アルバムレビュー:Dry by PJ Harvey

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:1992年3月30日

ジャンル:オルタナティヴ・ロック、インディー・ロック、ポスト・パンク、ブルース・ロック、ノイズ・ロック

概要

PJ Harveyのデビュー・アルバム『Dry』は、1990年代初頭のオルタナティヴ・ロックにおいて、きわめて鮮烈な登場を告げた作品である。イギリス南西部ドーセット出身のPolly Jean Harveyを中心に、ベースのSteve Vaughan、ドラムのRob Ellisによるトリオ編成で録音された本作は、過剰な装飾を排した生々しいバンド・サウンド、鋭利なギター、肉体的なリズム、そして性、欲望、権力、身体、宗教的イメージを含む歌詞によって、当時の英国インディー・ロックやアメリカのオルタナティヴ・ロックとは異なる緊張感を提示した。

1992年という時代は、Nirvanaの『Nevermind』以降、オルタナティヴ・ロックが世界的に大きな注目を集めていた時期である。アメリカではグランジやノイズ・ロック、インディー・ロックが勢いを増し、イギリスではシューゲイザーやマッドチェスター以後のギター・バンドが存在感を示していた。その中で『Dry』は、流行に寄り添う作品ではなく、むしろロックの最小編成が持つ暴力性と官能性を剥き出しにしたアルバムとして登場した。音は乾いており、余白が多く、ギター、ベース、ドラム、声の各要素がぶつかり合うように配置されている。

タイトルの「Dry」は、「乾いた」という意味を持つ。これは本作のサウンドを端的に表している。リバーブや厚いプロダクションで音を膨らませるのではなく、楽器の輪郭を剥き出しにし、演奏の隙間まで聴かせるような録音がなされている。ギターはしばしば歪みながらも、湿ったサイケデリックな広がりではなく、骨や皮膚のように硬く乾いた感触を持つ。ドラムは重く鳴るが、過剰に処理されず、ベースは低音の土台であると同時に、曲の不穏なうねりを担う。PJ Harveyのヴォーカルは、時にささやき、時に叫び、時に嘲笑するように変化し、楽曲ごとに異なる女性像、語り手、欲望の主体を演じ分ける。

『Dry』の重要性は、単に「女性ロック・アーティストの強烈なデビュー作」という点にとどまらない。本作は、ロックにおける女性の身体や欲望が、男性の視線によって対象化されるのではなく、女性自身の声によって不穏で複雑なものとして表現される作品である。歌詞には、性的な欲望、支配と服従、妊娠や母性を連想させるイメージ、聖書的・宗教的な言葉、暴力的な愛の関係が頻繁に現れる。しかしそれらは、単純な告白や挑発ではない。PJ Harveyは、自身の声を通じて、女性性を清潔で受動的なものとしてではなく、攻撃的で、矛盾し、欲望を持ち、時にグロテスクなものとして提示する。

音楽的背景としては、ブルース、ポスト・パンク、ノイズ・ロック、ガレージ・ロックの要素が重要である。PJ Harveyのギターは、伝統的なブルースの反復やスライド感覚を参照しながらも、それを土臭い懐古趣味としてではなく、歪んだ現代的な緊張へ変換している。ポスト・パンク的な鋭さや、The Birthday Party、Pixies、Sonic Youth、Captain Beefheartなどを思わせる歪んだ構造感もあり、曲はしばしば不安定な拍子や急な展開を含む。だが、本作の核にあるのは、3人の演奏が生み出す裸の力である。

『Dry』は後のPJ Harveyのキャリアにおいても重要な起点である。続く『Rid of Me』ではSteve Albiniの録音によってさらに過激で暴力的な音像へ進み、1995年の『To Bring You My Love』ではブルース、ゴシック、演劇性を拡張し、2000年代以降はより文学的・政治的な作風へ向かっていく。その長い変化の出発点として、『Dry』は彼女の中心的なテーマ――身体、欲望、力、声、女性性の分裂――をすでに明確に提示している。

全曲レビュー

1. Oh My Lover

アルバム冒頭の「Oh My Lover」は、『Dry』の世界観をいきなり濃密に示す楽曲である。タイトルは一見すると親密な恋人への呼びかけのようだが、曲が始まると、その関係が単純な愛情ではなく、複数の欲望、嫉妬、所有、共有、屈辱が絡み合う複雑なものとして描かれることが分かる。

