
発売日: 1987年5月20日
ジャンル: アーバン・コンテンポラリー、ソウル、R&B
概要
『Red Hot Rhythm & Blues』は、Diana Rossが1987年にリリースした13作目のスタジオ・アルバムであり、彼女がアメリカ南部のソウルやR&Bのルーツへ回帰しながら、80年代後半の洗練されたアーバン・サウンドを纏った意欲作である。
本作は、タイトルにもある通り「リズム&ブルース」の伝統と、当時最先端のサウンドデザインとを架橋するアルバムとして企画され、モータウン時代を想起させるクラシックなソウルと、シャープな打ち込み系ファンク/バラードが混在している。
また、リリースに合わせてアメリカでは同名のCBS特別番組も放送され、Rossが伝統的なR&B文化の継承者であると同時に、それをアップデートできる現役アーティストであることを強調した。
プロデュース陣にはTom Dowd(Aretha FranklinやRay Charlesとの仕事で知られる)をはじめ、Leon Pendarvis、Richard Perryらが名を連ねており、洗練された演奏とアレンジ、そしてRossの“歌”そのものがアルバムの核となっている。
この作品は、ヒットシングルには恵まれなかったものの、Diana Rossのシンガーとしての実力と誠実さが際立つ、“聴き手と対話する”ような深みある一枚である。
全曲レビュー
1. Dirty Looks
アルバムの幕開けを飾るアグレッシブなアーバン・ファンク。
鋭いベースラインとタイトなビートに乗せて、「そんな目で私を見ないで」と挑戦的に歌うRossのヴォーカルが冴える。
リードシングルとしてリリースされ、クラブシーンで一定の支持を得た。
2. Stranger in Paradise
オーケストラを交えたバラードで、異国情緒とロマンティシズムが同居するエレガントなナンバー。
タイトルの“楽園の見知らぬ人”という語り口が、内面の孤独と幻想を表現する。
Rossの低音域が美しく響き、アルバム内でも特に抒情性の高い一曲。
3. Summertime
George GershwinのスタンダードをR&Bアレンジでカバー。
原曲のジャジーなムードは残しつつも、リズムはよりスローでグルーヴィーに。
Rossのヴォーカルは柔らかく、まるで母が子を包むような優しさに満ちている。
4. Shine
ミディアム・テンポの爽やかなポップ・ソウル。
「あなたの内なる光を輝かせて」というメッセージが込められた、前向きであたたかな楽曲。
コーラスとの掛け合いが陽だまりのように柔らかい。
5. Tell Me Again
感情を抑えながらも訴えかけるようなバラードで、「愛してるって、もう一度言ってほしい」というテーマが素直に綴られる。
シンプルなアレンジの中で、Rossの細やかな表現力が際立つ。
6. Selfish One
R&B黄金期のJackie Rossによる1964年の名曲をカバー。
原曲のモータウン調を踏襲しながら、1980年代的なビートと音像でアップデート。
恋愛における“自己中な男”を小気味よく断罪する一曲。
7. Cross My Heart
切なさと希望が交錯するスロウ・ジャム。
「信じて、私の心に誓うから」という誠実な言葉が、Rossの声によって静かに浸透していく。
夜の終わりに聴きたい、繊細な名バラード。
8. There Goes My Baby
The Driftersのドゥーワップ・クラシックをソウルフルに再構築。
ストリングスとコーラスが美しく絡み合い、Rossの温かくもどこか切ない声が過去への郷愁を誘う。
本作の“ルーツ回帰”を象徴する選曲でもある。
9. It’s Hard for Me to Say
タイトル通り、“別れを告げることの難しさ”をテーマにした内省的バラード。
余白を活かしたアレンジと、ため息のようなヴォーカルが、聴き手の感情を静かに揺らす。
10. Heart (Don’t Change My Mind)
ドラマティックなアレンジが光るバラード。
「心よ、気持ちを変えないで」と自分自身に語りかける内容は、恋愛における自制と希望の狭間を描いている。
ストリングスが楽曲に映画のような奥行きを与えている。
11. Drop the Mask
アルバムのクロージングを飾るソウル・ナンバー。
「仮面を外して、本当のあなたを見せて」というリリックが、人間関係の本質を優しく暴いていく。
Rossの包容力あるヴォーカルが最後まで心に残る。
総評
『Red Hot Rhythm & Blues』は、Diana Rossの“歌手”としての誠実な姿勢と深いリスペクトが感じられる作品である。
80年代の煌びやかなプロダクションに傾倒しすぎることなく、R&Bやソウルの原点に立ち返りながら、現代的な音像を丁寧に構築している点において、極めてバランスのとれたアルバムと言える。
大ヒットシングルこそ生まれなかったが、本作にはRossの表現者としての成熟が刻まれており、人生経験を重ねた“女性の声”が、静かに、そして確かに響いてくる。
それは若さゆえの情熱ではなく、“時を重ねた者の説得力”であり、まさにこの時期のDiana Rossだからこそ成し得た音楽なのである。
全体を通して漂うのは、過去と現在の自分をつなぎ合わせ、次のステージへ向かう“静かな確信”だ。
派手さはないが、深みがある。
『Red Hot Rhythm & Blues』は、Diana Rossの真価を静かに語る、大人のためのアルバムである。
おすすめアルバム(5枚)
- 『I’m in Love』 / Evelyn “Champagne” King(1981)
アーバン・コンテンポラリー路線での柔らかなR&B作品。Rossの本作と同じく、洗練と感情が共存する。 - 『Aretha』 / Aretha Franklin(1986)
Tom Dowdが手がけた80年代的アップデートを施したソウル女王の力作。 - 『Giving You the Best That I Got』 / Anita Baker(1988)
メロウで成熟したアーバン・ソウルの名盤。Rossの本作と精神性が通じる。 - 『Rhythm of Love』 / Anita Baker(1994)
大人のR&Bとしての理想形ともいえる作品で、Diana Rossが志向した“クラシック・ソウルの再構築”と重なる。 - 『The Real Thing』 / Angela Winbush(1989)
80年代後期の知的で抒情的な女性ソウルの代表格。Rossの包容力とリンクする。
ビジュアルとアートワーク
『Red Hot Rhythm & Blues』のジャケットでは、タイトルの通り“赤”が印象的に用いられ、光沢あるドレスに身を包んだDiana Rossが、カメラを見つめる姿が配置されている。
気品と色気を兼ね備えたこのビジュアルは、本作の音楽性――クラシックなソウルと洗練されたR&Bの融合――をそのまま体現しているかのようだ。
映像的演出を排し、音楽と歌唱にフォーカスしたこの時期のRossは、まさに「真の歌い手」としての存在感を確立していたのである。
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