気に入ったあと、バンドがその方法をどう発展させたかを追うのに適した一枚である。
Last Splash by The Breeders
同じ1993年に登場した、歪んだギターと強いポップ・メロディが共存する作品。ただしThe Breedersは音の隙間や奇妙な反復をより大胆に使っており、Letters to Cleoとの作曲感覚の違いも楽しめる。
Become What You Are by The Juliana Hatfield Three
ボストン周辺の同時代的なギター・ロックを比較するうえで相性がよい。軽やかな歌声と荒いギターを並べる発想は共通するが、こちらはより乾いた内向性を持ち、ハンリーの外向的な歌唱との違いが際立つ。
Girlfriend by Matthew Sweet
オルタナティヴ・ロックの時代に、1960〜70年代のポップ感覚を歪んだギターへ接続した代表的な作品の一つ。強いサビを守りながらギターを荒々しく鳴らす方法は、Aurora Gory Alice とよく響き合う。
American Thighs by Veruca Salt
翌1994年に発表された作品で、重いギターと明快な女性ボーカルのメロディを組み合わせている。Letters to Cleoよりグランジ寄りの重量感が強く、同時期の女性ボーカルを擁するオルタナティヴ・ロックが持っていた音の幅を比較できる。

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