音楽的には、ベースとドラムが作る重いグルーヴの上で、ギターが鋭く切り込む。テンポは過度に速くないが、音の隙間には常に緊張があり、演奏は抑制された爆発力を持つ。PJ Harveyのヴォーカルは、低く抑えた声から感情を揺らしながら上昇し、語り手の内面にある不安と欲望を露出させる。

歌詞では、恋人に対して「彼女を連れてきてもいい」というような関係の開放性、あるいは自己を犠牲にするような愛の形が示される。しかし、その言葉は寛容さというより、痛みを伴う挑発として響く。語り手は相手を所有したいのか、手放したいのか、屈辱を受け入れることで関係を支配しようとしているのか、明確には定まらない。この曖昧さが、PJ Harveyの初期作品の大きな特徴である。

「Oh My Lover」は、ロックにおける恋愛表現を甘美なものとしてではなく、権力関係、身体的欲望、自己破壊の場として描く。アルバムの冒頭にこの曲を置くことで、『Dry』は最初から安全な感情の領域を拒否し、愛の中にある不穏な力学へ聴き手を引き込む。

2. O Stella

「O Stella」は、タイトルの呼びかけからして演劇的な響きを持つ楽曲である。「Stella」という名前は、文学的・舞台的な女性像を思わせるが、曲全体はロマンティックな賛歌というより、焦燥と欲望に満ちた叫びとして展開する。

ギターは乾いたリフを刻み、ベースは曲に粘りのある重心を与える。Rob Ellisのドラムは、直線的なロック・ビートでありながら、強弱の付け方によって曲に不安定な推進力をもたらしている。PJ Harveyの声は、祈るようでもあり、命令するようでもあり、相手への執着と距離感が同時に感じられる。

歌詞における「Stella」は、実在の人物というより、欲望や幻想の対象として機能している。語り手は相手を求めながら、その存在を完全にはつかめない。ここには、愛の対象が具体的な人間であると同時に、自己の中に作られた像でもあるという緊張がある。PJ Harveyの歌詞では、相手に向けられた言葉がしばしば自分自身へ跳ね返ってくるが、この曲でも呼びかけは一方通行ではなく、語り手の内面の裂け目を浮かび上がらせる。

音楽的には、ブルース的な反復とポスト・パンク的な鋭さが結びついている。伝統的なブルースが持つ欲望や嘆きの形式を借りながら、それを1990年代初頭のオルタナティヴ・ロックの乾いた音像へ変換している点が重要である。

3. Dress

「Dress」は、『Dry』の中でも特に代表的な楽曲であり、PJ Harveyの初期の美学を広く印象づけた曲である。タイトルの「Dress」は衣服、特に女性性を象徴する服装を指すが、歌詞ではそのドレスが美しさや魅力の象徴であると同時に、身体を締めつけ、苦痛を与えるものとして描かれる。

曲は鋭いギターと跳ねるようなリズムで始まり、一見するとキャッチーなロック・ソングのように聴こえる。しかし歌詞の内容は、身体的な不快感、見られることへの意識、女性として装うことの苦痛を含んでいる。語り手はドレスを着て誰かに見られ、望まれようとするが、その行為は自由な自己表現ではなく、社会的・性的な期待に身体を押し込めるようなものとして響く。

PJ Harveyのヴォーカルは、少女のような無邪気さと攻撃性を行き来する。これにより、曲は単なるフェミニズム的告発ではなく、女性性を演じることの快感と痛みを同時に描くものになっている。ドレスは抑圧の象徴である一方、欲望を引き受けるための装置でもある。この二重性が、曲の強さである。

音楽的には、ギターの切れ味とリズムの躍動感によって、歌詞の不快感が身体的に伝わる。特に、曲が進むにつれて声と演奏が高まり、抑えられていた苛立ちが露出していく構成は見事である。「Dress」は、PJ Harveyが女性の身体をロックの中心に据えながら、それを単純な解放や被害の物語にしないことを示す重要な曲である。

4. Victory

「Victory」は、タイトルこそ「勝利」を意味するが、その響きは明るい達成感とは異なる。むしろ、勝利という言葉の裏にある暴力、支配、犠牲、虚しさが浮かび上がる楽曲である。

演奏は荒々しく、ギターとリズム隊がぶつかり合うように進む。PJ Harveyの声は挑発的で、時に嘲笑するようにも聞こえる。曲全体には、勝利を祝うというより、勝利という概念そのものを歪ませるような不穏さがある。

歌詞では、力を得ること、相手を打ち負かすこと、自分の存在を証明することへの欲望が感じられる。しかし、その勝利は決して純粋なものではない。愛や関係性の中で勝つことは、相手を失うことでもあり、自分自身を傷つけることでもある。PJ Harveyの歌詞は、勝者と敗者を明確に分けるのではなく、その関係が互いに絡み合っていることを示す。

音楽的には、ブルース・ロックの原始的な力を持ちながら、構造はより鋭く切り詰められている。3ピース・バンドならではの隙間の多い演奏が、曲の緊張を高めている。音が過密ではないため、ひとつひとつのギターの打撃、ドラムの一音、声の揺れが強く響く。

「Victory」は、『Dry』における権力のテーマを象徴する曲である。勝つことへの欲望と、その勝利の空虚さを同時に鳴らすことで、アルバム全体の不安定な心理を深めている。

5. Happy and Bleeding

「Happy and Bleeding」は、タイトルからして強烈な矛盾を含む楽曲である。「幸せであり、血を流している」という表現は、快楽と痛み、生と傷、愛と暴力が分離できない状態を示している。これは『Dry』全体を貫くテーマのひとつであり、PJ Harveyの初期作品を象徴する視点でもある。

曲は不穏なベースラインと抑制されたリズムを軸に進み、そこへギターが鋭く絡む。ヴォーカルは、感情を爆発させるというより、内側に抱え込んだものが漏れ出すように響く。曲の空気は重く、身体の内部から聞こえてくるような感覚がある。

歌詞は、血、身体、快楽、痛みのイメージを用いながら、女性の身体性を直接的に扱っている。月経、性、出産、傷といった複数の連想が重なり、身体が単なる美的対象ではなく、液体を持ち、痛みを持ち、変化する存在として描かれる。これは、ロックにおける女性身体の表象として非常に重要である。PJ Harveyは身体を清潔で管理されたものとしてではなく、制御しきれない生々しいものとして提示する。

この曲の「幸福」は、健全で明るい幸福ではない。痛みや出血を含んだまま存在する、矛盾した感覚である。愛や性が快楽だけでなく傷を伴うように、身体的な経験もまた美しさと不快さを同時に持つ。「Happy and Bleeding」は、その曖昧で不穏な領域を音楽化している。

6. Sheela-Na-Gig

「Sheela-Na-Gig」は、『Dry』の中でも最も強烈な楽曲のひとつであり、PJ Harveyの初期を代表する曲である。タイトルは、中世ヨーロッパの教会建築などに見られる、女性が外陰部を露出する彫刻「Sheela na gig」に由来する。このモチーフ自体が、女性の身体、性的表象、宗教、羞恥、力をめぐる複雑な意味を持っている。

曲は鋭いギター・リフと力強いリズムによって始まり、アルバムの中でも特に攻撃的なエネルギーを持つ。PJ Harveyのヴォーカルは挑発的であり、語り手は自分の身体を差し出しながらも、その視線を逆に相手へ突き返すように歌う。

歌詞では、女性の身体を見せること、欲望の対象になること、そしてその結果として拒絶や侮辱を受けることが描かれる。「汚い」「それを洗え」といったニュアンスの言葉は、女性の身体に向けられる社会的な嫌悪や羞恥の感覚を露出させる。だが、曲はそれを単に被害として描くだけではない。語り手は自分の身体を隠すのではなく、むしろ見せつけることで、相手の嫌悪や恐怖を暴き出す。

この曲の重要性は、女性の性的身体を受動的な対象としてではなく、攻撃的な記号として扱う点にある。Sheela na gigの彫刻が、魔除け、豊穣、警告、猥褻、聖性など複数の意味を持つように、PJ Harveyの歌う身体も一つの意味に固定されない。性的であり、宗教的であり、グロテスクであり、力を持つ。

音楽的には、ブルース・ロックの反復性とパンク的な攻撃性が融合している。短く鋭い構成の中で、ギター、ベース、ドラム、声が一体となって圧力を生む。「Sheela-Na-Gig」は、『Dry』の身体政治を最も明確に示す楽曲である。

7. Hair

「Hair」は、身体の一部である髪をテーマにした楽曲であり、聖書的・神話的なイメージと性的な象徴性が交錯する。髪はしばしば女性性、美、誘惑、力の象徴とされるが、この曲ではそれがより不穏で儀式的な意味を帯びる。

音楽的には、曲はゆっくりとした緊張を持って進み、ギターとリズムが絡み合いながら不安定な空気を作る。PJ Harveyの声は、低く呪文のように響く場面と、感情が高まる場面を行き来する。曲全体には、日常的な身体の一部である髪が、何か神聖で危険なものへ変化していく感覚がある。

歌詞では、髪が欲望の対象であると同時に、支配や犠牲の象徴としても読める。髪を切ること、触れること、伸ばすことには、身体の管理や権力関係が含まれる。聖書におけるサムソンの髪のように、髪は力の源にもなり得る。PJ Harveyはこうした象徴性を直接説明するのではなく、断片的なイメージとして配置する。

「Hair」は、女性の身体の一部がどのように見られ、欲望され、意味づけられるかを問い直す曲である。『Dry』において身体は常に中心的なテーマであり、この曲ではその身体が髪という具体的な細部を通じて表現される。曲の不穏な雰囲気は、身体が社会的・宗教的な意味によって絡め取られていることを示している。

8. Joe

「Joe」は、アルバム後半においてブルース的な色彩が強く表れる楽曲である。タイトルの「Joe」は具体的な男性名であり、歌詞はその人物へ向けられた呼びかけの形を取る。だが、ここでも関係は単純な愛情ではなく、欲望、怒り、支配、依存が入り混じったものとして描かれる。

演奏は荒々しく、反復されるギター・フレーズと重いリズムが曲を支配する。PJ Harveyの声は、ブルース・シンガーのような嘆きと、パンク的な攻撃性を併せ持つ。彼女は伝統的なブルースの語法を参照しながら、それを女性の視点から再構成している。

歌詞の語り手は、Joeに対して執着し、呼びかけ、問い詰める。ここには、古いブルースに見られる恋人への嘆きや怒りの構造がある。しかしPJ Harveyの場合、その嘆きは受動的な悲しみにとどまらない。声は相手を責め、関係の不均衡を暴き、欲望の生々しさを前面に出す。

「Joe」は、PJ Harveyがブルースをどのように受け継ぎ、変形したかを示す曲である。ブルースの伝統には、性、痛み、貧困、暴力、宗教が深く結びついているが、彼女はその要素を1990年代のオルタナティヴ・ロックの文脈で再び鳴らしている。音は古典的でありながら、視点は鋭く現代的である。

9. Plants and Rags

「Plants and Rags」は、『Dry』の中で特に陰影の濃い楽曲であり、アルバム後半の内省的な空気を深めている。タイトルは「植物とぼろ布」を意味し、生命と廃棄物、成長と衰退、自然と貧しさを連想させる。

音楽的には、他の曲に比べて抑制され、暗い雰囲気が強い。ギターは前面で激しく鳴るというより、陰鬱な空間を作る役割を担う。ヴォーカルは不安定で、語り手の心理が曖昧に揺れる。曲全体には、室内の湿った暗さや、放置されたものの気配が漂う。

歌詞では、植物という生命の象徴と、ぼろ布という消耗した物体が並置される。この組み合わせは、生命が成長する一方で、身体や物は傷み、汚れ、捨てられていくという感覚を生む。PJ Harveyの歌詞では、自然は美しい癒しの対象としてではなく、腐敗や欲望と隣り合うものとして現れることが多い。この曲でも、植物は清らかな自然ではなく、むしろ閉ざされた空間の中で不気味に伸びるものとして感じられる。

「Plants and Rags」は、アルバムの攻撃的な面とは異なる、暗く沈んだ感情を担っている。身体、部屋、自然、布、記憶といったものが混ざり合い、はっきりした物語ではなく、心理的な風景を作る。PJ Harveyの表現が、叫びだけでなく、沈黙や陰影によっても成り立っていることを示す楽曲である。

10. Fountain

「Fountain」は、宗教的・性的な象徴性が強く表れた楽曲である。タイトルの「Fountain」は泉、噴水、湧き出る水を意味し、生命、浄化、欲望、体液、再生といった複数のイメージを呼び起こす。PJ Harveyの歌詞において、水や液体はしばしば身体性と結びつき、清さと汚れの境界を曖昧にする。

曲は緊張した演奏で進み、ギターとリズムが徐々に圧力を高める。ヴォーカルは祈りのようでもあり、告白のようでもあり、時に挑発的でもある。ここでは、宗教的な浄化のイメージと、性的・身体的な濡れのイメージが重なっている。

歌詞における泉は、生命を与えるものでもあり、欲望が湧き出す場所でもある。キリスト教的な象徴において水は洗礼や清めと関係するが、PJ Harveyはその清めのイメージを、身体の生々しい液体性と結びつける。これにより、聖なるものと猥雑なものが分離できなくなる。

「Fountain」は、『Dry』における宗教と身体の関係を象徴する曲である。PJ Harveyは宗教的言語を単なる装飾として使うのではなく、女性の身体や欲望を語るための不穏な道具として用いる。清められるべきものとは何か、汚れているとされるものは本当に汚れなのか、そうした問いが曲の背後にある。

11. Water

アルバムを締めくくる「Water」は、『Dry』の終曲として非常に重要な楽曲である。タイトルは「水」を意味し、前曲「Fountain」とも連続するイメージを持つ。乾いたアルバムの最後に水が置かれることは象徴的であり、渇き、欲望、浄化、溺死、再生といった意味が重ねられる。

曲は静かな導入から始まり、徐々に激しさを増していく。ベースとドラムは重く、ギターは不穏に響き、PJ Harveyの声は祈り、叫び、呪文の間を移動する。終盤に向かうにつれて、曲はほとんど儀式的な高まりを見せる。

歌詞では、水が救いであると同時に危険なものとして描かれる。水は喉の渇きを癒し、身体を清め、生命を支える。しかし同時に、人を飲み込み、溺れさせ、境界を消す力も持つ。『Dry』というアルバム全体が、乾いた音、乾いた欲望、乾いた身体感覚を持っていたことを考えると、「Water」はその対極にあるものとして登場する。

この曲の終盤には、宗教的な高揚と肉体的な切迫感が混ざり合う。水を求める声は、救済を求める祈りであると同時に、身体的な欲望の叫びでもある。PJ Harveyは、聖なるものと身体的なものを切り離さず、むしろその交差点でアルバムを閉じる。

「Water」は、『Dry』の終曲として、アルバム全体のテーマを集約している。身体、欲望、宗教、痛み、浄化、支配、解放が、水という象徴の中で溶け合う。乾いた世界の果てに現れる水は、救いであると同時に、すべてを飲み込む危険な力でもある。

総評

『Dry』は、PJ Harveyのデビュー作でありながら、すでに極めて完成度の高い美学を持ったアルバムである。3ピース・バンドの簡素な編成を用いながら、音楽的にも歌詞的にも非常に濃密な世界を作り上げている。ギター、ベース、ドラム、声という基本的な要素だけで、これほど不穏で官能的な空間を構築している点が、本作の大きな強みである。

本作の音楽性は、ブルース・ロック、ポスト・パンク、ノイズ・ロック、オルタナティヴ・ロックの交点にある。ブルースからは欲望と痛みの反復を、ポスト・パンクからは鋭い緊張と余白を、ノイズ・ロックからは歪んだ音の攻撃性を受け継いでいる。しかし、PJ Harveyはそれらを単なる引用として扱わない。彼女の声と歌詞が中心にあることで、古いロックの語法は女性の身体と欲望を語る新しい言語へ変換されている。

『Dry』における最大の革新は、女性の身体表現にある。ここでの女性は、清純な存在でも、男性の欲望の対象でも、単純な解放の象徴でもない。彼女は欲望し、血を流し、怒り、装い、見られ、拒絶され、挑発し、祈り、支配し、支配される。PJ Harveyは、女性性を一枚岩のアイデンティティとしてではなく、矛盾と暴力を含む多層的なものとして描いている。

歌詞はしばしば性的であり、宗教的であり、グロテスクである。しかし、その過激さは単なるショック効果ではない。むしろ、社会が女性の身体に与えてきた意味――清潔であるべき、従順であるべき、美しくあるべき、欲望を隠すべきという規範――を逆手に取り、それらを不安定にする。特に「Dress」や「Sheela-Na-Gig」は、女性の身体がどのように見られ、恥じさせられ、同時に力を持ち得るかを鋭く描いている。

また、本作は音の「乾き」が非常に重要である。厚いスタジオ処理によって音を豊かにするのではなく、むしろ音を削ぎ落とすことで、演奏の緊張を際立たせている。ギターの一音、ドラムの打撃、ベースのうねり、声の息遣いが、過剰に飾られずに提示される。その乾いた音像が、歌詞の生々しい身体性と強い対比を作る。乾いた音の中で、血、水、体液、汗、涙といったイメージがより強烈に浮かび上がる。

PJ Harveyのキャリア全体から見ても、『Dry』は重要な原点である。後の『Rid of Me』ではこの攻撃性がさらに極端な形で表れ、『To Bring You My Love』ではブルースとゴシックの演劇性が拡張される。さらに『Stories from the City, Stories from the Sea』では都市的で開かれたロックへ、『Let England Shake』では歴史や戦争を扱う文学的な作品へと進む。しかし、それらの多様な変化の根底には、『Dry』で提示された身体、声、欲望、力への執着が存在している。

1990年代オルタナティヴ・ロック史においても、『Dry』は非常に重要である。グランジやノイズ・ロックが男性的な怒りや疎外感を強く打ち出していた時代に、PJ Harveyはそれとは異なる形で怒りと欲望を表現した。彼女の音楽は男性中心のロックの語法を使いながら、その内部から視点を反転させる。ギターを持つ女性アーティストとしての存在感だけでなく、ロックの身体表現そのものを変化させた点に、本作の歴史的意義がある。

日本のリスナーにとって『Dry』は、1990年代オルタナティヴ・ロックの中でも、派手なメロディや大規模なサウンドではなく、緊張、余白、身体性を聴く作品として重要である。初めて聴く際には、音の荒さや歌詞の生々しさに戸惑う部分もあるかもしれない。しかし、ギター・ロックが持つ原始的な力、女性の声が持つ攻撃性、ブルース的な反復の不気味さに耳を向けると、本作の強度が明確に見えてくる。

『Dry』は、デビュー作でありながら、すでにひとつの完成された宣言である。乾いた音の中で、血と水と欲望が渦巻く。PJ Harveyはこのアルバムで、ロックが女性の身体を語る方法を根本から揺さぶり、1990年代以降のオルタナティヴ・ロックに新しい緊張をもたらした。

おすすめアルバム

1. PJ Harvey — Rid of Me(1993年)

『Dry』の次作であり、Steve Albiniの録音によって、より荒々しく生々しい音像へ進んだ作品。極端なダイナミクス、むき出しのギター、暴力的な歌詞表現が特徴で、『Dry』の身体性と攻撃性をさらに過激に推し進めている。初期PJ Harveyの核心を理解するうえで不可欠なアルバムである。

2. PJ Harvey — To Bring You My Love(1995年)

ブルース、ゴシック、宗教的イメージ、演劇性を大きく拡張した作品。『Dry』の乾いた3ピース・サウンドとは異なり、より重く、暗く、儀式的な音像を持つ。PJ Harveyが初期の鋭さを保ちながら、より大きな物語性とプロダクションへ進んだ転換点である。

3. Pixies — Surfer Rosa(1988年)

静と動の極端なダイナミクス、歪んだギター、性的で不条理な歌詞を持つオルタナティヴ・ロックの重要作。PJ Harveyの初期作品と同様に、ロックの暴力性とユーモア、身体性を生々しく提示している。Steve Albini録音の乾いた音像も関連性が高い。

4. The Birthday Party — Junkyard(1982年)

Nick Caveを中心としたThe Birthday Partyの代表作のひとつ。ブルースを解体したような狂暴なポスト・パンク、宗教的・性的なイメージ、暴力的な演奏が特徴で、PJ Harveyの初期に通じる不穏なブルース感覚を持つ。ロックの暗い身体性を理解するうえで重要な作品である。

5. Patti Smith — Horses(1975年)

女性の声、詩、ロックの身体性を結びつけた歴史的な作品。PJ Harveyとは音楽性が異なるが、女性アーティストがロックの言語を自らの表現へ作り替えた先行例として重要である。宗教的イメージ、性的な緊張、詩的な言葉の力という点で、『Dry』と深い関連を持つ。

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